表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

Sランクパーティを追放されたので、こっそり維持していた『チュートリアルモード』を終了しますね。 ~これから始まるのは、味方の攻撃が当たり、痛覚が100%機能する『ハードコア・リアリティ』です~

作者: じょな

 地下迷宮『アビス・ゲート』、深層域第七階層。

 そこは本来、人の身で踏み入るにはあまりに過酷な領域だ。

 湿った岩肌には猛毒を含んだ苔が密生し、空気中には肺を焼くほどの高濃度魔素が漂っている。一歩足を踏み外せば底なしの奈落。徘徊する魔獣は、鋼鉄すら容易く噛み砕く顎を持つ。


 だが、その一角にある『安全地帯セーフティエリア』だけは、まるでピクニック会場のような能天気な空気が流れていた。


「なあクロト。お前さあ、そろそろ自分の立場わかってる?」


 焚き火の爆ぜる音が、勇者カイルの嘲るような声と重なる。

 彼は最高級の霜降り肉を串に刺し、無防備に足を投げ出して座っていた。黄金に輝く鎧には傷ひとつなく、その顔には緊張感の欠片もない。


「立場、とは?」


 俺は荷物の整理をしていた手を止めず、淡々と問い返す。

 指先が少し荒れている。この階層の環境維持メンテナンスに、思ったより魔力を食われていたらしい。


「とぼけんなって。お前、戦闘に参加しねえじゃん。俺が剣で無双して、リナが魔法でドカーン。それで終わり。お前、後ろで何してんの? 突っ立ってるだけだろ?」


 カイルの隣で、魔法使いのリナがくすくすと笑う。

 彼女は杖の先端で焚き火を突き、火の粉を遊ばせていた。その杖の先が、カイルのマントを掠めているが、二人は気にも留めない。燃え移らないと『知っている』からだ。


「そうよねぇ。クロトってば、荷物持ちとしても微妙だしぃ。ポーションとか、私たち使ったことないじゃない? そもそもダメージ食らわないし」

「だろ? 俺ら強くなりすぎちゃってさ、もう『完全回避』とか余裕なわけよ。お前のサポートとか、ぶっちゃけ誤差? いや、もはやノイズなんだわ」


 カイルが肉を齧りつき、脂ぎった口元を手の甲で拭う。

 その視線には、明確な侮蔑があった。

 不要な家具を見るような、冷たい目。


(……なるほど。ここまで増長したか)


