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第3話 ナギとアニカ

「……あ、でも、死んじゃった子の身体に憑依したら、あたしはその子の代わりとして生きていくことになるんだよね? 急に中身が変わったら、周りの人が戸惑わない?」


『それは気にしないで。身体の持ち主の人生は終わってるんだし、続きはキミの人生になるんだからね。極端な話、元の名前や環境が煩わしいなら、全部捨てて別の土地で別の人間として生きていったっていいんだ』


神様の使いはなんてことないように言うが、どんな世界なのかもわからないのに、そんなことができるのだろうか。


環境に慣れることも大変だろうし、その世界独特の法則もあるだろう。


気持ちが伝わったのか、神様の使いは『大丈夫』とやさしく声をかけてくれた。


『そのときは、ボクがなんとかしてあげる』


「あなたもついてきてくれるの?」


『うん。それがボクの役目だからね。キミにボクが必要である限り、ずっとキミのそばにいて、キミを助けるよ』


思った以上に手厚い。


(てっきり憑依させて終わりだと思ってた。こういう展開もあるのね……、ん? こういう展開、とは……?)


先ほどから感じていた懐かしさと同じ、妙な感覚。


さっきごく自然に『その世界独特の法則』とか考えてしまったけれど、それってどういう意味なのか。


答えが喉元まで出かかっている気がするのに、思い出せないのが気持ち悪くて仕方がない。


「うーん……?」


『どうしたの? ほかにも気になることがある?』


「そうだけど、そうじゃなくって……。ちょっと、考えさせて」


***は目を閉じて集中する。


自分の中にある知識のようなものを念入りに掘り起こす。


この妙な懐かしさの正体を絶対に知っているという確信はあるのに、あやふやで微妙なものしかないから、深く集中して考えてもなかなか欲しい情報が引き出せない。


「……う、うう……」


『大丈夫?』


ゆっくり深呼吸をしてみる。


脳への酸素供給を増やすことで、集中力が上がるらしい。


魂だけの存在に、脳なんて関係あるのかどうかはどうでもいい。それっぽいことをやれば、それっぽい答えが見つかるような気がした。


「う、……うう……、出て、こない……っ」


この際、それっぽくても、あれっぽくても、なんでもいいからさっさと思い出してしまいたい。そこまで考えて、


(いや、それっぽいのは駄目じゃないかな)


ふと冷静になった。

こんなに考えているのに、それっぽいもので納得してはいけない。


もっとしっかり考えて、考えて、考えて。


(……ああもうっ)


いくら考えてもわからないものはわからない。


「別の世界……、違う世界……あれ? これ、いいのでは?」


声に出してみると、少しだけ答えに近づいた感じがした。


「別の世界、違う世界、新しい人生、憑依、転生、――ええと、別の世界は、他の世界で、異なる世界っ。異なる世界は、い、なる、世界で、い、せ、かい……っ!」


到達した。


そう思った瞬間、知識が爆発的にぶわっと広がっていく。


そうだ。これだ。


「異世界! 異世界もの!」


思わず***は立ちあがり、叫ぶ。


『うわ、びっくりした』


「これって、完っ全に異世界もののプロローグ!」


『プロローグ?』


転生とか、憑依とか、神様とか。


こういう展開の物語を、前にもたくさん読んだ気がする。


理由はわからないけれど、胸の奥底から膨らんだ感情が込み上げてきた。


(うわわわ、嬉しい!)


***は、ものすごくこのジャンルの物語が好きだったのだ。


気づいてしまえば、高揚がおさまらない。


『おーい?』


物語なら苦労があったほうが断然おもしろい。下剋上も大好きだ。


でも、現実となると話は別である。


できれば、なにも悪いことは起きず、平穏で、ぬるくて、楽なほうがいい。


(あたしには、不思議な能力を持っていそうな神様の使いがついているから問題ないよね。ずっとそばにいて、助けてくれるって言ってくれてるんだから)


ならば、スローライフ一択。


待っているのは、楽しいだけの異世界生活。


「ふ、ふふふ……。それって最高じゃない!?」


『……うーん? 壊れちゃったかなぁ?』


ふと気づけば、神様の使いが心配そうにこちらを見ていた。興奮しすぎて我を忘れていたらしい。


「ごめんごめん。大丈夫だよ。壊れてないから安心して!」


『ほんと?』


「うん。このあとの展開が楽しみすぎるだけだから」


『それならいいけど』


引っかかっているのは、他人の遺体を自分が生きるために利用するということだが。


(……身体を使わせてもらうぶん、死んだ子のためにできることをしてあげたら、いいよね?)


きっと、憑依した***にしかできないことがあるはずだ。


「そういえば、『神様の使い』って、名前じゃないよね?」


『ボクに名前なんてないよ』


「えっ、ないの?」


『なくても特に不便がないからね』


「じゃあ、あたしが名前を考えてもいい?」


『どうぞどうぞ。特にこだわりないから、好きに呼んで』


これからずっと一緒にいるんだから、愛着ある名前になるよう、気合いを入れて考えたいところ。


***はじっと神様の使いを見つめた。


「……えーと、特徴は、サカナのようなウサギ耳……、サカナウサギサカナウサギ……。よし! 『サカナウ』ってどうかな」


いい名前を思いついたと自信満々で言ったのに、神様の使いはあからさまに不服そうな顔をした。


『えー。それは……、ちょっと……』


「駄目ってこと?」


『うん。嫌』


「そっか……」


本人が嫌だと言っている名前を呼ぶわけにはいかない。***は再び神様の使いをじっと見ながら考える。


「じゃあ、サカナのナと、ウサギのウギで『ウナギ』とか?」


『どうしてそうなった』


神様の使いは、耳で大きな×印を作って拒絶した。


「こだわりないって言ったくせに」


唇をとがらせて文句を言えば、神様の使いは耳を前に組んで、うーんと唸る。


『まず、サカナとウサギから離れてみるのはどうかな。ボク、そもそもサカナでもウサギでもないし……』


「あ! 待って。すごくいい名前を思いついたよ」


『ほんとにぃ?』


「サカナのナと、ウサギのギで『ナギ』! どう?」


『………………おお』


神様の使いはぽかんと口をあけて固まった。

「これも駄目?」


『え? ああ、ごめんごめん。突然まともな名前が出てきたから驚いちゃった。うん、それならいいよ』


「よかった。じゃあ、改めてよろしくね、ナギ」


『こちらこそよろしく』


「あたしも名前で呼んでほしいな。ナギはあたしの名前知ってる?」


『元の世界での名前?』


「ううん。今から行く世界のほうの」


どうせ元の世界には戻ることができないのだし、今さら知る必要はないだろう。


『アニカ・クラフト。それがキミの憑依する肉体の名前だよ』


「……アニカ」


どんな子だったんだろう。


なにを考えて、どういう生き方をした子だったんだろう。


直接話すことは叶わないけれど、あなたの生き方を冒涜するようなことはしないから安心してねと、心の中で祈りを込めてつぶやいておく。


『さてと。そろそろ憑依に取りかかってもいいかな? アニカ』


「うん! お願いね、ナギ!」


これからはじまる異世界生活への期待を込め、アニカは元気よく返事をした。

※次回から主人公兄視点に入ります

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