4話 増援
そのアイナは、新しく手に入れたコブリン製の盾をイジっている。
そこでマノンが声を掛けた。
「アイナ、その武器はどうした」
マノンが目にしている武器は、一見25ミリ自動短砲に似ているのだが、その砲身の長さが違う。これは少し前に試験的に行った、25ミリ自動短砲の砲身を長砲身へと換装させる実験、それがマノンの記憶にはあった。きっとその時のものだろう。だが何故それがここにあるのかだ。
そしてアイナはケロッと白状した。
「大隊の倉庫にあったから、借りてきたんだよ〜ん」
それを聞いたマノンは思った。それって“借りた”ではなく“盗んだ”が正しいだろと。だが、敢えて口には出さない。
しかし何故そんなものが懲罰大隊の倉庫にあったのだろうか、マノンは首を傾げる。
だが直ぐに気を取り直し声を上げた。
「全員乗り込みなさい。3分後に出発するわよ!」
こうして定数には全く足りない人数のまま、マノン中隊は野営地を出発した。
通常の中隊であれば26機の装甲歩兵が定数であるが、現在のマノン小隊は10機しか無い。補充兵は結構来るのだが、肝心の装甲歩兵がこの隊には回ってこない。回ってきても使い古した旧型の機体に旧式の武器。まともに使えた物じゃないが、それを何とか修理して戦列に加える訳だ。
たがそんな代物で出撃すれば、生き残って帰ってくる者は少ない。そんな繰り返しで、常に人員と機体が足りない状況だった。
それも師団司令部の懲罰大隊への考え方が、消耗品という扱いというのが大きい。所詮は犯罪者という扱いなんであろう。
マノン中隊はしばらく行軍をし、無事に接敵もせずに川付近までたどり着いた。
この川を辿れば橋が見えてくるはずで、その橋こそが目的の場所である。特に大きな橋ではないが、この辺りには2カ所しか橋が無い。東側にそのもう1カ所があるが、そこは橋が古いから車両は通れないと師団司令部から聞いていた。それはつまり、この辺りで唯一車両が通れるのがこの橋である。この意味は大きい。
そう考えると師団司令部にとってこの橋は、非常に重要なんだと理解出来る。
マノンがそんな事で考えを巡らしていると、リナから声が掛かった。
「斥候、行きますか?」
そうだ、まずは現状を確認しないといけないと、マノンは意識を目の前にもどす。
「アイナ、リナ、橋を見て来てもらえる」
すると二人は文句もなく、直ぐに姿勢を低くして川沿いに進み始めた。アイナとリナはマノン中隊の第一小隊なのだが、規定5人のところ2人しかいない。どんなに増えても結局生き残るのは2人だから今も2人と言う訳だ。それで“死神”なんて呼ばれているのだが。
アイナは小柄な少女を思わせる外見だが、リナは正反対で、褐色の肌をした鍛えられた身体をしている。
アイナの中隊内での位置は調達屋である。
どこから調達してくるのか誰も知らないが、エッと声を上げるほとの物を調達して来ることもある。
アイナとは正反対の体格なのがリナであった。リナの鍛え上げられたその身体は、喧嘩の仲裁に持って来いだった。彼女は格闘技も得意としていて、男との喧嘩に勝つほどの腕前である。アラクネ部隊で素手で彼女に勝てる者は居ない。
そんな彼女ら2人は、この懲罰部隊で半年以上も生き残って来たベテランでもある。
30分ほどで二人が戻って来た。
その報告によると橋の見張りは、1個小隊程の歩兵だけだと言う。装甲歩兵でもなく単なる生身の歩兵らしい。
するとリナが提案する。
「マノン隊長、どうします。橋の警備は手薄ですよ。今なら一気に殲滅できちゃいますよ」
それにマノンが返答する。
「村の中にいる戦力次第なんだか……」
橋に居なくても村の中に装甲歩兵部隊が1個中隊でもいたら、橋の確保どころではない。橋から村まで1キロの距離、直ぐに増援が来るだろう。敵は当然重武装で来るだろうから、マノン中隊は被害が大きくなってしまう。
しかし橋を奪取するには、今が絶好の機会でもある。
上に報告するにしても、何も出来ませんでしたで戻る訳にもいかない。そんなことしたらそれこそ命令不服従の罪で処刑されてしまう。
被害が大きかろうが橋の確保の報告を入れるか、負傷者多数を出さないとサボってたと言われる。どの道、彼女らは命の危険はあるということだ。
そんな事を考えていた時だった。
マノンの無線に連絡が入る。
『マノン軍曹聞こえ……か……ザザ……』
ノイズが入ってくる様だ。
『はい、こちらマノン中隊、感度不良ながら何とか届いています』
『こちら大隊……ザザ……を送りました。そろそろ……ザザ……』
そこで無線は切れてしまった。しかし大隊本部からここへ、何かが送られて来るらしい。
しばらくしてそれが、味方部隊の車両だと分かった。2両の兵員輸送車である。
まさかの増援だった。
マノンにとって、この部隊での増援は初めての事だ。
だがその兵員輸送車から降りて来た者達を見て、マノンは唖然とした。
「第3中隊の突撃兵だと……」
マノン中隊は正式には第1中隊だが、アラクネ部隊には他に2個中隊存在する。
マノンの第1中隊は装甲歩兵部隊だが、第2中隊は機動猟兵部隊で、第3中隊は突撃兵部隊だった。
その第3突撃兵中隊の、1個小隊が増援に来たのだった。やはり定数割れはしているものの、23名の突撃兵がいる。もちろん全て女性であるが、その殆んどが獣人だった。
獣人は人間よりも身体能力が上だが、細かい作業は向かない。それで大抵は歩兵部隊へ配属される。懲罰部隊となっても同じだ。
そして懲罰部隊における突撃兵の死傷率は、群を抜いて高い。突撃兵の戦い方は常に“突撃”だからだ。
兵員輸送車から突撃兵らが降りると、兵員輸送車はさっさと元来た道を帰って行く。ここにいる突撃兵には、帰り道は無いとでも言いたいかの様だ。
突撃兵達は降ろされた場所で、ざわつきながらキョロキョロしている。
そこでマノンは突撃兵の中の小隊長らしき女性へと歩み寄った。
マノンは背中を見せている女性に声を掛けた。
階級は伍長である。
「伍長、貴官がこの隊の指揮官で間違いないか?」
すると伍長は振り返り、マノンの階級章をチラリと見る。そして改めて雑な敬礼をしてから口を開いた。