 俺は心の中で、静かにログを照会する。

 彼らの言う「強さ」。

 それは確かに、彼らのレベルアップによるものもある。

 だが、根本的な前提が間違っている。

 この世界はゲームではない。物理法則が支配する、残酷な現実だ。

 彼らが無傷でいられるのは、俺が常時展開している固有スキル【チュートリアル管理】が、世界のルールを歪めているからに過ぎない。


 敵の攻撃判定を修正し、味方の攻撃判定を必中に書き換え、痛覚を遮断し、フレンドリーファイアを無効化する。

 いわば、彼らは補助輪付きの自転車に乗って、F1レースに出ているようなものだ。


「で、結論なんだけどさ。ここで降りてくんない?」


 カイルが懐から金貨袋を放り投げた。

 ジャラリ、と重い音が足元で鳴る。


「手切れ金。これだけありゃ、地上まで戻る護衛くらい雇えるだろ。ま、俺らはこのまま最深部まで行って、魔王の首取ってくるからさ」

「あ、私の分もあげる。邪魔しないでね、一般人さん」


 リナが食べかけのビスケットを放る。

 それは俺のブーツに当たり、砕け散った。


 怒りは湧かなかった。

 ただ、急速に冷めていくのを感じた。

 彼らへの情も、使命感も、そして『保護者』としての責任感も。

 回路が遮断されるように、すん、と意識がクリアになる。


「……わかった。パーティ離脱の合意、と受け取ろう」


 俺は金貨袋を拾わない。

 砕けたビスケットもそのままに、背負っていたバックパックをゆっくりと下ろした。

 中に入っているのは、彼らの予備装備や食料、そして何より『緊急蘇生キット』だ。

 もう、必要ないものだ。


「最後に一つだけ忠告しておく」

「ああん? まだなんかあんのかよ」

「ここは現実だ。剣は重いし、火は熱い。そして、人は血を流せば死ぬ。その当たり前を、思い出せ」

「はっ! 詩人かよ。ダッセェこと言ってねえで消えろ!」


 罵声を背に、俺は『安全地帯』の結界を出る。

 湿った冷気が肌を刺す。

 背後からは、まだ彼らの高笑いが聞こえていた。


 俺は暗闇に向かって歩きながら、脳内のコンソールを開く。

 管理者権限、認証。

 対象、勇者パーティ『暁の光』。


(今まで守ってやって悪かったな。これからは、思う存分楽しんでくれ)


 俺は指先を軽く振った。


 ――【チュートリアルモード】、終了。

 ――難易度設定、【リアリティ(現実)】へ移行。

 ――全アシスト機能、オフ。


 世界から、優しい膜が剥がれ落ちた。


     ◇


「っし、邪魔者も消えたし、サクサク行くか!」


 カイルは聖剣を抜いた。

 その瞬間、腕にずしりと嫌な重みがかかる。


「……ん? なんか今日、剣が重くねえか?」

「気のせいじゃない? 肉の食いすぎで体が重いんでしょ」


 リナが欠伸をしながらついてくる。

 二人は狭い洞窟の通路を進み始めた。

 ほどなくして、前方の闇から唸り声が聞こえてくる。

 オークロード。

 身長三メートル近い、豚の頭を持つ巨人が、錆びついた大斧を引きずって現れた。


「げ、いきなり中ボスかよ。まあいいや、瞬殺してやる!」


 カイルはいつものように、正面から突っ込んだ。

 足場が悪く、苔で滑る岩場だ。

 だが彼は気にしない。今までは『オートバランス補正』が、どんな足場でも彼を転ばせないように支えてくれていたからだ。


 ダンッ、と地面を蹴った瞬間。


「うおっ!?」


 カイルの足が、つるりと滑った。

 苔のぬめりに足を取られ、体勢が大きく崩れる。

 前につんのめるような無様な姿勢。


「な、なんだ!? 滑っ……!?」


 迫りくるオークロード。

 カイルは慌てて聖剣を振り上げようとする。

 だが、剣が上がらない。

 体勢が崩れた状態で、十キロ以上ある鋼鉄の塊を振り回すには、全身の筋肉と体幹の連動が不可欠だ。

 ただ腕力だけで振り回せていたのは、『筋力アシスト』のおかげだったのだ。


「ぐ、おォッ!」


 無理やり手首だけで剣を返そうとした瞬間、ブチリ、と嫌な音が鳴った。

 手首の腱が悲鳴を上げ、激痛が脳天を貫く。


「あがぁぁぁっ!?」


 カイルは剣を取り落とした。

 カラン、と乾いた音がして、聖剣が地面を転がる。

 丸腰。

 目の前には、オークロードの振り上げた大斧。


「カイル! 何やってんの! 『ファイアボール』!」


 後方のリナが叫び、杖を振るう。

 彼女は焦っていた。

 カイルとオークロードの距離はわずか数メートル。

 射線軸上には、転倒したカイルがいる。

 だが、彼女は躊躇しなかった。

 今までは『フレンドリーファイア無効』があった。

 味方に当たった魔法は、霧のように透過して敵だけに命中する仕様だったからだ。


 紅蓮の炎弾が放たれた。

 それは一直線に飛び――起き上がろうとしたカイルの背中に、直撃した。


 ドォォォォンッ!!


