40話 牽引ロープ
マノン達が沈没艇の引き揚げ作業を行っている時、砂嵐の中のゴブリン工作艇は大変な事になっていた。
噴進弾を2発受けたブリッジは死傷者多数で、その中に戦死した工作艇の艇長もいる。それで代わりに、副長が指揮を執っていた。
操舵室も破壊されたため、予備の操舵装置を使っているのだが、後方から推進部分にも撃ち込まれているので、速度を上げることも出来ない。
そんな中で第二操舵室に指揮所を移し、ゴブリンの副長や生き残った士官らが、新たに指揮を執っていた。
「副長、機関長から伝言です。機関室に空いた穴が塞ぎ切れず、動力部にも砂塵が入り込み、このままだと機関が停止します。早急に砂嵐から出てくださいとのことです」
副長らしきゴブリンが甲高い声で返答する。
「ったく、使えない奴らだな。仕方無い、砂嵐から出るぞ。各員戦闘準備。装甲歩兵は出撃準備だ!」
穴が開いた所から大量に砂が入り込み、機械類に影響を及ぼしているのだ。
結局、砂嵐の中には居られなくなり、ゴブリン工作艇は外に出る選択をした。
一方、人族の巡視艇では、マストに詰めている偵察員から伝声管でブリッジへと連絡が入る。
『砂嵐の中から陸戦艇が出現!』
それを聞いたリサ・マキシム艇長が双眼鏡で砂嵐の方を確認する。
「例の工作艇みたいね。クルーム少尉の言うように損傷してるわね……引き揚げは一旦停止よ。アラクネ隊は敵の迎撃に向かって。全員、戦闘準備!」
マキシム艇長の指示に艇内では、「戦闘準備!」の声が駆け巡り警報の鐘が鳴り響く。
そこでマノンは直ぐに、野戦電話で沈没艇の軍曹達に知らせる。
『軍曹、敵工作艇が現れたわ。引き揚げ作業の一旦停止の命令が出たのよ。少し待っててちょうだいね』
『この状態でですか。船体がかなり斜めになってますよ。戦闘で牽引ロープとか切れたりしないですよね?』
『正直言って分からないわ。でも今は戦闘が終わるのを待つしかないのよ。ごめんなさい』
『了解しました。大人しく待ってます。早いとこ敵を片付けて下さい』
しかしながら機体脚部の調子が悪いため、今のマノンは何も出来ない。
ただアイナとリナに頼るしかなかった。
そしてマストの偵察員からブリッジへと、伝声管により新たな連絡が入る。
『敵装甲歩兵2機の発進を確認!』
ほぼ同時にアイナとリナが、97式で発進して行く。
マノンが双眼鏡を覗くマキシム中尉に尋ねる。
「マキシム艇長、敵の装甲歩兵に緑の機体は見えますか?」
「うん、1機は緑色の機体ね……って緑色の悪魔なの?」
「そうです。敵のエース機です。気を付けてください」
それを聞いたマキシム艇長の顔は見る見る青ざめていくのだった。
そしてアイナとリナは、クラーケン型2機と接敵する。もちろん1機は緑色の機体である。
しかし、緑の悪魔はアイナとリナを無視するかの様に、真っ直ぐ通り抜けて行く。代わりに敵クラーケン型1機がアイナとリナに迫る。
緑色の悪魔の狙いは、彼女らの母艇でもある巡視艇だった。
アイナとリナをクラーケン型1機で足止めし、緑の悪魔が巡視艇を沈めようと言うのだ。
巡視艇の偵察員が叫ぶ。
『緑色の機体が単機でこちらに突っ込んで来ます!』
それを双眼鏡で確認したマキシム中尉が、大声で指示を飛ばす。
『防御砲火、撃ち方始めっ。近付けさせないで!』
曳光弾が緑色の機体に集中する。
しかし当たる気配がない
やはりこの巡視艇は素人集団なのだろう。
巡視艇と沈没艇は現在、多数の牽引ロープで繋がれたままである。それはつまり回避行動が出来ないと言うこと。
だからといって、複数ある牽引ロープは直ぐには外せない。
そして緑色の悪魔が最接近。
『緑色の機体、ロケット弾を発射しましたっ!』
連絡をよこす偵察員の叫び声がブリッジに響いた。
