第15話 食事が肉になった日
「……夜も、肉?」
どこからどう見ても肉の塊である。
塊肉を塩こしょうのみで味付けして焼いただけの代物である。
これまでの食事は、朝ご飯はスープとパンとサラダ。
昼ご飯は肉か魚と、野菜をたっぷり使ったサンドイッチ。
夜ご飯は肉か魚のメインに、野菜もしっかり添えられたバランスのいいミニコース。
という感じだったのに、今日は朝ご飯から塊肉の塩焼きだった。
「どうしたんですかねぇ……? 野菜の在庫が切れたんかも? うち、ちょっと調理場に行って聞いてきます」
と言って聞きに行ってくれたマリーが、困惑した顔で戻ってきた。
「旦那様が、今後のお嬢様の食事は、肉だけ、にするよう指示を出したそうです」
アニカは頭を抱えた。
事件である。
旦那様というのはつまり、昨日会ったやさしい父である。
「……軽い、とは言われたけど……、いや、そんなまさか……?」
この肉の塊は、父のやさしさの塊だということなのか?
肉は嫌いじゃないけれど、日々塊肉だけを食し続けたいかと言われると否だ。
美容と健康のために、バランスのいい食事に戻してもらいたい。そう思ったアニカは、父と会うことにした。
ところが、全然会えない。
疲労の濃い父の顔を思い浮かべ、いきなり訪ねるのは迷惑だろうと気を遣ったアニカは、ミナとマリーを通して、父に会いたいので時間を作ってほしいと伝えてもらった。
そして家令のエルゲンという人から、時間ができたらすぐに連絡しますという手紙をもらって三日過ぎたころに、忘れられているのかなと思い、再度連絡を入れてみたが返事は同じで連絡はこない。
最初に気を遣ってしまった手前、押しかけることもできず一週間過ぎた。
もちろん、そのあいだも食事は塊肉の塩焼き。寝ても覚めても肉の塊。
それしかないから食べるけども、そろそろ肉を見るだけでうぇっとなってきた。
食欲が落ちてきているのが自分でもわかる。
「ごめんなぁ、アニカ様。街でなにか買って持ってきてあげたいんじゃけど、許可のない食品類の持ち込みは禁止されとって……」
「料理人にどうにかしてほしいって頼み込んでも、旦那様の言いつけは絶対なのです! つって、対応してくれないんっすよ」
ふたりに申し訳なさそうに言われ、アニカは力なく笑う。
「う、うん。大丈夫だよ。ありがとうね。……なにも食べるものがないわけじゃないんだから、こんなことで文句言うのは贅沢だと思うし」
「いいえ。こんなこと、じゃないです。アニカ様はまだ回復期なんじゃけぇ、胃に負担のかかるもんばっかり食べとっちゃ、身体に悪ぃと思います」
マリーのやさしさがしみる。
◇
そんな肉生活が続く中、アニカは憑依体であるオリアニがどんな人だったのかを知っておきたいと思い、オリアニの私物をひとつひとつ見ていた。
本棚には歴史書や古典文学などの書籍が並び、机の引き出しには学園で使用していたと思われる見やすくまとめられたノートが入っていた。
とても勉強熱心な子だったようだ。
本当は日記があればいいなと思っていた。
そこにはオリアニの生活や気持ちが綴られているだろうから。
けれど、探しているあいだ、本当に読んでいいの? 故人の秘密が書かれているかもしれないのに? と複雑な気持ちでいたから、あちこち探して見つからなかったときはほっとした。
日記はなかったけれど、棚の奥に隠すようにしまってあった宝石箱のような箱は見つけた。
その箱の中には、手のひらサイズから小指くらいの大きさの、虹色にきらめく破片のような石がたくさん入っていた。
綺麗ではあるが、それが宝石なのかどうかも判断がつかず、ミナに見せて聞いてみたら、
「すっごい! これ、魔石じゃないっすか~! アタシ、こんな大きいのはじめて見たっす」
ものすごく興奮しながら教えてくれた。
「魔石?」
そわっとする魅力的な響きである。
「強い魔物とか魔獣、それか魔力値の高い自然物からほんの少しだけしかとれない貴重な資源っす。市場価格もケタ違いに高いんっすよ」
「へえ……? これがねぇ?」
言われてみれば神秘的なものにも見えるが、加工されていないせいか、ただのガラス片に見えなくもない。
「こんなふうにさわると、魔力感じないっすか?」
「ふんふん。こんな感じかな? んん、……んー?」
ミナが手のひらに石を乗せながら言うので、同じようにやってみたけどよくわからない。
「コツとかある……?」
