本は参考書にもなります
神界には、四季がない。
陽が昇ってあたりを優しく照らし、夜空は無数の星たちを輝かせる。
そんな世界に転生して、非日常が『当たり前』になっていく感覚があった。
私は、今日も本の整理をする。埃を取り、乱れた本棚を整頓する。本に触れている時間が、何もかも忘れることができるくらい楽しかった。
「私、なんで転生したんだろう」
「あら、悩みごと?」
振り返ると、そこにはフローラが立っていた。二冊の本を持って、私をじっと見下ろしている。順番を入れ替えていた本をきちんと棚に収めてから、私はしゃがみ込んでいた状態からすっと立ち上がった。
「ちょっと考えごとをしていただけですよ」
「それにしては、かなり悩んでいるようだけれど」
フローラが持っている本は、常花界の住人についての本と『天翼界』の本。星夜界を良くするために勉強しているようだ。それぞれの世界の本には、その世界の改善点がたくさん記されているから。それを参考にして、次に創る世界を豊かなものにしていくのだ。
「お姉さんが聞いてあげるわよ?」
お姉さんと言っても、もう何百歳になるだろうに。呆れながらも、その優しさが身に染みる。そのせいか、私は抱え込んでいたことをぽろりと零してしまった。
「私は、どんな理由で転生したんだろうって考えていたんです」
「理由? 知りたいの?」
「はい。だって、転生ってことは、前世の私は死んだということですよね。その死因も、前世の自分も、何も分からないんです。今を生きるためには、知らないことを知りたい」
「……そうねぇ」
フローラは、考え込むように天を見上げた。もしかしたら、フローラは何か知っているかもしれない。期待を込めて、彼を見つめ続ける。
しかし、フローラから発せられた言葉は別のものだった。
「私の創ったいくつもの世界にも、転生者はいるわよ。彼らは必ず、転生した理由を把握しているの。だから、『自分は転生した』という事実を知っているわ。じゃあ、ユイちゃんは?」
じっと神様が見つめてくる。サファイアのような青い瞳の中に、私の姿が映る。透き通ったその瞳は、まるで私のことを見透かしているよう。私は、ぐっと気持ちを引き締めた。
「なんで、転生した理由が分からないのに、『自分は転生した』っていうことを知ってるのかしら」
「……それは、レンが──」
──レンが、教えてくれたことだから。
神様のいる世界に転生したこと。
レンは前世からの恋人で、私ととても仲が良かったこと。レンは神様に転生したけれど、私は神様にはなれなかったこと。
これらはすべて、レンが教えてくれたことだ。
「……レンは、私に何か隠してる?」
「そうかもしれないわね」
フローラは、困ったように眉を下げながら髪を撫でた。こんな私に呆れたのだろうか。不安に思っていると、その顔に微笑みを浮かべた。
「レンにも、何か考えがあるのでしょう。まぁ、気長に待つことが良いと思うわ」
「そんな」
「大丈夫、大丈夫」
そう言って、フローラはパチンとウィンクした。ちゃんとできていなくて、もう片方の目が一緒に閉じていたけど。完璧のように見えて完璧じゃないところが、本当に神様らしく思う。
「時間はたっぷりあるわよ」
「そんな呑気なこと言っていられません。私には、時間がないんです」
「……そう」
「だって、この命は──」
そこまで言って、ハッとする。
私、今なんて言おうとしていた?
命は……、なに?
時間がない。
命は──。
ここは神界。神様たちは、永遠を生きながら世界を創り続ける。
神様ではないけれど神界にいる私を、神様たちは『半神』と呼ぶ。神様ではない半端な存在で、神様の半分の力しかない私。そんな私を指す『半神』という言葉は、なんとも便利で残酷な言葉だ。
それでも、この命に終わりはない。それなのに、私はなんで……。
──なんで、『この命はいつか終わる』って言おうとしたんだろう?
ふと、視界の隅にフローラが映る。
艶やかな金色の長い髪。蒼穹の瞳に、花のように美しい色合いの衣。
その顔には、精巧な人形のような笑みが貼り付いていた。何の感情もない、ただの『笑顔』というもの。ぞっとするくらい美しく、それでいて不気味だった。
私は、何か核心に迫ってしまったのかもしれない。ドクン、と胸の鼓動が強くなる。それを押さえる手さえも、何かしらの『懐かしさ』を感じてしまった。
もう後には戻れない。それを、直に悟った。




