選択肢は奪ってはいけません
「花はいずれ枯れ、次の芽吹きまで春を待つの。いつでも咲いていて欲しいから、常花界を創ったのに」
「諦める、負けるというのは、その者にとって与えられた選択の権利です。それを、フローラが奪ってしまったんですよ」
「……私は、どうするのが正解だったのかしら」
「花たちに意見を聴くことです。永遠に咲き続けるか、一度枯れてまた花を開くか。選択肢を用意することが必要だったと思います」
諦めるな。負けるな。勝ちにこだわれ。
そんな言葉は、私たちをきつく縛り上げる。それに囚われ続けると、いつか心が壊れてしまう。花も、『枯れる』ことで得られる幸福があったはずなのだ。
フローラにこんなことを言ったけれど、私自身はどうだったんだろう。きちんと選択を行えた人生だったかな。用意された選択肢に縋って、それだけで人生を歩んでいなかったかな。今さらだけど、思い出すのは後悔の日々ばかりだ。
「本は無下に扱ってはいけません。本たちは、あなた方の『罪』を可視化しているのですから」
「そうね。ごめんなさい」
私の言葉に、フローラは顔を伏せた。ローズピンクの表紙に触れ、すっと撫でる。金色の髪が、はらりと本の上に落ちていった。
反省してくれているのなら、それで十分だ。ここにある本たちは、神様が創った世界の数だけある。失敗作の世界を教訓にするように、ひとつずつ丁寧に綴じられて本となっているのだ。
だから、神様たちは本が嫌い。思い出したくもない失敗作の世界たちが、ずらりと並べられているのだから。
「ユイちゃんは、前世では何をしていたの?」
「教員免許を持っていました。小学校の教員だったんですが、本が好きだったので、司書の資格も持っていましたね」
「へぇ。それなら、私たちが子どもみたいね」
「そうですね」
神様たちに寿命はない。永遠を生き、世界を創り続ける。いつしか神様たちは、『常識』というものを忘れていった。人類も魔法使いも『心』があることを忘れ、彼らを『物』としか認識しなくなった。
神様は、長く生きすぎてしまったんだと思う。心より、仕組みを見るようになってしまったから。
それを危惧した大神は、神様たちの失敗を本に収め、図書館に保管したのだ。
「子どもより悪質ですよ? 子どもでも、本を投げるなんてことはしません」
「ごめんなさいね」
苦笑するフローラは、若い女性に見えても既に何百年も生きている神様だ。失敗してきた世界は数知れず、成功した世界もまた同じ。経験を積むことで、神様たちは新しい世界を生み出し続ける。図書館の下で輝く星たちのように。
「ユイちゃんは、このまま司書としてここにいてね」
ふいに、フローラがそんなことを言った。本を撫でながら、小さく笑みを浮かべる。
その笑みが、なぜだかレンと重なった。あの日、「なぜ私は転生したの?」と問いかけたときのレンみたいに。
「思い出さない方がいいんですか?」
「そうね。知らない方が幸せなことだってあるのよ」
そうかもしれない。知らない方がよかったと後悔したことは、いくつも経験している。世界を知らない方が、自分は楽しく生きることができる。
でも、知りたかった。なぜ、転生したのか。私はなぜ、神界に来たのか。それだけは知りたくて仕方ないのだ。
フローラが去っていく。きっと、新たな世界を創りに行くのだろう。彼女の背中は、なんだか力強く見えた。




