7話 商業ギルド
我に返ったバーバラ小隊の兵士が、マノン達に今の魔法についての質問を浴びせる。しかし今はそれどころではない状況。軽くはぐらかす。アイナが試験部隊から盗んで来たとは言えるはずもないからだ。
取り敢えずは一難は去ってはいるが、今来た敵部隊は村の駐留部隊の一部に過ぎない訳で、まだ後続部隊が来る可能性が高い。
戦利品を回収したい所だが、今は負傷者の収容が先だとマノンは判断。負傷者の応急処置の指示を出し、同時に撤退出来る準備も進める。
そんな事をしながらマノンは考える。多脚戦車が2両もいた事だ。
多脚戦車が潜んでいるようなら、事前に報告があるのが常である。だが今回の作戦では何も言われていない。単なる情報不足なのか、ギメ大尉が敢えて言わなかったのかは分からず、ただイライラだけが募る。
そんな事を考えていると、村の方で異変が起きているのに気が付く。新たな戦闘音が聞こえてきたのだ。
そこで装甲歩兵の偵察を出すと、直ぐにその答えが無線で返ってきた。
『マノン軍曹、村で戦闘が行われています。我が軍の機甲部隊が村を攻撃しています。あれは正規部隊ですね』
そこでマノンは疑問が湧いた。
村へ行く橋は2カ所あるが、車両が通れるのはここだけと聞いた。東側の橋は古い橋で車両は通れないと。しかもそれは師団司令部からの正式な報告である。
それでマノンは理解した。
「そうか、我々は囮にされたのか……」
懲罰部隊なら当たり前にある役目ではある。
だからと言って納得出来るかと言うと、そんな訳が無い。やはり納得は出来ないのが人というもの。
せめてもの救いは、多脚戦車を2両破壊してやった事だろうか。ただし、最終手段にと取って置いた、たった一発の『深淵の誘い』の弾頭を使ってしまったのは大きい。
そんな事を思いながら、村から立ち昇る煙を見つめるマノン達であった。
しばらくすると大隊本部から無線連絡が入る。
それは後続から来る橋の守備隊に橋を引き渡し、マノン部隊は後退せよというもの。
労いの言葉などは一切ない。それが懲罰部隊の扱い。
だがこれで戦利品を漁ることが出来ると、大急ぎで金目の物やパーツを回収し装甲車両に積み込む。そしてマノン中隊は野営地へと戻って行った
その日の被害だが、マノン中隊には装甲歩兵の損傷があったが負傷兵はなし。だがバーバラ突撃兵小隊は、死傷者多数だと言う。
いつもの事だと言うバーバラ伍長だが、その表情はどことなく暗い。
懲罰大隊の中でも突撃兵部隊への配属は、死刑宣告と同じだと言われている。
そんな境遇の中でも彼女らは、夢や希望があった。それは高価な暮らしではなくても良いから、ごくごく普通の生活がしたい。ささやかでもちやんと食事がとれる生活。そして少しのおしゃれと恋愛。
たったそれだけ。
たったそれだけの夢を抱き、生きる地獄を体現する場所、それが第999懲罰大隊、別名アラクネ部隊だった。
ある日の午後の事だった。
マノン中隊が新たな地で、野営地を設営している時だ。塹壕を掘ったり薪の準備や水の補給と、皆が忙しそうにしている。
そこへアイナがマノンに走り寄って来た。
「ねえねえ、マノン軍曹。歩哨の子が怪しい奴を捕まえたって言ってるよ」
「怪しい奴ねえ。分かった、歩哨の所へ行ってみる」
敵兵と言わない所に疑問を持つが、取りあえずマノンはその捕虜に興味をもった様だ。歩哨の元へと向かった。
その場所へと一人歩いていると、一人の兵士が老齢の男性を連行しているのを見つけた。両手を後ろ手に縛り上げ、猿轡までしている。だがその老人はゴブリンなどの亜人ではなく人間である。どこが怪しいのだろうかと疑問に持ちながらも、マノン軍曹は近くまで歩み寄って声を掛けた。
「その者がどうしたって言うの?」
そうマノンが問いただすと、マノンの存在に気が付いた兵士が慌てて答える。
「あ、マ、マノン軍曹。こいつ、私達の野営地に入って来ようとしたんで捕らえました。絶対エロ目的ですから、ぜひ銃殺にしましょう」
懲罰大隊に於いて人の死は非常に軽い。だからこの兵士が言う銃殺も脅しではなく、本気で言ってるところが怖い。
マノンが縛られた老人を見ると、必死に首を横に振ってくる。何か言いたげだが、猿轡で何もしゃべれない。だけど「自分はそんなことはしない」と言う感情は伝わって来る。
これが若い男ならまだしも、こんなヨボヨボの爺さんが女目的で来る訳無いだろ、と思うマノンなのだが、兵の手前もあるため一応野営地まで連れて行く。
野営地に到着するが他の兵達は興味ないらしく、一旦は視線を向けるも直ぐに自分の仕事に取り掛かってしまう。今にも死にそうな爺さんに誰も興味を示さないのだ。
それでマノン軍曹は他の兵から離れた場所で、尋問をすることになした。野営地から少し離れた森の中だ。ここなら野営地からも見えるし、作業のの邪魔にもならない。
マノン軍曹の他にもリナとアイナが付き添う。
「リナ、猿轡を外してやれ」
マノン軍曹の言葉に無言で頷き、老人の口を自由にするリナ。
すると老人は直ぐに話出す。
「ふう〜、やっとしゃべれるわい。ワシは怪しい者じゃないわ。商業ギルド員をしておるポンパンと言う者じゃ。若い娘をどうにか出来る歳でもないわ」
そこでマノン。
「じゃあ何をしに来たの。ここら辺は戦場なのよ。商業ギルド員がウロウロするような所じゃないわよね」
すると老人は少し考える。
「あんたらに話す事などないわ」
するとリナが腹ただし気に口を挟む。
「おい、爺さん、自分の今の立ち場を考えてから物を言えよ」
すると老人。
「それなら好きにせい。ワシはもう十分に生きたわい」
「あんだと〜!」
リナが老人に掴み掛かりそうになるのを制止するマノン。
「まあ、待ちなさいリナ。ここは私に任せてくれる」
そうマノンに言われてしまうと、後に引くしか無いリナは渋々と手を引っ込める。
「それでポンパンと言いましたか。商業ギルド員がこの辺りに来たということは、そうですね、ゴルドーの町に用があったのでしょうね」
老人の眼つきが変わる。
それを見たマノンは内心「あ~ら、正解みたいね」と思いつつ話を続ける。
「確かゴルドーの町の商業ギルドは両替商も兼ねていましたね。でも今はゴブリン軍に占領されてしまっていますよね。それと関係しているんですよね?」
老人の表情に焦りが見え始めた。