第14話 あれは本当に兄なのか
「んー? 妹のことを心配してるんじゃないっすか? あの方、硬派だから。ここだけの話、アタシはレンナルト様派なんすよね」
「派閥があるの?」
「長男タデウス様は最強無双で格好よくて、次男エカード様は知的で上品なのに容赦なくて、三男レンナルト様は荒ぶる姿が最高……っ! って感じに、クラフト三兄弟それぞれ熱いファンがついてるんっす」
「へ、へぇ……?」
オリアニには三人も兄がいるのか。と思う一方で、あれは兄だったのかという事実に驚く。
荒ぶる姿と硬派のイメージが結びつかないということもだが、そもそも、廊下に浮かび上がったあの顔は、妹を心配しているという表情ではなかった。
なにか恨みがあるとか、そういうことなのかもしれない。
(……恨みかぁ。お母さんが出て行ったことと関係あるのかな……?)
家庭内をめちゃくちゃにした原因はアニカなのに、硬派ゆえに記憶をなくした妹に直接文句を言うこともできない。
しかし、荒ぶる気性のせいで流すこともできず、アニカがいる場所が気になって仕方がない。
……そんなところだろうか。
「だとしたら、そのままになんてできないよね」
就寝時間になり、部屋でひとりきりになってからナギに話しかける。
『ん? なにが?』
「兄――レンナルトのことよ。オリアニのせいで家族が変なことになってるなら、それを修復するのはあたしの役目じゃないかなって思うんだ」
『どうして? アニカとオリアニは別人だよ? これまでになにがあったとしても、それはキミがしたことじゃないんだから、なにもしなくていいと思うけど?』
「そういうわけにはいかないよ。あたしはオリアニから大事なものをもらったんだから、そのぶんの義理はきっちり果たさないと」
『ふうん? そういうものなの?』
「うん。そういうものなの。――というわけで、レンナルトと会いたいんだけど、今日もこの部屋の近くにいるのかな?」
『いるね。このあいだと同じ場所だよ』
「了解。……よし。じゃあ、直接対面といきますか!」
ただ、具体的になにをすればいいのかは、まったく決めていない。
母の出て行った理由も憶測でしかなく、レンナルトがどういう気持ちでアニカを見続けているのかもわからないのだから。
それでも、なにもしないよりはきっと、ずっといいと思うから。
(ただ、ちょっと怖いんだよね……)
あのとき廊下で見た形相を思い出すと、足がすくみそうになる。
「……ナギ」
『ん?』
「もし、レンナルトがあたしに攻撃をしかけてきたら守ってね」
『うん、任せて。アニカはボクが守るよ』
念のために、一応防衛はしておいた。
ちいさく息を吸って吐いて。気合いを入れてドアを開ける。
前回と同じところにぼんやりとした明かりが灯っていて、そこに浮かび上がる恐ろしい形相をした男の顔。
それを見た瞬間怯んだが、あれは生きている人間だと言い聞かせ、アニカは前進した。
「こんばんは! 少しお話をさせ――」
気持ちを奮い立たせ、大きな声で話しかけたアニカの言葉は最後まで続かなかった。
「えっ!? なんでっ!? ちょ、ちょっと待って!」
レンナルトが背を向けて走り出したのだ。
慌ててアニカはそのあとを追いかけた。
しかし、レンナルトの足は速く、あっという間にその姿は見えなくなってしまった。
「……は、……はぁっ、はぁっ……、く、くるし……っ」
先日まで死にかけていた身体ということもあるのだろうが、追いつくどころか、少し走っただけで息が切れ、その場にしゃがみ込んだまま動けない。
「な、なんで逃げちゃったの……?」
『アニカが怖い顔してたんじゃない?』
「してないよ。失礼ね」
向こうのほうがよっぽど怖かった。
(……あの人、本当にレンナルトなんだよね? それにしては、アニカと似てない気がする)
鏡で見たアニカの顔は、少し垂れ目でかわいい系だった。
あんなに鋭い目つきではなかったし、今は暗いからはっきりとした色まではわからなかったものの、アニカの髪色はピンクベージュといった感じだが、月明かりに照らされた男の髪色は白っぽかった。
明日、ミナかマリーにレンナルトの特徴を聞いたほうがいいかもしれない。
廊下に座り込みながら、そんなことを考えていたら、バタバタバタっと誰かがアニカに走り寄る音が聞こえ、驚いて目を向ける。
「こんなところで、どうしたんだ!? なにがあった?」
そこにいたのは父だった。
「あ、ええと……、ちょっと散歩を……」
レンナルトを追いかけていたと言うにも、今となってはあれが本当にレンナルトだったかどうかわからないし、追いかけていた理由も説明しづらいので、適当に誤魔化してみる。
「……そうか。もう動き回れるようになったんだな」
「は、はい」
「だが、無理は禁物だぞ?」
そう言いながら、父はアニカの身体をひょいっと抱き上げた。
「うっひゃ……っ」
「……軽いな。ちゃんと食事はしているのか?」
「はひ。野菜もしっかり食べてますし、いつも美味しくいただいています」
がっしりとしていて体格がいいからか、すごく安定感があるものの、抱き上げられるという経験に驚いて、返事を少々かんでしまった。
「野菜か……ふむ、まあ食べられているなら問題はないのか……?」
話しながらアニカの部屋へと向かっているようだ。
相変わらず、げっそりと頬がこけていて疲労が目立つ。
以前より目の下のクマが濃くなったようにも見えた。
(お母さんが出て行ったから……)
さっき、廊下にしゃがみこんでいるアニカに駆け寄ってくれたのは、アニカのことを心配してのことだろう。
そんな心配ができるのに、なかなかアニカの様子を見に来ないのは、母がいなくなって混乱した家を建て直すのが大変で、それどころではないのかもしれない。
「あ、あの……」
「ん? どうした」
「あまり、無理しないでくださいね」
「……ふ」
アニカの言葉に、父は少し驚いた顔をしてから、やさしい顔で微笑む。
「娘に心配されるのも悪くない気分だが、今は俺より自分の心配をしたほうがいい。ゆっくり休んで、しっかり体力を回復しなさい」
やがて部屋まで送り届けてくれた父は、そう言ってアニカをベッドに寝かせると、おやすみの挨拶をして出て行った。
(やさしいお父さんだったな……)
あんな父を置いて、母はなぜ出て行ってしまったのか。
レンナルトらしき男のことも気になる。
(なんで逃げたんだろ)
わからないことばかりだ。
「ナギ」
『なあに?』
「あたし、明日から全力でこの家の問題に取り組むよ!」
『いいよ。それがアニカの望みなら』
ナギはアニカの上でくつろぎながらそう言った。
そんな決意を固めた翌日から、食事が肉だけになった――。




