第32話「異世界配信者、異世界で投獄されてみた」
――閃光のあと、ヒロトたちは石畳の上に無防備に叩きつけられていた。
ここは“最後の街”グラン=ヴェルク。魔界と人間界を繋ぐ、ただひとつの門が存在する地。ちょうどその門を開こうとしていた“勇者パーティー”の目前に、ヒロトたちは突如として転移されてきたのだった。
「っ……どこだ、ここ……」
呻きながら立ち上がるヒロト。目の前には、銀鎧をまとった衛兵たち。そして赤い外套に身を包んだ三人の男女が立ち塞がる。人々が口々に叫んだ。
「転移魔法……? 魔族か!?」
「魔界側から仕掛けてきた可能性もあるぞ!」
兵士たちが一斉に剣を抜き、包囲を固める。戦場のような空気が、一瞬にして張りつめた。
「やるしかねぇか……!」
ボロボロの身体を引きずりながら、ヒロトが構えを取ろうとする――だが、
「待つのじゃ……!」
苦悶に染まった声が遮った。リュシアだった。
「こやつらと戦う理由はない。今は……我慢のときじゃ」
「リュシア……」
彼女は両手を挙げ、前に出た。身体はまだ傷だらけで、首には焦げ跡すら残っていた。それでも、声には確かな意志が宿っていた。
「妾たちは、魔界より戻った。しかし、戦うためではない。伝えたいことがあって来たのじゃ」
「魔族の言葉など、信用できるものか!」
勇者パーティーの中でも特に屈強な剣士が鼻で笑い、すぐさま命じた。
「全員、拘束しろ!」
兵士たちが殺到する。リュシアを中心に、ヒロトたちは次々と押さえつけられていく。
「おい、やめろ……っ!」
ヒロトが拳を握りしめたそのとき――
「……妾は大丈夫じゃ……!」
リュシアが震える声で制止した。彼女の瞳は、かつてのように怯えてはいなかった。ただまっすぐに、“希望”だけを見据えていた。
「今、ここで争えば……人間そのものを敵に回すことになる。それでは、あの輝也に勝つことなどできぬ……!」
その言葉に、ヒロトの拳が緩んだ。ミレリアも静かに首を振る。
こうして、ヒロトたちは一切の抵抗を見せず、そのまま拘束され――各々の牢獄へと送られていった。
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しばらく後、鉄格子の前に憲兵が立った。声を低くして報告する。
「……彼ら、話し合いを希望しています」
その声に応じたのは、例の剣士――勇者パーティーの戦士だった。
「話し合いだ? 魔族と? 笑わせるな」
男は冷笑を浮かべたまま、吐き捨てるように言った。
「魔族と結託した時点で、全員死刑にしてやる。こいつらが異界から来たってだけで、充分な理由だ」
その場にいた兵士たちの中には、ざわめきが起きる。別の憲兵が、恐る恐る異議を唱えた。
「……ですが、エルフの少女は“神の使い”とされています。処刑となれば、各国から非難が殺到するかと……」
剣士は舌打ちし、嫌悪を隠そうともせずに言った。
「じゃあ魔族だけでいい。あの女だけ連れてこい。処分は変わらん」
その会話を、牢の中で聞いていたヒロトは、拳を血が滲むほど強く握った。
「リュシアを……殺すだって……?」
瞬間、ヒロトの中に燃え上がった怒りが、痛みを忘れさせた。
「ミレリア、今すぐ助けに行くぞ!」
ミレリアが振り返る。瞳には緊張が走っていた。
「でも……あの人たちは、“勇者パーティー”。彼らに敵対するってことは、人間界そのものを敵に回すってことだよ……?」
「だからなんだよ」
ヒロトはゆっくりと立ち上がった。傷だらけの身体からなお、熱が滲むような迫力を放って。
「命の価値を、種族で決める奴らなら……人間だろうが魔族だろうが、全部まとめて敵でいい」
「ヒロトさん……」
「俺は、リュシアを助ける。そのためなら、この世界すら敵にする」
一拍の沈黙――そして、ミレリアの口元がほころぶ。
「……ふふ、良かった。そう言ってくれなかったら、正直失望する所だったよ」
「おいっ、試すなよ……!」
二人の視線は鉄格子の向こう――闇の先に広がる自由へと向いていた。
ここまでお読み頂きありがとうございます。
遂に第三章突入!次回は勇者も参戦します!