それを確認したマノンだが、弾頭の動きを見てこれが対陸戦艇ロケット弾ではないと判断。対陸戦艇ロケットは速度がもっと遅いし、もっと巨大だからだ。
発射されたロケット弾は、巡視艇の後部甲板付近に命中。
その爆発で牽引ロープの何本かが切れ、沈没艇がガクンと大きく揺れた。
対陸戦艇ロケットなら、この1発で沈んでいたかもしれない。
ブリッジにも直ぐに被害報告が入る。
『牽引ロープが2本切断、後部船体破損!』
それを聞いたマノンは、ブリッジの扉を勢い良く開けながら言った。
「私も97式で出る!」
慌ててマキシム艇長が返答。
「え、でも、機体の故障は直ってないでしょ?」
「ここで死ぬより良い!」
マノンは走って行った。
するとマキシム艇長は直ぐに整備員に連絡を入れる。
『今直ぐマノン少尉の装甲歩兵を発進させる準備をして!』
『しかし、まだ脚部修理は出来ていない上に、噴射ブーツの試乗調整もーー』
『いいから急いで!』
『は、はいっ』
マノンが多目的ラックに到着すると、既に発進の準備は整っていた。ゴブリン製の盾と噴射ブーツは装着済みだ。
だがゴブリン製の連射砲は使えそうに無く、武器は接近戦闘用の鉈しかない。
マノンは飛び込むようにコクピットに入り込み、勢い良くハッチを閉める。
そしてヘルメットを被りながら言った。
『マノン機、発進する!』
確認を待たずに加速して砂漠に飛び込む。
新しい噴射ブーツの試運転もしていないのに、何の違和感もなく普通に砂漠の上を走行するマノン。
その姿を見た整備兵達が話し出す。
「あのブーツ、調整走行はしてないって言ってたよな。それであの動きかよ」
「だから言ったろ、あの人は普通じゃねえって」
「まるで戦乙女だな」
「ああ、あの人が有名なアラクネの死神の主らしいぜ」
「そう言う事か……」
「だけどな、戦ってるとこ見たら度肝を抜くぞ」
「でも敵は“緑の悪魔”って言うエースパイロットらしいぞ」
「まあ見てなって。所詮はゴブリンだろ。死神の主に勝てる訳ねえよ」
マノン機は鉈を真横に構えたまま緑の悪魔に迫る。
それに気が付き緑の悪魔もマノン機に向き合い、持っていたロケットランチャーを捨てる。そして腰の棒状の武器を持った。ゴブリン軍の接近戦武器のひとつ、雷撃バトンである。
ちなみに接近戦武器の鉈もこの雷撃バトンもそうだが、対象を強打する武器ではない。強打すると装甲歩兵の指や手首の関節が耐えられない。あくまでも接近戦闘で魔法攻撃を与える為の、緊急用の武器である。
よって扱いが難しく、これを装備さえしない機体が殆んどで、ましてや白兵戦をする装甲歩兵は稀であった。
そこまで細かい操作が出来るパイロット技術、そして機械工学自体の技術が進んでいなかった。
そしてベテランパイロット同士による、2機の装甲歩兵の白兵戦が始まった。
それは引き揚げ作業中の巡視艇にとってはチャンスである。
この隙に沈没艇を一気に引き上げてしまおうというのであった。
マキシム艇長が叫ぶ。
「今よっ、魔力プラント全開!」
巡視艇が少しずつ前に進むと、砂に埋もれた沈没艇が徐々に姿を現してきた。
初めに折れたマストと共にブリッジが顔を出す。
そして船首部分が現れ、砂がサラサラと落ちてその船体が露わになる。
マキシム艇長が機関室へと伝声菅を使って声を荒げる。
「もっと魔力量を上げなさいよ!」
怒鳴っているのだが、幼女の声なので余り迫力はない。
『これ以上は無理です。これで全力ですっ』
その時だった。
急に巡視艇がガクンと揺れた。
慌てて艇長が声を上げる。
「今の揺れは何⁉」
すると甲板で作業していた兵からの声が伝声菅でブリッジ内へ伝わる。
『残った牽引ロープが切れ始めています。このままだと他のロープも切れますっ」
緑の悪魔が放ったロケット弾の爆発は、何本かの牽引ロープを切断しただけでなく、それ以外のロープにも被害を残していたのだった。




