第25話 「烈陽の剣帝・グラディウス」
夜の帳が降りる中、ヒロトたちは城塞都市カラドリアの外縁部に辿り着いた。
霧が地を這い、漆黒の壁が空を切り裂くようにそびえ立っている。
「ここが……カラドリア」
ミレリアの声が震える。街の上空には魔導ドローンが無数に旋回し、壁面には監視魔眼が等間隔に埋め込まれていた。
「なんつーか……すげぇ嫌な感じだな。息苦しい」
ヒロトが眉をひそめる。街そのものが、敵意をまとっているようだった。
「昔は違ったんじゃけどな……」
リュシアは静かに呟き、黒いフード付きのマントを頭にかぶる。そして同じものを二人にも渡した。
「今も内部に協力者がおる。妾が繋がっているレジスタンスじゃ。やつらに手引きしてもらい、まずは《門》への潜入方法を探るぞ」
「レジスタンス……そうか! ミレリアを探してたとき、協力してくれたあの人たち!」
「うむ。あの時と同じじゃ。この街の地下には、まだ自由を諦めぬ者たちが生きとる」
リュシアの案内で、一行は城壁を迂回し、街の裏手にある排水路跡へと向かった。そこには古びた鉄扉があり、リュシアが魔力を注ぐと、低く唸るような音を立てて開く。
中に足を踏み入れると、そこはまるで廃工場のような地下空間だった。壁にはレジスタンスの印と思しき、燃える剣のマークが刻まれている。
「ここが、レジスタンスの連絡所?」
「その通り。今は別の中枢に拠点を移しとるが、ここから連絡が取れるはずじゃ――」
そのとき、金属の軋む音が響いた。
暗がりから、十数人の魔族兵が姿を現す。全員が黒い軍装をまとい、殺気を纏っていた。
「反逆者リュシアとその一派を発見!」
「くっ、見つかったか……!」
どこから嗅ぎつけたのか、魔族兵が続々と現れた。リュシアが咄嗟に防壁を展開するも、兵士たちは一斉に魔弾を撃ち込んでくる。地下通路に爆音が轟き、壁が砕け、土煙が舞い上がった。
「こっちです、ヒロトさん!」
ミレリアが叫び、ヒロトを引っ張る。魔力弾の着弾地点からは、瓦礫と火花が跳ねる。
《コメント:ヒロト!やっちまえ!/あれ、なんかボロボロじゃね?》
「くそっ……まだヴァリエラ戦のダメージが抜けてねぇ……!」
ヒロトはうずくまるように身を伏せる。魔族兵が四方八方から攻め込んできた。
「覚悟しろ、裏切り者ども!」
「ミレリアっ!」
ミレリアが詠唱に入るが、それより早く敵の槍が振り上げられる。
その瞬間――。
天井が轟音と共に砕け、紅蓮の斬光が闇を裂いた。
「なっ……!?」
炎の刃が地下通路を焼き払い、敵兵の列を一閃する。
現れたのは、一人の男。
赤銀の鎧に身を包み、陽炎のように揺らめく大剣を携えた魔族。端正な顔立ち、頭からは雄々しい角、赤黒の瞳が鋭く輝く。
「グラディウス……!」
リュシアの声に、ヒロトも息を呑む。
男は片手で大剣を肩に乗せ、無言のままゆっくりと歩み出る。周囲の兵士たちは、その威圧感にただ立ち尽くすしかなかった。
「げ……元、四大魔皇族……最強の男……!? て、撤退しろ! 撤退だッ!」
兵士たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ去っていった。
静寂が戻る。
男――グラディウスは剣を背に収め、ヒロトたちの前に立つ。
「ずいぶん無茶をする女だな、相変わらず」
「お主こそ……まだカラドリアにいたとはな。助かったぞ、グラディウス」
「フン……恩に着るなよ。お前がいなきゃ、この街はとっくに終わってた」
そう言って、彼の視線がヒロトに向く。
「……こいつが、異界の“配信者”か」
「ヒロトです。俺は――」
「なるほど。お前がもう一人の異界人か」
グラディウスの目がわずかに鋭くなる。
「リュシアが連れてきた以上、俺はお前を信用するつもりでいる。だが気をつけろ。この街には、お前と同じ“異世界人”に家族や街を奪われた者もいる」
「……わかってます」
「良い返事だ」
グラディウスは振り返り、無骨な扉を開いた。
「この先に、レジスタンスの拠点がある。情報も、作戦も、すべてそこで話す。ついてこい」
ヒロトたちは頷き、男の背に続く。
かつて芸術と自由の象徴だった都市、カラドリア。
今や監視と圧政の街となったこの場所に、かすかに灯る希望の炎があるとすれば――
それは、今ここに立つ者たちの中にしか存在しないのかもしれない。
――次回、『城塞都市カラドリア・再会と決意』
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