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第2話 神様のせいで死んだらしい

『……んー。キミが思い出せないのは名前だけ? 他にわからないことはある?』


「え? えーと……?」


『あせらなくていいよ。考えてみて』


神様の使いに問われ、自分のことを考えてみることにした。


ゆっくり一生懸命考えてみた結果、わからないのは名前だけではないことがわかった。


考えても考えても浮かんでくるのは空白ばかり。家族の顔も、友だちの顔も、誰かと笑ったり泣いたり、そういった感情に紐付いているはずの記憶も、なにもない。


けれど、目の前にいる存在が『変な生き物』だと判断することだけはできるのだ。


(なにを基準に判断してるんだろう……。なにも、わからないのに)


自分たるべき記憶がないと気づけば、なんともおぼつかない気持ちになった。


目覚めたときに感じていた恐怖が再び湧きあがってくる。


そもそも、ここはどこだろう。


なにもない真っ白い場所。床はあるのに天井はなく、どこまでも広いだけの空間。


とても異様な場所だと感じる。


(それとも、覚えてないだけで普通の場所?)


わからない。

わからなくて怖い。


『不安?』


「う、うん……」


『大丈夫だよ。ボクはキミを助けるためにここにいるんだから』


「あなたはあたしのこと知ってるの?」


『少しだけね。ちゃんと説明してあげるから、まずはキミの今の状態や気持ちを教えて』


***は、すがる思いで自分の記憶のことや、感じたことを神様の使いに説明した。神様の使いは、長い耳を腕のように胸元で組み、ふむふむとうなずきながら熱心に話を聞いてくれた。


『うん。だいたいわかった』


「それで、あたしはどうしてここにいるの?」


『キミは神様のせいで元の世界から弾かれちゃったんだよ。だから、ここに連れてきたんだ』


「元の世界から弾かれちゃった、ってどういう意味?」


『そのままの意味。ただ、魂は軽いから世界を超えられるけど肉体は世界に紐づいていて離れられないから、正確に言えば弾かれたのは魂だけなんだけどね』


「ええと……、つまり?」


『今のキミは、肉体から切り離された魂だけの存在だってこと。幽体とか霊魂って言えばわかるかな?』


***はひゅっと息を呑む。


「あたし、死んだの!?」


慌てて自分の身体を確認するようにさわってみる。しっかりと感触はあるし、手も足もはっきり見えている。


「わかんないよ。この状態のどこが魂だけの存在なの?」


『あのね。キミがキミ自身にさわれるのは、それが自分の身体だからだよ。ボクにさわることはできなかったでしょ?』


「……うん」


『それはボクとキミの存在する次元が違うからだよ』


「……? 次元が違うって、どういう意味?」


『ええとね。わかりやすく言えば、今はそれぞれ別の場所に存在している状態だってこと。同じ場所にいるように見えてるだけなんだ。だから、さわれないんだよ』


神様の使いは、ゆっくりと言い含めるような口調で説明してくれた。


「どうして、同じ場所にいるように見えるの?」


『ボクが君と話をしたかったから。――ここは、ボクが君と会うためだけに神様が作り出した場所だからね』


「ここは特別な場所だから、魂だけでも存在できてるってこと……?」


『そういうこと』


言葉の意味はわかるのに、それを自分のことに置き換えるのは難しい。


実感がついてこない。


「よく、わかんないよ……。わかんないけど……、あたしは死んでるのね?」


『うん』


「……神様はあたしになにをしたの?」


『うーん。それが神様にもよくわかってないんだ。とにかく意味不明の事態が起きて、それにキミが巻き込まれたんだけど、その事態を引き起こすきっかけを作ったのが神様なんだよね』


「きっかけって?」


『ちょっと動いてみようとしたんだ』


「それだけ?」


『それだけ』


神様の使いは身体ごと縦にこくりと揺れた。


「……あたしの記憶がないのも、そのときの影響?」


『たぶん』


「…………」


『それでね。ちょっと言いにくいんだけど、元の世界や元の身体に戻ることはできないんだ。キミの肉体はもう使い物にならない状態だから』


「……そう、なんだ」


『……怒った?』


「怒る……、というより、どうしていいかわかんない。それに記憶がないから、元の世界に戻れないって言われてもピンとこないし、あたしがどんな容姿をして、どんな生活をしてたのかも覚えてないし……」


悲しいという気持ちもない。


それが逆に異様なことのような気もするが、今は、ただいきなり死んでいると言われたり、肉体が使い物にならないと言われて反応に困っているだけだ。


「あたしはこの先どうなるの? 死んでるんだよね? 消えちゃうの?」


『消させない。言ったでしょ? ボクはキミを助けるためにここにいるんだ。ボクが責任をもってキミを助けるよ』


「具体的には?」


『別の世界の人間に憑依させて、君が新しい人生を送ることができるようにしてあげる』


「……?」


今、なぜか『別の世界』とか『憑依』という単語に妙な懐かしさを感じた。


しかし、思い出せない。


「憑依って……、生きてる人間の身体に魂がのりうつること、だっけ?」


『生死は関係ないけど、そんな感じ。キミがのりうつるのは、事故で死んだ人間の身体だよ。大きな怪我もないし、持病もない。死んだばかりでとにかく状態がいいうえに、元のキミと性別も年齢も同じという、めったにない掘り出し物の優良物件なんだ』


「物件って……。なんだか引っ越し先の話みたい」


『似たようなものだね。でも、家と違って時間が経つと腐っちゃうから、できるだけ新鮮なうちに憑依したほうがいいんだ。だから、キミがよければ今からすぐに憑依させちゃいたいんだけど、いいかな?』


「……うーん。死んだ人間の身体かぁ……。他の方法で別の世界に行くことってできないのかな?」


急に死んだ人間の身体に入れと言われても、少し抵抗がある。


『たとえば?』


「転生とか」


つるりと自分の口から出てきた言葉に、***は首をかしげた。


(転生……)


先ほどと同じく懐かしさを覚える言葉。なんだろうこれ。


少し考えてみたけれど、やっぱり思い出せない。


『できなくはないけど、キミと適合する身体を探すのに時間がかかるよ? 魂だけの状態は不安定だから、探してるあいだにキミは消滅するかもしれないね……。ボク的には本意じゃないけど、キミがどうしてもって言うなら……』


そう言って神様の使いは悲しそうな顔をした。


「掘り出し物の優良物件に憑依します」


最初から選択肢などなかったらしい。


こうなったら腹を括るしかない。

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