第14話「バル=ゼノ討伐戦・前編」
ノコギリ山の麓――ごつごつとした岩が転がる山道を、ヒロトとミレリアが慎重に登っていた。
足元を踏みしめるたび、砂利がぱらぱらと崩れ落ちる。不穏な風が吹きすさび、空はどこまでも鈍色に曇っていた。
そのとき、遠くから――唸るような、地の底から響くような低音が耳に届く。
「この感じ……間違いない、バル=ゼノはこの先にいる」
ヒロトは足を止め、剣の柄に手を添えながら言った。
「ヒロトさん、気をつけて。あの男は、明らかに他の魔族とは格が違いました……!」
ミレリアの声には、わずかに震えがあった。あのとき、無事だったとはいえ、命を脅かしてきた相手だ。
それなのに俺の心配してくれて、この子はどこまでいい子なのだろう。
そんな事を考えながら歩いていると空気が、変わっていた。
湿気を帯びた冷気が、ヒロトの肌を刺す。風の音に混じって、得体の知れない圧力が漂っていた。
《チャンネル登録者:2950人》
《登録者2000人突破スキル獲得:「共鳴バースト」――共同配信者と連携時、攻撃力が上昇します》
《コメント:新スキルゲット!/ミレリアちゃん〜/ついにボス戦きた!》
「……なんか、緊張してきたな。てか、登録者めっちゃ増えてない? これ絶対ミレリア効果だよな……美少女エルフ、恐るべし」
「え? ヒロトさん、何か言いました?」
「いや、なんでも……」
そんな会話を交わした直後だった。
ごぉ、と空気が揺れた。次の瞬間、岩陰から黒い霧をまとった影が姿を現す。
「貴様……なぜここに!」
ヒロトの目に映ったのは、背にコウモリのような黒翼を携えた長身の魔族――バル=ゼノ。
彼の腕には黒い紋様が浮かび、片手には聖草を包んだ袋が握られていた。
「それ、返してもらうぞ。ミレリアを攫った上に、聖草まで……!」
「返す? ふざけるなッ!」
怒号が山中に響いた。バル=ゼノの目はぎらぎらと血走り、明らかな殺意を宿している。
「貴様のせいで……魔界への転移陣を起動する魔力も足りず、ここで無様に力を蓄えるしかなかったんだ! 今さらそれを返して終われるか!」
男の声音に混じるのは、怒りと、そして――悔しさ。
「それにな……あの時の俺は、エルフの結界の近くで弱体化していた。だが、もう違う。回復は済んだ。今こそ本気を見せてやる!」
ズン――
大地がうねった。
黒い霧が爆発的に広がり、影のように地を這うと、バル=ゼノの姿が消え――次の瞬間、ヒロトの目前に現れた。
「くっ、速い!」
木剣を構えて応戦するヒロト。しかし、その一撃を受け止めた瞬間、凄まじい衝撃が肩に走る。体が軋む。
《ダメージ軽減:60%/反動:中》
《感情ボーナス:怒り+28%/スピード+10%上昇》
「でもな……強くなってんのはおまえだけじゃねぇんだよ!」
踏み込みと共に、ヒロトの斬撃がバル=ゼノの胸元を斬り裂く。
「ぐっ……貴様ぁッ!」
バル=ゼノが後退した隙を突いて、ミレリアが杖を振り上げた。
「ヒロトさん、援護します! 光の槍よ――悪しきものを討ち払え、ライトランス!」
放たれた光の槍が、一直線にバル=ゼノの背中へと突き刺さる。黒い血が地面に滴る。
《コメント:ナイスゥ〜/可愛くて強い!/詠唱かっこよ!》
(チッ……コイツ、こんなに強かったか? ただの非力な姫君のはず……いや、まさか)
「お前、まさか“あのお方”の恩恵を?」
「“あのお方”……?」
その単語に反応し、ミレリアが眉をひそめる。
だが、バル=ゼノはすでに理性を失いかけていた。
「俺だって……選ばれるはずだった……! この聖草を渡せば、俺だって“あのお方”に認められたはずなのに……!」
憤怒に任せて、彼は袋を開き――聖草をそのまま口に押し込んだ。
「ハーーーハッ! 凄い……凄い力だ……! これが伝説の聖草……! 力が、溢れてくる……!」
――ドォン!!
轟音と共に爆発的なエネルギーが周囲を吹き飛ばす。
バル=ゼノの身体が変貌していた。黒い皮膚は装甲のように硬質化し、目は赤黒く輝き、指先からは瘴気が滴っている。
《アラート:今の登録者数では危険な相手です》
「うそ……まさか、聖草に宿る“認知”の力を……自分のものに?」
「ヒロトさん、あの状態……危険です!」
「わかってる。でも――ここで逃げたら、配信者の名が廃る!」
ヒロトは剣を握り直す。全身に走る興奮と恐怖、それらが混ざり合い、彼の中の“熱”が加速する。
《チャンネル登録者:2984人》
《スキル“バズ・チャージ”臨界モード:感情値+74%/ステータス一時倍加》
「行くぞ……!ミレリア!」
――決戦の火蓋が、今、切って落とされる。
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
今回はいよいよバル=ゼノとの直接対決。“認知”による強化の片鱗が明かされましたが、ここで少し裏設定を共有しておきます。
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■戦闘時ステータス比較(あくまで登録者換算目安)
•バル=ゼノ 初登場時(弱体化) … 登録者 1000人相当
•ギルドマスター(一般的評価) … 500人相当
•バル=ゼノ現在の通常形態 … 2000人相当
•バル=ゼノ(暴走形態) … 4000人相当
※あくまで「認知=力に反映される世界」の目安です。
必ずしも“知名度=強さ”とは限らず、例えばゴブリンのように「弱い」というイメージが強い種族は、知名度が高くても弱くなります。
逆に、ギルマスのようにSNSなどの発信手段もない世界で“強者”と噂され、約500人分の信頼・畏怖を集めている存在は、かなりの人格者であり実力者と言えるでしょう。
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次回はついにバル=ゼノの“真の力”とヒロトの覚醒がぶつかります!
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