5話 橋と多脚戦車
すると伍長は振り返り、マノン軍曹の階級章をチラリと見る。そして改めて雑な敬礼をしてから口を開く。
「アラクネ部隊第3中隊第3小隊、只今到着。私はバーバラ伍長、この小隊の隊長をやってる。他に聞きたい事はある?」
普通の部隊なら「貴様~、上官に対してその態度は何だ~っ」となるが、ここは第999懲罰大隊にしてその最前線。これくらい普通であり、そんなのマノンにとっても日常茶飯事だった。
「そうだな、貴官はどういった命令を受けてここまで来たのか、教えてもらえる」
すると面倒臭そうにバーバラは返す。
「マノン中隊の指揮下に入れって命令だよ」
「そう。ならば私の部下となるわね。それならバーバラ小隊は我々の装甲歩兵部隊の後ろからついて来てもらえる。ちょうど今から攻撃を仕掛ける所なのよ」
それを聞いたバーバラが驚いて返答する。
「え、どういうことだ。私らの部隊が後ろからだって? 逆だろ。あんたらの部隊が私らの後ろから来るってんじゃないのか。私らは突撃兵小隊なんだぞ」
「いや、我々の後ろからで構わないわよ。その代わり敵のライフル兵は任せる。我々は重火器と装甲歩兵を主に相手にするわね。他に質問は?」
「い、いや、ないけどさあ……」
彼女が困惑するのも当然で、突撃兵部隊は敵の正面から真っ先に突撃をさせられるのが普通だ。それが後ろから付いて来いと言われて、困っているのである。
「時間がないのよ、急いで準備頼むわね。そうね、10分後に出撃するわよ」
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そして10分後、遂に部隊は動き出した。
マノンの無線の声と共に、中隊の装甲歩兵の駆動音が辺りに響き渡る。使い古した旧型なため、どうしても歩行音や関節の音が出てしまう。
一気に丘を越えて橋へと迫る。
その後を必死に走って付いて来るのはバーバラ突撃兵小隊だ。
とても追いつける速度ではないが、正面を装甲歩兵が守ってくれるという安心感があり、離されると逆に危険なのではという心理が働く。それで全力で追いかけて行く。
直ぐに橋から銃撃が始まった。
だが小火器くらいなら装甲歩兵には効かない。小銃弾を弾き返しながら突撃する。
そこで突然、無線からマノンの声が響く。
『右から有翼弾!』
そして爆発。
すると味方の装甲歩兵が1機派手に転倒した。脚部に有翼弾の直撃を受けたのだ。
すると無線で指示が飛ぶ。
『右の構築陣地からよ、潰して!』
直ぐに敵の構築陣地に、25ミリ自動短砲の砲弾が集中する。
あっという間だった。
その陣地は静かになる。
『このまま敵兵を蹴散らすわよっ』
勢いに乗ったマノン中隊は、もう誰も止められない。
そのまま橋になだれ込むと、村の方へ逃げ出す者や川に飛び込む者で、橋の上は大混乱となっていた。もう抵抗してくるゴブリン兵は居ない。
リナとアイナの2機が橋の上の敵兵を蹴散らし、橋の反対側まで進み陣取った。
どうやら橋の爆破は避けられたと、マノンはホッとしていた。彼女らにとっての最悪は、橋の破壊だからだ。
しかしこれで安心はして居られない。ボンゴ村の駐屯部隊からの攻撃だ。当然のことながら奪還しに来るだろう。
マノンは忙しなく指示を出して、橋の防備や村への斥候、それに橋破壊用の爆薬の取り外しなどをさせていく。
そしてマノン自身は無線で大隊本部へ報告する。しかし無線は届かない。
少しすると、部下からマノンに爆薬が見つかったと報告があった。橋にはエクスプロージョンの爆薬が縛り付けられていたのだ。ただし、まだセットの途中。
危なかったと胸を撫で下ろすマノン。爆破されていたら、一大事だったはずだ。それこそ銃殺も免れなかっただろう。
そして逆にこの爆薬を敵に使ってやろうと画策する。
そして30分もすると、斥候に出していた兵が無線で知らせてきた。
『村から敵部隊出ます。多脚戦車2両と装甲歩兵6機です』
それを聞いたマノンは聞き返す。
『本当に? 多脚戦車で間違いないのね』
『間違いありません。多脚戦車です』
そこでマノンは考える。
今の我々の武装では、多脚戦車に勝ち目はない。それも2両となると尚さらだ。
何もせずにここから撤退する?
そこで考えを巡らす。
橋に仕掛けられていた爆薬は使えないだろうか。橋を爆破出来るほどの量があるはず。それに弾数は少ないが投射砲がある。
考えている内に、リナからの無線が機体内に響く。
『敵が接近、どうするの!』
マノン軍曹は無意識に返答していた。
『射撃始め!』
味方から一斉に射撃が始まった。
その音を聞いてマノンは自問する。この判断で良かったのかと。
その間にも敵の砲撃が橋付近に着弾する。特に多脚戦車の砲撃は凄まじかった。
50ミリ砲だろうか、1発で構築陣地がぶっ飛ばされるが、そこには誰もいない。初めから標的になりそうな場所には、誰も配置していなかった。
そこでバーバラが叫び声を上げる。
「しょうた〜い、突撃っ!」
川岸の草むらの中に潜んでいた突撃小隊が急に姿を現し、敵の部隊に向かって走り出した。
マノンの指示を待たずに突撃してしまったのだ。
だが機体を持たない彼女らには無線が無い、と言うよりも持たせてもらえないのだ。つまり近寄らないと連絡が取れない。
マノンはひとりつぶやく。
「全く命令を聞かない奴らだ」
突撃兵達の手には、対装甲爆雷が握られている。確かに装甲歩兵には効くだろうが、多脚戦車の車体装甲には効果が薄い。無いよりましな程度か。
それでも突撃していくバーバラ小隊。
それは勇ましいというよりも、狂気を感じさせるものだった。これも罪人の首輪の威力なのだろう。
そこでマノンは新たな指示を無線で伝えた。
『一旦後退する。第1小隊は殿を務めよ』
マノン軍曹の命令によると、橋をすんなり明け渡すかの様だ。
殿を任されたアイナとリナは、攻撃しながらも味方装甲歩兵の後退を助ける。
敵は多脚戦車を先頭に前進して来た。そこで突撃したバーバラ小隊は二手に分かれる。
道の両側の草むらの中へと入って飛び込んだ。そこから対装甲爆雷を投げた。
爆雷は空中でブースターが作動し、魔力に反応して向きを変えた。多脚戦車の魔道プラントに向かってだ。
次々に対装甲爆雷が多脚戦車に命中していく。しかし多脚戦車の装甲は厚い。表面に跡が残るだけだ。
逆に後ろから来た敵の装甲歩兵の30ミリ連射砲が、草むらの中を掃討していく。
悲鳴が聞こえ鮮血が舞う。
あっという間に緑の草が赤く染まった。
生き残った突撃兵が必死に抵抗するが、敵は橋を優先して次々に進んで行く。
その隙にマノン中隊は大きく後退。
距離が離れていることもあって、殆んど被害はない。
そして敵部隊が橋にたどり着こうという頃には、もうそこに誰も居なかった。
そして橋の手前に多脚戦車が来たその時。
――突然の轟音。
それは爆発だった。
地響きがするほどの爆発だ。
それは橋の手前で起こっていた。
仕掛けられた爆薬と共に、エクスプロージョン魔法が発動したのだった。