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第19話 いい兄妹になれると思うんだ

レンナルトは、お腹を抱えて笑うアニカの様子に戸惑っているようで、お、とか、え、とか言いながらオロオロしている。


「……だって、ふふっ、あたしずっと悩んでたんですよ? ……あ、ええと、敬語ないほうがいいんだっけ?」


「あ、ああ」


「レン……、レン兄ってば、あたしのこと睨んでるし、目が合ったら逃げるし、話そうと思っても逃げるし、嫌われてるのかなあって」


さすがに呼び捨てはどうかと思ったから、兄をつけておく。


「き、嫌うわけねぇだろ!?」


「うん。それは今わかった。……レン兄が、自分の気持ちを話してくれたから、あたしにも理解することができたんだよ」


「アニカ……」


「……あたしは、以前のあたしには戻れない」


断定してから、あ、と思って『たぶんね』と付け加えておいた。


アニカはもうオリアニに戻れないことを知っているが、家族はそうではないのだから、少しくらい希望を残しておいたほうがいいと思ったのだ。


「――だから、妹になってくれって言ってくれたの、嬉しかった。……こんなふうに、これからも気持ちをちゃんと伝え合えば、きっとあたしたちいい兄妹になれると思うんだ」


「……そう、思ってくれんのか」


「もちろん」


微笑んで言うと、レンナルトも照れたように笑ってくれた。


周囲の筋肉たちが涙腺を決壊させているが気にしない。気にしたら負けだ。


けれどやっぱり気になるので、その場を離れようと歩き出す。レンナルトもそれに続いてくれたから、歩きながら話を続けた。


「ちょっと気になってることがあるんだけど、……聞いてもいい? 話すのが嫌なら、話さなくてもいいから」


「いや、話す。なんでも聞いてくれ。俺はアニカの頼れる兄貴だからな」


「……その、あたしの兄のひとりであるエカードお兄様のことなんだけど、……レン兄ってエカードお兄様のこと嫌いなの?」


名前を出した途端、レンナルトの表情が険しくなる。


「は? あいつ? 嫌いじゃねぇよ」


「でも、さっき、……殺そうとしてたよね?」


もう少しで兄が兄を殺す現場の目撃者になるところだったのだ。


できれば、もうあんなことはやめていただきたい。


「あんなんであいつが死ぬわけねぇだろ」


レンナルトは本気で言っているように見える。


あんなに、思いっきり斬りかかってたのに?


地面がごっそりえぐれてたのに?


「あ、そっか、エカードお兄様も強いんだね」


それなら納得できる。と、思ったのだが違うらしい。


「いいや、全っ然強くねぇよ。あいつは弱いくせに、頭はいいから卑怯な手段を使ってクラフト家の次期当主の座についちまったんだ。だから、嫌いっていうんじゃなくて、気に食わねぇというか、むかつくっていうか……」


「卑怯な手段って?」


「クラフト家の当主ってのは強いのが当たり前でさ。代々の当主はみんなその時代の最強なんだ。じいちゃんも、父さんも、それから次期当主の権利をあのクソ野郎に渡しちまったテオ兄だって、めちゃくちゃ強いんだぜ?」


「テオ兄……?」


「一番上のタデウス兄さんのことだ」


名前だけは聞いたことがあるが、アニカはまだ会ったことがない。


「今は王城に住んでんだ。命を賭ける主君を見つけたから、家は継がないんだってさ。たまにこの屋敷にも顔を出すし、来たら教えてやるよ。ほんと、すげぇ格好いいから」


「うん。ありがとう」


歩いているうちに、少しずつ辺りの様子が変わってきた。


周囲の筋肉がだんだん少なくなってきた代わりに、廊下が綺麗になっていく。客間が近づいてきたということだろうか。


「――そもそも、クラフト家の血族ってのは、魔力値が低い代わりに身体能力が高けぇんだ。遠いご先祖様の影響って言われてる。んでさ、俺は先祖返りしてるらしくって、魔力値はゼロだけど、身体能力が直系の中でもズバ抜けて高けえんだぜ」


