第11話 食事は、肉、だと?
「ダナ。私のことはいいから、アニカをお願い。超特急で済ませてちょうだい。ついでにこの子の専属メイドたちの様子も見てきて」
「はい、お任せください。では、お嬢様、ダナと共にお部屋へ参りましょう」
「はっはい! よろしくお願いします!」
「私に敬語は不要でございますよ」
「はい。じゃなくて、うん? ……あれ? なんて言えばいいのかな」
「少しずつ、覚えていけばよいかと存じます。――それでは皆様、失礼いたします」
ダナはこちらに向けて深々と頭を下げ、アニカと共にその場を後にした。
「さて、レンナルト。あなたも着替えが必要だけど、その前に私と少し話をしましょう」
マデリンデから向けられた鋭い視線に、レンナルトが固まる。
どれほど力が強くても、レンナルトはマデリンデには敵わない。
幼い頃からの刷り込みもあるだろうが、恐らくはあれだ。領地で言っていた『脳筋には精神攻撃が効くのよ』に、理由が集約しているのだろう。
今回の件も、マデリンデが登場して以来、レンナルトはずっと大人しくしている。
「もうエカードに暴力を振るうのはおやめなさい。エカードは次期当主なのだから、兄弟で手を取り合ってクラフト家を支えることを考えて」
「……俺は、まだそいつが次期当主ってこと認めてねぇから」
「このことは、現当主であるバルナバスと、タデウスが決めたことなのに?」
「だから、どうしてそこに俺を入れてくれねぇんだ。俺はそいつよりも強い。クラフト家の跡を継ぐ素質も権利もあるはずだろ!?」
「理由は何度も話したでしょう。あなたより、エカードのほうが当主に向いているのよ」
「んなこと、やってみなけりゃわかんねぇよ。そんな理由じゃ、俺が駄目な理由になんねぇ。父さんも母さんも、テオ兄も、どうしてそいつばっかりで俺を認めようとしてくれねぇんだ……っ!」
まるで悲鳴だ。
話を聞きながらエカードは唇を噛んだ。
別に、誰もレンナルトを認めていないわけではない。
レンナルトの強さも、素直なところも、真面目で面倒見のいいところも、皆よくわかっている。
ただ、それを踏まえたところでレンナルトの性格では、この平和な世で当主としてやっていくのは難しい。
何度言葉にして伝えても、どうしてもレンナルトを納得させることができなかった。
本当なら、これは次期当主の座を継いだときに、エカード自身が解決しなければならなかった問題なのに。
「……レン」
名前を呼ぶだけで、その先の言葉が出てこない。
今、エカードがなにを言ったところで、レンナルトの気持ちを逆撫でするだけだ。
「この話はまた改めてにしましょう」
すっとマデリンデの視線がレンナルトからそれた。
マデリンデも、ここで解決する問題とは認識していないのだろう。レンナルトが興奮しすぎる前に話を打ち切ることにしたようだ。
「じゃあ次の話に入るわよ」
しかし、いったん深く息を吐いてから、再びマデリンデの視線がレンナルトに向けられる。
「……まだなんかあんのか?」
「ええ。アニカのことよ。むしろここからが本題だと思いなさい」
「はっ、俺ァ、なんも知らねぇよ。話したこともねぇし。……って!」
むすっとした顔でそっぽを向いた途端、レンナルトの頭に扇子が飛んでいった。
「なにす――っ」
「いい? この期に及んで、そんな理由は通らないわよ? この一ヶ月、アニカが不自由だと感じるような生活をさせていたんだとしたら、私はあなたもバルナバスも許しませんからね」
なぜだろう。後継者云々の話よりも強い圧を感じる。
言われているのはエカードではないのに、思わずごくりと息を呑んだ。
「い、いや、だって、俺は遠くから見守ってて……」
「じゃあ具体的に聞くけど、アニカはきちんとした食事をとっていた?」
「え? 食事?」
「……レン。さっきアニカと話したときに、毎日庭の草を食べてるって言ってたんだけど?」
これを知らないはずがない。アニカのことを見ていたのなら。
「あー。草を食べてるとこなら見たぜ? たぶん、好物?」
「いや、好き好んでこんなところに生えてる草を食べない、と思う」
言葉に自信がないのは、エカード自身もアニカのことをよく知らないからだ。
しかし、好物の可能性もなきにしもあらず、なのか?
