第23話 「異世界配信者、ドラゴンに乗ってみた」
ヴァリエラの魔力が消えていった広間に、しばしの静寂が降りた。
その空気の中で、リュシアは一人、肩を落としたまま沈黙していた。
「……馬鹿な女じゃ」
ぽつりと落としたその声に、ヒロトはゆっくり近づく。
「リュシア……本当に、これで良かったのか?」
リュシアは振り返らず、目を閉じたまま答える。
「……いいんじゃ。寧ろ、お主には感謝と、謝罪をせねばなるまいな」
「なんで謝るんだよ?」
「……あやつも、根は悪い奴ではなかった。妾の配下にいた時は、負けん気が強いとはいえ、ここまで歪んではおらなんだ。それが――ある時から変わってしまったのじゃ」
リュシアの声は静かだったが、その奥に滲む悔しさが伝わってくる。
「変わった? 何があったんだ?」
「“あいつ”が現れたのじゃ。突如、妾の前に現れ……そして、配信の力を使って、みるみるうちに力をつけていった」
「配信……って、それって――」
「ああ、間違いない。お主と同じ異世界から来た者じゃ。お主と違い、やつは力を得るためなら手段を選ばなかった。過激な言葉と行動で人々の注目を集め、戦争を煽り、混乱を演出し……妾の力をも凌ぐに至った」
「そんな……他にもいたなんて……」
思わずヒロトの喉が鳴る。自分と同じ“配信”の力を使いながら、真逆の道を歩んだ存在。
「そして奴は言った。“今日からこの世界のルールは俺だ。好きに暴れていい。俺の気に入った奴は共同配信者にして力を、権力を、名声を全てやる。欲しい奴は、俺に媚びろ”と」
「……っ」
「その言葉を間に受けた者たちが、今の魔界を好き放題にしておる。力が全ての世界で、子供達を守る為にはヴァリエラも力を求めるしかなかったのじゃろうな……」
「そんな……じゃあ……」
「さっきも言うたじゃろ。気にするな、寧ろあやつはお主に救われたのじゃ。妾一人じゃできなんだ事じゃ。本当に感謝しておる」
リュシアの言葉が終わると同時、広間の奥から不気味な音が響いた。
「……!」
扉が弾け飛ぶ。黒装束の魔族たちが次々と雪崩れ込んでくる。
「! まずい、戦闘の音を聞きつけて……!」
「囲まれたか……!」
ミレリアが後方で魔力を溜め始める。だが、数が多い。
その時、リュシアがすっと手を掲げた。
「仕方あるまい。久々に――呼ぶかの」
彼女の口元に笑みが浮かぶと同時に、天井が砕けるようにして空間が裂けた。
――そして、現れたのは一頭の巨竜。
銀の鱗を纏い、輝く瞳を持つ神々しい姿。広間に降り立ったその瞬間、魔族たちが一斉に後退する。
「妾の竜、《アグニレイド》じゃ。お主ら、背に乗れ!」
「おいおい、急展開すぎだろ……!」
「急ぎましょう、ヒロトさん!」
三人は竜の背に飛び乗る。アグニレイドは一鳴きし、翼を大きく広げた。
――そして、大地を蹴って飛翔する。
眼下に広がる魔界の大地。冷たい風が頬を打ち、空気は澄み切っていた。
飛行の振動がやや落ち着いた頃、ヒロトはリュシアに目を向けた。
「さっきの話の続きなんだけど……。俺は、そいつとは違うって信じてくれてるのか?」
「ふふ……言ったじゃろ。こんなにも真っ直ぐで、不器用で、仲間思いな奴、他におらん。……こう見えて妾、人を見る目に自信があるんじゃ」
リュシアがそう言ってヒロトの背を軽く叩いた。
「ありがとな」
ミレリアも隣で微笑んでいた。
「ねぇヒロトさん。……私、竜に乗るの初めてなんですけど、ちょっと楽しいかも」
「いや、俺もだよ……てかスゲェーな!!! さいっこーーーー!! …うわッ!?」
「きゃっ、落ちないでくださいね!?」
「なにしとるんじゃ! しっかり掴まっておれい!」
空を翔ける竜の背で、束の間の穏やかな笑いが広がった。
やがて、喧騒の彼方に城壁都市が見えてくる。
「あれが――北の城塞都市、カラドリアじゃ。人間界との境界に位置し、あそこに人間界と魔界を繋ぐ門があるんじゃ」
「なるほど………そこをぬけねぇと帰れないってわけか」
「そういうことじゃ! さぁ、ゆくぞ!」
――次回、『城塞都市カラドリア――交錯する意思』へ続く
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