レンナルトは得意げに笑う。よほど自慢に思っていることなのだろう。


「けどよ、あのクソ野郎は真逆なんだ。魔力値が高くて強さは並。全っ然クラフト家の特徴を持ってねぇ」


「ふうん……?」


「テオ兄が後継から退いた今、これまでの当主を見りゃ、あいつが候補に入るわけねぇんだ。俺が後継になるのが筋なのに、俺は話し合いの場にすら呼ばれなかった。……あいつが裏で手を回して、ごちゃごちゃ言って父さんたちを言いくるめたに決まってる。卑怯者だろ?」


「うーん? エカードお兄様は、どうして自分の特徴とあわない家の当主になりたいと思ったんだろ?」


レンナルトの話を聞いているうちに、どうしてもそこが引っかかった。


もし、本当に強さだけで選ばれるものなら、どんなに卑怯な手を使ったとしても、歴然の差はひっくり返せないのではないだろうか。


「え……? さあ?」


「わからないんだ?」


「んな話、聞いたことねぇし……」


「じゃあ、エカードお兄様に聞いてみたら? わからないことは、わからないままにしないほうがいいと思うよ」


「……今さら、んな話なんかする気はねぇよ。あいつが次期当主から退く気がねぇように、俺だって意地ってもんがある」


「そっか……」


まだふたりのことをよく知らないのに、これ以上口を挟むのもどうかと思って、アニカはここでこの話をやめることにした。


でも、家の中がぎすぎすするのは嫌だから、できれば早めに解決してもらいたい。


「あいつのことはどうにもできねぇけど、それ以外で俺がしてやれることあったら言えよ?」


「ん。ありがとう、レン兄」


笑顔で応えると、それが嬉しかったのかレンナルトはへへっと笑う。


「そのドレスとか髪型とか似合ってんぞ」


「ふふっ。ありがとう」


「あと、なんかさ、よかったな」


「え? なにが?」


「首のあたりにあった痣みたいなの消えて」


「……痣?」


「あ、そっか。記憶ねぇからそれも忘れてんのか」


レンナルトは言いにくそうに言葉を選びながら続けた。


「……死にかける前は、右側の頬から首筋になんか変なもやもやっとした痣があってさ、それを髪でいつも隠そうとしてたし、首が隠れる服ばっか着てたから……、ずっと、気にしてんのかなって思ってて……」


「痣……、ねぇ」


右側の首筋に触れてみたけれど、触れただけでは特になにも感じない。


鏡を見ていても気になったことがないということは、今はないのだろう。


(憑依の影響で消えちゃった? あとでナギに聞いてみようかな)


痣自体のことは、マデリンデに聞いてみてもいいかもしれない。


そういう身体的なことは、異性よりも同性のほうが聞きやすいから。


「――なんか、ごめんな。せっかく忘れてんのに、ほじくり返すようなこと言って」


「ううん。あたしは大丈夫」


いい人だなと思う。


ちゃんと相手のことを考えて気遣えるし、自分が間違っていたら素直に謝ることができる。


レンナルトは信用できる人だ。


(……エカードお兄様は、どんな人なんだろう)


レンナルトは卑怯者だと言うが、そもそもこういう話は片方だけの意見を鵜呑みにしてはいけないと思っている。


アニカ自身はエカードと話をしたとき、やさしい人だと感じたのだから。


(うん、やっぱり、あたしにできること探そう)


まだ出会ったばかりの兄たちのためにアニカができることなんてそう多くはないだろうが、なにかを変えるちいさなきっかけぐらいは作れるかもしれない。


次にやるべきことが決まり、アニカは気持ちを未来に向けた。


だが、その未来へ踏み出す前に――、


「は!? 人払いだと? 俺ァ、母さんに来いって言われたから来てんのに?」


「ですから、こちらで少々お待ちくださいと申し上げているんです」


「だからその理由を言えつってんだろーが。あァ?」


この揉め事をなんとかしないといけない。




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