「だいたい、俺、アニカと一緒に食べたことねぇから、食事の時間や量とかどうなってんのかわかんねぇよ」
と、言いつつも、レンナルトなりに、なにか知っていることがあったか考えているようで、首をひねりながらうーんと唸る。
「あ、そういや、父さんが『アニカの食事は肉にする』って言ってたな」
そして出てきたこの言葉。
「……食事は、肉、だと?」
その瞬間、領地にいた『体調悪いときは肉だけ食べてりゃ治る』と、肉を薬代わりに食べていた脳筋たちの顔が脳裏に浮かんだ。
アニカが草に手を出した経緯をなんとなく察してしまい、エカードは頭を押さえる。
マデリンデも同じ結論に達したのか、がっくりと肩を落としている。
「……思い出してくれてありがとう。あとでじっくりバルナバスから話を聞くわね。……あと、レンナルト。ひとつ言わせてちょうだい」
「ん?」
「あなた、アニカを見守ってた。って言ったわね」
「あ、ああ」
レンナルトはこくりと頷く。
「それ、ただ見ていただけ、じゃないの? 見ていただけで、なにもしようとしないなら、それは守ることとはまったく別の行為よ」
「え、ちがっ、俺はアニカが危険な目に遭ったらすぐに駆けつけるつもりで……!」
「あなたは、今の時点ですでにアニカの日常を守れてないの。視覚で情報を得ても、意味を理解できず、なにをすべきかわかっていない」
「……っ」
「自分にできることを、自分で考えて動きなさい。何事も、後悔しないように」
マデリンデの言葉を聞いて、レンナルトは言葉を詰まらせた。
「……さて、これ以上ここで時間を使うわけにはいかないわ。ここでの話はこれで終わり。早急に着替えて、あなたたちも客間にいらっしゃい」
「え……? お、俺も?」
レンナルトが自分を指さして首を傾げる。
確かに、当事者のアニカは必須として、あとは女主人と次期当主が対応に出ていれば、普通は三男であるレンナルトまで同席する必要はないだろう。
「レンナルトは特例伯爵様に対して貴族の謝罪をするのよ。あんな大騒ぎに巻き込んでしまったんだから」
マデリンデの言葉に、レンナルトは納得できないと顔をしかめる。
「さっきのは、そいつが変な魔道具使ったからじゃねぇか。あれ、すげぇ痛かったんだぜ? 服はボロボロになるし、……んん?」
文句を言っている途中で、レンナルトはなにかに気づいたようにハッとした顔でエカードを見た。
「そうだ! 俺、てめぇに、ひどい目に遭わされてたんだ! 謝罪って言うなら、てめぇがまず俺にあやま――、いっ、てぇっ!」
バチンッとマデリンデの扇子がレンナルトの頭に当たる。
今の音は相当痛かっただろう。
「そもそもの原因が文句言うんじゃありません」
「……ぐぬぬ」
頭を押さえて悔しそうにしているレンナルトに、エカードは苦笑う。
「特例伯爵には、俺も改めて謝罪をするつもりだよ。お前ができないなら、お前のぶんも俺がしておこうか?」
「――っ、てめぇがするなら、俺だってする」
「お前、礼儀作法とか本当に大丈夫なんだろうな? ……まあ、レンがお客様の前で失敗をしたら、そのことも合わせて俺が謝罪すればいいだけか」
「はっ? 誰がてめぇの世話になるような無作法するかよ。俺ァ、やるときにはやる男なんだよ! 見とけ? 完璧な礼儀作法でお出迎えしてやる!」
レンナルトはじろりとエカードを睨みつけ、大股で屋敷のほうへ歩き出した。
「お出迎え……? あいつ、客が誰なのか理解できてんのかな?」
「……私たちも支度をしましょうか」
やれやれとマデリンデがちいさなため息をつきながら言った。
※次話からアニカ視点に入ります




