授業中の筆談しりとり
先生が黒板に文字を書くカッカッという音と、私たち生徒がそれを書き写すサラサラという軽い音が響く静かな教室の中で、私はふと左腕でなにかを感じて窓の方を見た。すると私と同年代くらいであろう少年と目が合う。
思わず声をあげそうになった私であったが、その子が人差し指を唇に当てて静かに、というジェスチャーをしているのを見て黙った。
私が黙ったのを見届けた彼は私のノートを指さした。そこにはいつの間にか「しりとり」とひらがなで書かれていた。
なにをくだらない、と思ったが楽しそうに目をキラキラと輝かせながら私のことを見続ける彼に根負けした私はしりとりの下に矢印を書くとリンゴ、と書いた。するとすぐにその下にゴリラと追加された。
その授業のあとも、そのあとも、さらにそのあとの授業でも彼と私は筆談でしりとりを続けていた。授業を聞いていないであろう彼はしりとりに集中できるだろうが、一応は真面目に授業を受けていた私はだんだんと苦戦を強いられるようになってしまった。そもそもどの言葉を使ったのか使っていないのかなんていちいち覚えてられない。
だが負けるのはなにか悔しいのでむきになって続ける内に、最初の方こそ軽くあしらうつもりでやっていた先生に隠れながら行うこのしりとりのことが私はだんだんと楽しくなっていき、その日の授業がすべて終わる頃には私のノートの左側は、授業には何一つ関係のないしりとりの履歴で埋まってしまっていた。
結局決着はつかず、勝負は明日以降に持ち越しとなってしまった。
「……ってことが今日あったんだ」
帰り道に私は中学時代からの友達である朋子にその話をする。ふんふんと頷きながら聞いていた朋子は、ふと首を傾げてこう聞いてきた。
「あれ? 紀美ちゃんの席って一番窓側じゃなかったっけ」
「そだよー」
私たちの使っている教室は、黒板に向かって左手側に窓が存在している。
そのことに気が付いた朋子は少し怯えたような表情になり、こう聞いてきた。
「そ、その男の子って、どこにいたの……?」
「さあ? あえて言うなら窓の中じゃない?」
彼の姿は窓に反射した教室の中にしか存在していなかった。私がそう言うと朋子は頭を抱えて叫ぶ。
「おばけじゃん! 怖くないの!?」
「別に〜。なにをされるわけでもないしさ。それに」
意味深に言葉を区切った私に朋子は怪訝な目を向ける。それが分かった私はこう言った。
「授業中に男の子と秘密の筆談なんて、なんか青春っぽいじゃん」
「……」
頭のおかしい人を見るような目をする朋子の顔を見て私は大きく笑った。
この春から使うことになった通学路に咲く桜の間を、私の笑い声が通り抜けていった。
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