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第13話 住民との遭遇

部屋の明かりはミナが消していったから、手もとのランプだけがふわりと光る。


アニカはベッドの上に座ってナギと向かい合う。


『ん? なあに?』


「本物のアニカは事故死なんだよね? どんな事故だったの?」


『……さぁ? そこまではボク知らない』


「そっか」


返事をしながらアニカは別のことに引っかかっていた。


(『本物のアニカ』って呼び方、どうなんだろ)


この世界の人間にナギの声は聞こえなくても、アニカがナギに話しかける声は聞こえる。


心の中で会話ができればいいのだが、それができるなら、医者に逃げられることはなかった。


(気をつけるつもりではいるけど、うっかり誰かに聞かれたら、じゃあお前は誰なんだよ? ってなるよね……)


うっかりなんてしない。と言い切る自信はない。


平穏無事な生活を送るために、少しでも突っ込みどころはなくしておくに限る。


(どうしようかな。本物だから本アニ。死んだアニカだから死アニ? いや、さすがに死アニはないか。じゃあ、オリジナルアニカで、オリアニとか?)


「お。いいね、それにしよう」


『え? なににするって?』


「あ、ごめん。ちょっと考え事してたの。ナギと話すとき、本物のアニカって呼ぶのを誰かに聞かれたら困るから、別の呼び方にしたいなって」


『ふうん? なんて呼ぶことにしたの?』


「オリアニ。いい感じでしょ」


『…………そう、かな?』


ナギは身体を横に傾けて、なんとも言えない顔をしている。


「これでいいの」


『アニカがそれでいいと思ったんならいいと思うよ』


なんかちょっと言い方にひっかかりを感じるが、これ以上続ける会話でもないので、流しておくことにした。


「確認したいことの続きに戻るね」


『どうぞ』


「この家のこと、なにか知ってる? お母さんが出て行ったのが本当だとしても、大きそうなお屋敷なのに、使用人がみんないなくなるなんてことあるのかな」


綿埃が浮いているという屋敷内がどうなっているのか興味があったから、さっきミナが帰ったあと、はじめてひとりで廊下に出てみたのだが、長く続く静かで薄暗い廊下が不気味すぎて、すぐに部屋に戻ってきてしまった。


『なんにも知らない。でもアニカの言うとおり、人は少ないよね』


「……何人くらいいるんだろ。ちゃんとした事情を知ってる人っていないのかな」


『この部屋の近くに誰かいるみたいだけど、会ってみる?』


「ミナかマリーじゃないの?」


『あのふたりとは違う気配だね』


「――会ってみる」


ランプを手に持って、アニカはベッドから降りる。


悠々自適な生活を送るためにも、まずは日常の地盤を固めることが先決だ。


アニカは記憶喪失中ということで、以前と違う行動を取っても不審に思われることはないだろうし、そばにナギがいてくれるからきっとなにがあっても大丈夫。


ナギは扉に向かうアニカの頭に、ぽすんと乗ってきた。


乗ったといっても重さは感じない。その感覚はあるのだが、乗っている場所が不自然にへこんだりしている様子もない。


(どうなってんのかさっぱりだけど、あたしはさわれるから、まあいいか)


そう。この世界に来てから、アニカはナギに触れられるようになったのだ。


もちろん、すでに抱きしめ済みである。もっちりむにむにでふわっふわな不思議な感触がたまらない魅惑のボディだった。


ナギが言うには、憑依するときにナギがアニカの次元に接続したから可能になったんだそうだ。


ナギの次元に接続されているのはアニカだけだから、他の人にはナギはこの世界に存在していないことになっているらしい。


そういう諸々の事情で、この世界の人間や物質に、ナギは物理的な干渉ができないんだとか。


(――うん、理解するのは諦めた)


神様の使いだから色んなことができてしまうんだな。と、強制的に納得している。


「よし、行くよ」


扉の取っ手に手をかけて、わずかに押し開けた。


(さっきより暗い……)


廊下には一定間隔で壁にランプが設置してあるものの、ひとつも灯っていない。


月明かりでほんのり明るい程度の廊下は、歴史のある屋敷らしい厳かな雰囲気があり、幽霊とか悪霊とか、そういうものがいつ出てきても不思議ではない怖さがある。


『……。行かないの?』


すっかり怖じ気づいてしまい部屋から踏み出せないでいると、ナギが不思議そうに声をかけてきた。


「う……、うーん。やっぱり今じゃなくてもいいかなぁ……とか、思ってみたり」


今日はここまでにしておこうと、扉を閉めかけたのだが――、


『あ、向こうから来るみたいだよ』


「――え?」


ナギの言葉で廊下の奥へと視線を移す。


「……………………ひぃっ!?」


アニカは慌てて扉を閉じた。


暗い廊下の先がぼんやりと光っており、その中に恐ろしい形相をした男の顔が浮かび上がっていたのだ。


「こわいこわいこわいこわい! なにあれ!」


『ここの住民だよ』


「住民ってそういう意味での!?」


『そういう意味?』


「せ、説明しないで! 聞きたくない!」


しばらく背中でドアを押さえていたアニカだったが、このあと特になにも起きなかったのでベッドに潜り込んで震えながら寝ることにした。


恐ろしい男の形相が脳裏から抜けないまま過ごした数日後、その正体が明らかになった。


「それ、レンナルト様っすね」


ミナが教えてくれたのだ。


「レンナルト……?」


「アニカ様のお兄様っす。平日の日中は学園に行っててお屋敷にはいないんっすけど、夕方とかお休みの日になると、少し離れた場所からアニカ様の部屋をじっと見てることがあるっす」


「見てる、って、なんでかな……?」




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