報告は資料に残しておきましょう
『──信号なし!』
『早く、──を!』
怒鳴る声。
慌ただしく動き回る足音。
これは、なんだ?
「ユイちゃん!」
「え?」
ハッと我に返る。目の前には、ノクティアの顔があった。私の肩を掴んで、焦ったような表情を浮かべている。
あの日、『Sumire』という本を読んだときに、レンが私の顔を覗き込んでいたみたいに。
「大丈夫?」
「……うん」
大丈夫じゃなかった。心臓はバクバク言っているし、頭の中は真っ白だ。何が起きていたのか、自分がどんな状態だったのか。それがまったく分からない。
「きっと、転生の記憶が戻り始めているんですよ」
ソラさんが、真面目な顔で言った。
いつの間にか置いていた紅茶のカップは、中身は半分ほど減っていた。ソラさんは膝の上に手を置き、じっと私を見つめてくる。
「記憶というものは、何かが引き金になるものです。小さな疑問が、大きな恐怖へと変わります。それを耐えて潜り抜けた先に、きっと答えがあるでしょう」
小さな疑問。
転生した理由、『Sumire』という本、戻りかけている記憶。
そして、私は本当に転生したのか。
「同じ転生者として、いつでも力をお貸ししますよ。無理しない程度にがんばってくださいね」
ソラさんは、あたたかい言葉をかけてくれた。
けれど、私の心はどんどん冷え切っていった。胸の中にあった小さなわだかまりが、大きな懸念へと変わっていく。
「……レンと話さなきゃ」
レンと話すべきだ。
何かと忙しくしているレンは、休んでいる暇はない。転生して間もない新人神様だから、仕方ないことだと思っていたけれど。
──それすらも、疑いたくなっちゃう。
忙しくしているのは、私と話さないようにしている?
私が、何か気付かないように、日々の会話さえも制限しているの?
怖くてたまらない。
震える手で紅茶のカップを取り、口を付ける。ソラさんほどではないけれど、砂糖を入れておいたはずの紅茶。それは、何かを示すように苦々しく感じた。
*
「どうだった?」
星夜界から帰ってきたときには、既に神界は陽が傾いていた。見慣れた光景にほっとしながら、問いかけてきたノクティアを見る。
「色々、考えさせられたよ」
「僕、ソラのこと気に入ってるんだ。だから、この世界に転生させたんだよね」
ノクティアは、頭の後ろで手を組んだ。陽を眺め、それから何かの力を貰うかのように目を閉じる。その横顔は、ただの青年のように見えた。
「ソラは違う世界の住人だったんだけどね。死者の世界に送るには惜しい存在だったから、星夜界に転生させたんだ」
「転生するのって、その世界の神様が決めるんですか?」
「基本的にはね。だって、神様だもの」
じゃあ、私が神界に転生したのは大神様の計らいなのかな。
見上げた青い月は、陽に照らされて不思議な色を作り上げていた。