できれば魔力なるものを感じてみたい。
「あれ? アニカ様は十六歳だとお聞きしてるから魔力開放してるはずだし、普通に持ってるだけで感じられると思うんっすけどね?」
「その、魔力開放って、なに?」
聞き慣れない単語にわくわくが止まらない。
本当に異世界にいるのだと、今はじめて実感した気がする。
「魔力が使用できる状態になる現象っす。遅くとも十五歳までに開放されるから、子どもから大人への通過点とも言われるんっすけど……」
「……そうなんだ」
魔石を握ってみても、まったくなにも感じられないアニカは首をかしげる。
「うーん? なんかちょっと温かくなってきた……ような?」
「それ、……たぶん体温っす」
「……うん。そんな気はしてた」
「そういえば、貴族は平民より魔力値が高いのが普通なんっすけど、クラフト家だけは例外で、魔力値が低いことで有名っすね。もしかしたら、アニカ様も魔力値が低いから感じられないのかも?」
「そ、そんな可能性が……!?」
もし、遺伝的な問題なら仕方がないと割り切るしかない。割り切るしかないのだが、悲しい。
「……魔力が使用できると、なにができるの?」
「魔術が使えるっす」
そう言って、ミナは指で宙になにか書くような動作をしたあと、指先をぴんっと弾いた。
途端、ふわっとしたやわらかな光の球が出現する。
「うわわっ、すっごい!」
「こういう明かりの魔術や、風の魔術、ちいさな火の魔術あたりは必要魔力が少ないから、平民でも普通に使える者が多いんっすよ」
もう一度指先を動かして弾くと、光の球がふっと消える。
「おお……」
便利すぎる。これがあれば、夜の暗い廊下が怖くない。
これが、使えないのか……。
「――そういえば、この部屋の明かりはどうなってるの?」
廊下は暗いが、部屋は明るい。
いつも気づいたらミナかマリーが照明をつけてくれていて、就寝時間前に照明を消してくれる。アニカは部屋の照明がどうなっているのか知らないのだ。
「ああ、それは扉の横にスイッチがあって、そこに魔力を注いで照明を付けたり消したりしてるんっす」
「へえぇ……。便利だねぇ」
「アタシらが帰る前にお渡ししてるランプにも、魔力を注いでるんっすよ」
夜中にトイレへ行きたくなったときに重宝しているあのランプ。
「あれもだったんだ……っ! ミナやマリーが魔術を使ってランプの明かりをつけてるの?」
だとしたら、魔術を使った本人がそばにいなくてもいいということなのだろうか。
「部屋の照明やランプは魔道具だから魔術とはちょっと違うっすね。ランプみたいに生活魔道具として使われてるものだと、必要な魔力はほんのちょっぴりだから平民にも気軽に使えるんっすよ。便利すぎて手放せない存在っす」
「確かに便利そう……。でも、あたしは魔力がないから、そういう便利な魔道具も使えないってこと……、だよね?」
「あ……。で、でも、そういうときに役に立つのが魔石なんっすよ! 魔石は魔力を帯びた石なので、魔力を持たない人でも魔道具を使うことができるんっす。魔力が少ない人用に、魔石付きのアクセサリーとか売ってたりするっすよ」
「なるほど。ちゃんと救済処置があるってことね」
「はいっす!」
ミナはにかっと元気に笑った。
どうしてもというときに使える手段があるのはよかった。
――が、そんなことで納得できるわけがない。
魔力とか魔術とか、そんな異世界的なおいしい話を簡単に諦められるはずないではないか。
ミナとマリーが帰ったあと、ミナのまねをして魔術を使おうとしてみたり、魔石を手だけではなく足や頭やお腹に当ててみたり、思いつく限りのことは全部やってみた。
空が白みかけるころまで続けたが、どうやってもなにかを感じることはできなかった。
しょんぼりにもほどがある。
「……ねえ、ナギ。あたしは魔術使えないの?」
『アニカは魔力がおかしなことになってるから、今は使えないよ』
「おかしなこと?」
『んー。なんて説明したらいいかわかんない』
ナギが困った顔をして宙をくるくる回る。ナギに説明できないことなら、アニカにわかるはずもない。
「それって、ナギの力でなんとかできない?」
『ボクが下手にさわると、アニカが爆発しそうだからやめたほうがいいと思う』
「爆発」
そしてこの話はここで終わった。
(……魔術、使ってみたかったなぁ……)
ナギは『今は使えない』と言っていたから、いつか使えるようになることを願いつつ。




