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第12話 異世界憑依なんてするもんじゃない

もし、自分が再び異世界へ行くことになったら、絶対に憑依は選ばない。


それはアニカの経験から出た結論だ。


なにせ、楽しいだけの異世界生活を送るつもりで憑依したのに、その瞬間から身体中が重くて痛くて苦しくて、唸り声をあげるだけで精一杯。


指一本まともに動かせる状態ではなかったのだから。


『はーい、憑依完了したよ』


というナギの軽い口調と、アニカが置かれた状況に落差がありすぎた。


『ん? しゃべれないの? うわぁ、大変そうだね。まあ、死体に憑依したんだから仕方がないか。そのうち回復すると思うから、それまでの我慢だよ。頑張ってー』


こんなことを明るく言われて、しばらくナギのことを恨んだぐらいだ。


(優良物件って言ったくせに……!)


こんな目に遭うなら遭うと、ひとことでいいから忠告しておいてほしかった。


そうしたら、ちょっとぐらい覚悟したかもしれないのに。


(しなかったかもしれないけど)


そこから、起きているのか寝ているのか、生きているのか死んでいるのかわからない状態のまま、ひたすら耐え続けること数日間。


少しずつではあるが、症状は緩和されていった。


話すことができるようになってからは、周囲と意思の疎通だってできる。


当然のように本物のアニカの記憶が一切ないこともバレて、アニカには『記憶喪失』という診断がくだされた。


まあ、そうなるだろう。これは想定内のことである。


『よかったね、元気になって』


のんびりした口調で言うナギに、アニカはこくりとうなずく。


ナギはベッドで寝返りさえ打てないアニカの身体の上がお気に入りらしく、最近そこでずっとくつろいでいた。


「アニカ様、ちょっと身体動かしますね」


アニカには、ミナとマリーというふたりの専属メイドがいる。


どちらも最近雇われたばかりとのことで、本物のアニカとは接したことがないそうだ。


ふたりは交代しながら一日中付きっきりでアニカの介護をしてくれる。


寝返りを打たせてくれるとき、アニカの上に乗っているナギがころころと転げ落ち、びっくりした顔でふわふわ宙に浮いてくるまでが一連の流れとなっていて、退屈な療養生活をなごませてくれた。


ちなみにナギの姿は、アニカにしか見えないし言葉も聞こえない。


医者がいるときに会話をしていたら、その翌日、医者が『怖いので辞めます』と言って辞めてしまったらしく、そこでようやくそのことに気づいた。


だが、ミナとマリーもナギとの会話を目撃したはずだ。


恐る恐る聞いてみたら、話してるだけで害はないみたいだからと、見て見ぬ振りをしていたらしい。


つまり、ひとりごとが大好き、もしくは見えないお友達がいる子だと思われていたということで。


(は、恥ずかし……っ!)


ミナかマリーのどちらかは必ず部屋にいるから、このとき以来、ナギとの会話がしづらくなってしまった。


そういえば。


憑依先のアニカ・クラフトは貴族令嬢だった。


「クラフト伯爵家って言ったら、この国で知らぬ者がいないほど武力に長けた英雄一家っすよ」


と、いつも元気なミナが教えてくれた。


グランツ王国に古くから存在する有数の名家なんだとか。


この屋敷は王都の外れにあるものの、いくつもの鍛錬所を有する広大な土地や、飾り気の少ない堅牢な造りが、いかにもクラフト家という感じらしい。


しかし、名家のわりに使用人の数はとても少なくて、今現在、屋敷内の清掃は行き届いておらず、廊下の片隅には綿埃が浮いている状態のようだ。


「実は、うちらが雇われる少し前に、このお屋敷からたくさんの馬車と馬が飛び出していくとこ見た人がおってですね。奥様に逃げられてしもうたんじゃないかって、もっぱらの噂なんですよ」


訛り言葉でマリーが外で聞いたという噂話をこっそり教えてくれた。


それが本当なら、時期的にもしかすると、本物のアニカが死んだ事故が原因だったりするのかもしれない。


きっと、大きな事故だっただろうから。


「アタシらは、お給料もらえたらそれでいいんすけどね」


「ほんま、ほんま。平民には破格の金額じゃったけ、ギルドで求人案内を見つけたときに飛びついてしもうたよね」


「そうそう。そんで面接してくれたのが歴代最強と名高い、あの騎士団長様とくれば!」


「ふふ。ミナはクラフト家ファンって言っとったもんね。うちは、貴族のご令嬢のお世話なんてできるんか不安じゃったけど、アニカ様は温和な方じゃし、介護なら平民も貴族もやることあんま変わらんしなぁ」


「医者が逃げたのは驚いたけど」


「まあ、あの医者、うちらでもなんとかなりそうな治療しかしよらんかったから……。おらんでもまったく問題ないけぇ、安心してくださいね」


こんな感じで、よくしゃべる元気なふたりがお世話をしてくれたおかげで、気持ちは沈まずにすんだ。


本物のアニカを知る人は、ほとんど会いに来なかったというのも理由のひとつかもしれない。


記憶喪失の診断が出た日の夜、ミナが言っていた歴代最強の騎士団長――アニカの父が会いに来てくれたのだが、歴代最強というわりには、げっそりと頬がこけて目がくぼみ、身体は確かに頑丈そうで大きかったものの、ちょっと大丈夫なのかなという感じがした。


「なにも、わからないと聞いた」


「……は、はい」


「そうか……」


「……」


「身体はどうだ?」


「だいぶマシになってきたけど、まだ、思ったように動かすことはできません」


「そうか……」


「はい……」


「……」


という、なんともぎこちない会話をして以来、この部屋には来ていない。


(あの様子だと、奥さん――アニカのお母さんに逃げられたって噂は本当っぽい?)


家庭内の不穏な空気を感じつつ、さらに日は過ぎて、自由に歩き回れるぐらい回復した。


これまで朝も夜もなく、交代でアニカの介護をしてくれた専属メイドのふたりには、就寝時間以降はいなくてもいいと告げておく。


交代とはいえ労働の拘束時間が長いことが気になるし、なにより誰かいるとナギとゆっくり会話ができないからだ。


そうしてようやく、この世界の人間が近くにいない時間を作ることができた。


「ねぇ、ナギ。いくつか確認したいことがあるの」




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