この本について、詳細をお聞きします
図書館は、とても静かだった。
場所を替えよう、そんな大神様の提案で、私たちは本棚に囲まれるようにして設けられている閲覧スペースにやってきた。柔らかい緑色のソファがいくつか置かれている前には、『人間界』の本たちが収められている本棚がある。だから、ここを選んだのだろうか。
大神様が、大きなソファに腰かける。私がその近くのソファに座ると、レンは向かいの一人掛けソファに身を沈めた。
「……ねぇ、ユイ」
大神様は何も話さない。私も、どんな言葉を発すれば良いか分からない。そんな静かな空気を破ったのは、レンだった。
「前に聞いてきたよね。『私はちゃんと転生しているのか』って。それ、どうしてそう思ったの?」
「……フローラが『転生者は、転生した理由を知っている』って言ってたんだ。私は、その転生した理由を知らないのに、『転生者』だって思ってた。だから、本当に転生しているのか気になったの」
「そっか」
「これって、私が神様になれなかったことと関係してる? あ、そう言えばレンの転生した理由ってなに? それが分かれば、レンだけが神様になれた理由が分かるかも」
頭の中を整理するために、ぺらぺらとたくさん話してしまった。レンを見れば、困ったような顔をしている。質問しすぎたかもしれないな。
こんなに話したのだ、レンは何から答えるのか迷っているようだった。それでも良い、答えが分かるのなら。だから、私はじっとレンを待った。
「……ごめんね、ユイ」
レンの答えは、それだった。ただの謝罪。さっきも聞いたような、「ごめんね」の一言。
何に謝っているのか分からず、私は眉をひそめる。
「どういうこと?」
「ごめんね。僕さ、」
そこまで言って、レンは言葉を切った。ちらり、と大神様を見る。つられて私もそちらに目を向けると、大神様はただ静か目を閉じているだけだった。
私に視線を戻したレンは、すぅと息を吸う。呼吸を整えるように目を瞑り、そしてゆっくりと目を開ける。私をまっすぐ見据えて、口を開いた。
「転生、してないんだ」
え?
転生していない?
衝撃だった。だって、レンが言ってたじゃん。一緒に転生して、神様の世界に来たって。だから、私はそれを信じていたんだ。
今まで信じていたことが、一気に信じられなくなる。いつものレンなのに、レンじゃないような。目の前にいるのは、一体誰なんだ。
「僕は、神界の神様だ。転生も何も、もとからここの住人なんだよ」
「そんな」
じゃあ、レンは生粋の神様ってこと? 転生者じゃなくて、ただの神様?
それを知って、色々なことを思い出す。神界についてたくさん知っていたこと、転生に関することは話してくれなかったこと。今までの出来事が、点と点で繋がっていく。
「なんで、レンも一緒に転生してきたって嘘を吐いたの? レンは、嘘が嫌いだったじゃない。そんな嘘を吐いてまで、何がしたかったのっ?」
レンを責めることができる権利なんか、私にはない。それでも、責めるようにまくし立ててしまうのは止められなかった。知りたいという気持ちがいつしか大きく膨らんで、疑念へと変わっていく気がした。
「嘘じゃない、隠してただけ。僕の願いは、そうでもしないと叶えられなかったから」
「願いって何?」
「僕の願いは、ユイの幸せだ」
そう言って、レンは淡く微笑んだ。まるで、泡のように消えてしまいそうな笑みで。
レンは、すっくと立ち上がった。ゆっくりと近づいてくるレンに、私は思わず怯んでしまう。今の彼は、レンの姿形をした誰かにしか見えないのだ。あの優しいレンの面影は、どこにもない。見知らぬ世界の神様みたいだった。
「その本」
「え?」
「その『Sumire』っていう本、途中までしか物語がなかったでしょ?」
私の前に立ったレンは、すっと本を指差した。抱きかかえているそれは、私の体温であたたかくなっている。『人間界』と書かれた文字が、きらりと瞬いた気がした。
「その本の主人公は、まだ生きてるんだよ」
「……でも、まだ生きていても物語は続いてるはずだよね? 真っ暗で急に終わるなんて、何があったって言うの?」
「その主人公はね、『人間界』で死にかけているんだ。僕は、その子を拾い上げた。生きてて欲しかったから、別の世界に連れてきたんだよ」
そう言って、レンは大神様を見た。
いつの間にか、大神様はこちらを見ていた。まっすぐと私たちを見据え、静かに見守っている。そんな大神様を見ながら、レンは哀しそうに笑った。
「大神様の創った神界に、無理を言って連れてきたんだ」
「……え?」
その話が本当なら、この神界に『Sumire』という人がいるの?
辺りを見回すが、図書館には私たち以外に誰もいない。棚に押し込められた本たちが、ちらちらと瞬いているだけ。
「生きている者を別世界に送ることは、大神様の罰を受ける。それを破ってでも、僕は願いを叶えたかった」
レンは、私の前に跪いた。まるで、王子様がお姫様にするように。
素朴な図書館の中で、目の前だけが不思議な色に染まる。おとぎ話のように、煌びやかだけれど残酷な背景があるみたいに。
「ねぇ、ユイ。ユイっていう名前は、僕が付けたんだ。僕の『唯一』の人で、僕に希望をくれた人だから」
「え……」
神様は、転生者に名前を付けることができるんだよ。別に、前世のままでもいいんだけどね。
そんなレンの話は、耳から入っても頭を通らずに抜けていく。レンが『ユイ』っていう名前を付けたのなら、私は別の名前だったってこと? 『ユイ』は、私じゃないの?
「君は、まだ生きてるよ。僕の管轄世界である、『人間界』の『日本区域』で」
次の瞬間。
ぶわりと風が下から吹き上がってきた。花の香りのする風が視界を奪い、前が見えなくなる。
それでも、と開けた目が何かを映した。青い月の光と、神様の瞳。私を見つめるそれは、透明な雫を零していた。