 爆音が、狭い洞窟内に反響する。

 爆風の逃げ場がない閉鎖空間。衝撃波と熱風が、カイルとオークロード、そしてリナ自身をも飲み込んだ。


「ぎゃあああああああああっ!!」


 絶叫。

 それは、人間の喉が裂けるほどの、本能的な悲鳴だった。


「熱ッ、熱いッ! 熱い熱い熱いィィィッ!!」


 カイルが転げ回る。

 背中の鎧が高熱で焼けただれ、皮膚に張り付いている。

 髪が焦げ、肉が焼ける鼻をつく異臭が充満する。


「え……うそ……カイル……?」


 リナは呆然と立ち尽くしていた。

 爆風で吹き飛ばされ、壁に叩きつけられた彼女の額からも、ダラダラと血が流れている。

 視界が赤い。

 痛い。頭が割れるように痛い。

 自分の放った魔法で、仲間が燃えている。

 その現実が理解できない。


「オオオオオッ!!」


 オークロードは、多少の火傷を負いながらも健在だった。

 魔物は、痛みで怯んだりしない。

 むしろ血の匂いに興奮し、暴虐の本能を剥き出しにする。


 巨人が、のたうち回るカイルを見下ろした。

 その手にある大斧が、無慈悲に振り上げられる。


「ひ、嫌ぁぁッ! やめて、こないでぇッ!」


 リナが杖を構えるが、手が震えて照準が定まらない。

 涙と鼻水で顔がぐしゃぐしゃだ。

 魔法の詠唱コマンドすら、恐怖で喉が詰まって出てこない。


 カイルが顔を上げる。

 その顔は、すすと脂汗と涙で汚れ、かつての英雄の面影は微塵もない。


「た、すけ……クロト……たすけて……!」


 無意識に出た名前。

 いつもなら、どんなピンチでも、必ずあの男が前に立っていた。

 絶対的な盾となり、完璧なタイミングで回復薬を投げ、的確な指示をくれていた。

 だが、そこには誰もいない。

 ただ、冷たい闇が広がっているだけだ。


 ゴシャッ!


 鈍い音が響いた。

 カイルの右足が、大斧の一撃で粉砕された音だ。

 鎧ごと骨が砕け、肉がミンチになる感触。

 今までの『HP減少』という抽象的な現象ではない。

 取り返しのつかない、肉体の破壊。


「ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ア゛ッ!! 足がぁぁッ! 俺の足がぁぁぁッ!!」


 獣のような咆哮。

 失禁し、泥と血にまみれながら、勇者は這いつくばる。


(痛い、痛い、痛い、痛い!)


 脳内を埋め尽くすのは、それだけの情報。

 栄光も、名誉も、報酬も、今の彼には何の意味もなかった。

 ただ、この地獄のような痛みから逃れたい。

 それだけだった。


     ◇


 遠く、悲鳴が聞こえた気がした。

 俺は立ち止まり、少しだけ耳を澄ませる。

 岩壁を伝ってくる微かな振動。

 それは、断末魔のようにも、助けを乞う声のようにも聞こえた。


「……随分と賑やかだな」


 俺は懐から携帯食料を取り出し、一口かじる。

 パサパサとした安物のパンだが、不思議と喉の通りは悪くない。


 彼らは今、初めて知っているのだろう。

 自分の足で立つことの難しさを。

 剣を振るうことの重さを。

 そして、命を賭けることの恐怖を。


「授業料にしては高くついたが……まあ、いい経験だろ」


 俺はパンを飲み込み、再び歩き出す。

 目指すは地上。

 そして、新しい職場だ。

 噂では、隣国の『鉄血姫』と呼ばれる公爵令嬢が、優秀な管理官を探しているらしい。

 彼女なら、この『ハードモード』な世界を、むしろ楽しんでくれるかもしれない。


 背後の闇で、もう一度、何かが潰れるような音がした。

 だが、俺はもう振り返らなかった。


最後までお読みいただき、ありがとうございます!


「ざまぁ」展開、楽しんでいただけましたでしょうか?

今まで「ゲーム感覚」で生きてきた彼らが、初めて「現実の痛み」を知る瞬間……筆者としても書いていてゾクゾクしました。


さて、四肢を砕かれ、全身火傷を負った彼らですが……。

残念ながら(?)、まだ息はあるようです。


次回、

『這いつくばって地上に戻った勇者を待っていたのは、莫大な治療費請求と、冒険者ギルドからの【ランク剥奪処分】でした』

をお届けする予定です。


「もっと彼らが絶望する姿を見たい!」

「主人公が正当に評価される新章も読みたい!」


と少しでも思っていただけた方は、

ブックマーク登録と、広告下の【☆☆☆☆☆】から評価をいただけると、執筆スピードが爆上がりします!

(※皆様の応援が、勇者たちへのさらなる追い打ちになります)


↓↓↓ 評価はこちらからお願いします! ↓↓↓


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