第18話【幻術の都ノクシエル】
龍車の中は、外の世界とはまるで隔絶されたように静かだった。子どもたちは安心したように眠り、ヒロトも硬い座席に体を預け、まどろみの中へ落ちていく。
――カンッ。
金属が打ち鳴らされるような音が、ヒロトの脳内に響く。
《登録者数が1万人を突破しました》
その瞬間、彼の視界に管理画面風のウィンドウが浮かび上がった。視聴者数、再生数、どれも爆発的に伸びている。
《コメント:ヒロトさん10000人突破おめぇ!/お、起きたか!/めっちゃ切り抜きショート動画拡散されまくってたよ》
(なるほど……俺の配信を見た誰かが切り抜き動画にして拡散したのか)
《未使用の獲得スキルがあります》
【登録者3000人スキル:ステルスファンモード】
《効果:帽子とサングラスを着用すると、存在感を極限まで希薄化できる。登録者数が増えるごとに持続時間は短縮されます》
【登録者5000人スキル:コメントフロー】
《効果:その場面に必要なヒントとコメントを抜き出し受け取ることが出来る。戦闘中の支援や警告、提案など“観客の声”を戦術として取り込める》
【登録者10000人スキル:ライブリンク】
《効果:一時的に任意の視聴者1名と精神的リンクを結び、能力を共有・強化できる。》
(……またスキルが増えたのか。だが、これからの戦いを思えば、あって損はない)
ヒロトは深呼吸し、ウィンドウをそっと脳内で閉じた。目を閉じると、再び深い眠りに落ちていく。
◇ ◇ ◇
「――着いたぞ、起きろヒロト」
リュシアの声で目を覚ますと、窓の向こうに広がっていたのは、幻想的な都市だった。宙に浮かぶ街路灯、色とりどりの魔力ネオン。だが、その美しさの裏にはどこか不穏な気配が漂っていた。
そこが、魔界西方を治める要塞都市。
「この街、なんか……綺麗だけど、怖いな」
「あぁ。ここは“幻術の都”とも呼ばれておる。見えるものすべてが真実とは限らぬ。用心して歩け」
龍車は都市の外郭に近づくとすぐに停まり、検問所の前で足止めを食らった。装甲を纏った魔族兵たちが、鋭い視線を向けてくる。
「止まれ。同行者の確認をする」
リュシアが悠然と名を名乗ると、兵士たちの空気が一変した。
「リ、リュシア様! 失礼いたしました。ですが、後部の者は……?」
「妾の客じゃ。廃村から孤児を保護した」
「なるほど……。しかし、貴女様も今や難しい立場。念のため、確認だけ――」
「まぁ…良いじゃろ」
(やっぱり素通りってわけにはいかないか……!)
ヒロトは一歩下がりながら、脳内にウィンドウを呼び出す。そしてスキル欄から――
《スキル使用:ステルスファンモード》
帽子とサングラスが手元に現れる。
「これ……本当に大丈夫かよ。……でも、やるしかない」
ヒロトは不安げにそれを装着した。瞬間、兵士たちの視線が、まるで彼に届かなくなったような錯覚を覚える。
「……ふむ。問題ないだろう。リュシア様、お待たせしました。どうぞお通りください」
「うむ。」
(ヒロトのやつ、どうやって切り抜けたのじゃ? いざとなれば“保存食”とでも言うて通るつもりだったが……まぁ、よしとするか)
こうして、ヒロトたちは無事にノクシエルの内部へと入ることができた。
「あれ? お兄ちゃんはー? あ! いた! その格好なにー? 変だよ!」
門を潜ってしばらくしたところで、ルズに見つかってしまった。どうやら、かなりの短時間しか効果が持続しないようだ。おそらく、登録者数の増加に比例して持続時間が縮んでいるのだろう。
(認知度が上がった分、隠れるのも難しくなる……。今後は使うタイミングを慎重に見極めないとな)
◇ ◇ ◇
都市内部は想像以上に賑わっていた。
露店が並び、ショーが開かれ、魔族たちが娯楽に興じている。だが、よく見ればその舞台の上には、明らかに無理矢理踊らされている民や、恥辱的な格好をさせられた者たちの姿があった。
「これが……今のこの街の姿じゃ」
リュシアが苦々しく呟く。
「ここでは“認知”こそが力じゃ。そのために見世物にされるのが、あの娘のような存在……。美しい娘の“所有者”となれば、飼い主側の認知にもつながるからな」
「そんなの…所有される必要なんてないじゃないか」
「今や魔界で力がないということは、死と同義じゃ。生き延びるためには、選ばざるを得ぬのじゃ」
「くっ……人の弱みに漬け込みやがって……」
「おいおい! きたぞ、エルフが見れるってよ!」
ヒロトの心臓が跳ねた。通行人たちの噂話が耳に飛び込んでくる。
「あぁ、ちょっと見えたけど、めちゃくちゃ美人だったぞ!」
「今日の目玉だってな。舞台で歌わせるとか、脱がせるとか言ってた」
「魔界じゃ滅多にお目にかかれねぇもんな! 今夜が楽しみだぜ!」
(ミレリア……! やっぱりここにいるのか!)
怒りと焦燥が胸を灼き、拳が震える。
(ふざけんな……! 誰かの“人気”のために、ミレリアが利用されてたまるかよ!)
ヒロトの瞳の奥で、確かな光が灯った。
「リュシア。お願いがある。ミレリアを探してくれ。手がかりが欲しい」
「……ふむ。わかった。それなら、妾の伝手で探りを入れさせよう」
ヒロトは決意を胸に刻む。
この街で――必ずミレリアを取り戻す。
そしてその瞬間。
再び、脳内にアラートが響いた。
《登録者数:12,470人》
怒りと決意の中で、彼の“物語”は、再び注目を集め始めていた。
ここまで読んで頂きありがとうございます。
遂にミレリアとの再会が近づいてきました。
ここで裏設定の共有
実はヒロトの配信はほぼずっと配信されています。
しかし、トイレやお風呂など見せられないようなプライベートな時間と判断されると自動的に配信停止となるシステムです。
その他も本人の意思でオンオフも実は可能です。
またコメント欄には実はずっとコメントをしている古参のファンがいたりもします。今後は新スキルでそんな人との繋がりも強くなるかもしれません。お楽しみに
ブックマーク、高評価何卒宜しくお願いします。