図書館は静かに利用します
神界には、たくさんの神様が住んでいる。
神様たちは、世界を創ることが仕事。それ以外にやることはない。毎日のように宴を催して、お酒を飲んでいるだけ。その酒宴がかなり騒がしいのだ。別に酒宴をやらないでとは言わないが、せめて図書館の前でやるのは止めて欲しい。うるさい。
ただ、自分の世界が壊れかけると話は別。わたわたと忙しそうに動いて、服の乱れなど気にしないくらい走り回っている。
そんな神様たちのために存在するのが、図書館だ。時間が空くと、神様たちは揃ってこの図書館へやってくる。のんびり、ふらふらと。
今日もまた、神様たちの行儀は悪くて、勘弁してほしいと頭を抱えている。本当にやめてほしい。普段はとても穏やかなのに、図書館に来るといつもこんな感じだ。きっと、蔵書のせいなのだろう。
「お疲れさん!」
ふと、そんな声が聞こえた。
聞き慣れた、優しいけれど元気いっぱいの声。これは、私の好きな声だ。
神様が落としていった本を拾い上げて、声のした方を振り返る。
「レン」
黒髪で、優しい茶色の瞳。淡い水色の衣を着た、高身長の神様だ。
レンは、私の彼氏である。彼氏だなんて、自分の口から言うのは恥ずかしいんだけど。
神界に慣れていない私に、レンはそのすべてを教えてくれた。レンがいなければ、私はここで上手くやっていけなかったと思うんだ。
「仕事はどう?」
「とりあえず、世界の核は創れた! もう三つ目だし、慣れてきた気がするようなしないような感じ」
「どっち?」
そう言って、レンはぐいっと伸びをした後、疲れたように一瞬だけ目を押さえた。そんなレンは、人類が住む『人間界』を創った神様。人類には様々な種族が存在するため、ある地域の神様をしているらしい。どこの地域かは機密事項らしくて、教えてはくれない。神様もなかなか大変なお仕事だ。
「ユイは? 転生してからけっこう経つけど、どんな感じ?」
「前世の記憶はあるから、司書の仕事は楽しい。転生するきっかけの記憶は、まったく戻らないけど」
「記憶なんていいんだよ。ユイが楽しいなら、俺はなんでもいいのっ!」
そう言って、レンは私を抱きしめてきた。あたたかくて、安心する香り。頬に触れる服は、すべすべとした絹のようだった。
私は、神界に転生した者。レンは、前世からの彼氏だった。なぜ、レンも一緒にいるかは分からない。気付いたときには、レンも一緒に転生していたのだ。
最後の記憶は、ふたりで一緒にくぐった神社の鳥居。本殿はないのに、鳥居だけぽつんと取り残されていた。そこをくぐった後、私たちがどうなったのかは知らない。
「……苦しい」
「あっ、やりすぎた! ごめんね」
レンの腕の中で呟けば、彼は慌てて体を離してくれた。見上げれば、かなり焦った顔をしている。そんな顔なんてしなくていいのに。レンに抱きしめてもらえるだけで、本当に嬉しいのだから。
「ユイ。いなくならないでね」
ふと、レンが言った。いつものお調子者のような明るい声ではなくて、静かにしんみりとした声。彼は私をじっと見つめていたが、その瞳は私ではない何かを映し出していた。私の後ろにある影を凝視するように、哀しげに。
私は、レンの傍から離れる気はない。レンと一緒にいると、あたたかい気持ちになる。神様が持つ雰囲気かは分からないけれど、前世のときよりも安心する感覚があるのだ。
「もちろんだよ」
そっと微笑むと、レンはほっとしたような笑みを浮かべた。なにか言いかけるように口を開いて、ふっと閉じる。なにか言いたかったのだろうか。問いたかったけれど、レンの持つその雰囲気を壊してしまいそうで怖かった。だから、私はただ笑みをたたえていた。
いつの日だったか。
「ねぇ、なんで私は転生したの?」
そんなことをレンに問いかけたことがあった。
レンは、酷く緊張していた。口をぱくぱくとさせ、目を泳がせる。ちらちらと辺りを見回した後、レンは口を開いた。
「思い出さなくていい。ここで好きなことをしていればいいんだよ。前世なんて、思い出さないで」
「なんで?」
「いいから」
彼は、嘘を吐かない。前世のときからずっと、素直で優しくて、嘘を嫌う人だった。それに、大事な話をするときだけは大人びた口調になる。
だからこそ気になるんだ。私は、どうして転生したのだろうか。




