39話 戦利品
現場に到着すると機体の燃料はまだ十分にあり、魔法プラントは可動したままである。それで噴射ブーツにもエネルギーが送られていた。
そのおかげで機体の大部分は砂に沈んでいたが、噴射ブーツを装着していた脚部分は浮いている。
しかも機体を引き上げると、手には盾と連射砲を握っている。
つまり丸々1機分のクラーケン型が手に入ったということになる。
『良かった。燃料も十分残ってるし、動力も生きてるわね。それに噴射ブーツも新式みたいね。それじゃあ、持ち帰るから手伝って』
マノンの言葉にアイナとリナが直ぐに反応。クラーケン型を立たせた状態で両脇から支える。その状態で出発した。
1時間もするとやっと巡視艇と無線が繋がった。
『了解しました少尉。直ぐにそちらに向かいます』
迎えに来てくれると言う。
それを聞いたマノン達は燃料節約のため、ゆっくりとした移動に切り替えるのだった。
しばらくすると、無事に巡視艇と合流して3人は大喜びだ。
だがそれで終わりではない。
沈没艇に残った3人を救出に行かなくては行けない。それにマノン達が受けた命令は「敵の工作艇を撃沈せよ」というもの。
確実に損傷は与えたが、沈没する程の損傷ではない。だが最後の1発は確実に航行に差し支える一撃だったと、マノンは自信を持っていた。
普通の部隊なら任務未達ながらも結構な戦果なので、このまま帰投しても問題ない。しかし彼女らは懲罰部隊。戦力が残っているのに帰還は出来ない。
幸いにも敵の工作艇へ与えた損傷は、航行に支障をきたすレベル。そうなるとしばらくは、あの砂嵐の中から出られないはず。それならば、沈没艇乗員を救出する時間は十分にあるとマノンは判断した。
そこで巡視艇のブリッジに上がったマノンは、リサ・マキシム艇長に直接お願いした。
「マキシム中尉。そう言う訳ですので、あのクラーケン型の部品を流用して、何とか私の97式を修理してほしいのです」
マノンの機体はボロボロで、特に脚の関節部品は交換が必要だった。だが敵の新型装甲歩兵となると、軍の情報部が出来るだけ無傷に近い状態で欲しがる。それなのに勝手に部品を使ってしまうとなると、帰還してから何を言われるか分かったもんじゃない。
それで懲罰部隊以外の階級上位者に、同意の言質を取りたかったのだ。それで巡視艇第102号の艇長に話を通したと言うわけだ。
すると幼女の声と外見のマキシム艇長は、ちょっとオロオロした顔をして小声で質問した。
「う〜ん、それは軍規違反にはならないの?」
それを聞いたマノンは、まるで子供の内緒話の様に思えて笑いそうになる。
だがそっちの心配なら何とか誤魔化せるなと考え、少しばかり大げさなリアクションで答えた。
「何を言っているのですか。私は既に軍規違反した兵が集まる、懲罰大隊の兵士ですよ? そんなの今更ですよ」
「そう言えばそうよね、なるほど。それなら許可しますか……ん〜、しても良いのかな?……まあ、整備隊長には伝えておきますね」
ーー温室育ちみたいね、このリサちゃん中尉
この幼女艇長は戦場での経験が全く無い、典型的な本土勤務のお飾り士官であった故の流れだろう。
こうして敵の装甲歩兵の整備をやってくれることになった。
マノンも整備兵達と一緒に格納庫で立ち会うのだが、整備兵の誰もがクラーケン型のハッチに触れたがらない。それもそのはずで、隙間から血が溢れ出ているからである。
仕方無くマノンがコクピットハッチを開けた。
「うわっ、思ったより酷い事になってるわね」
一人の女整備兵が顔を背ける中、マノンは「ばっちい」とか言いながらも、肉片だらけのコクピット内をいじりだした。
そして何やら独り言。
「やっぱりゴブリン製だからコクピットは狭いわね……電装系は全滅のようね」
そして今度はコクピットを出て、脚部の方へと移動する。
「もしかしたら噴射ブーツは今までのよりも、こっちの方が使いやすいのかも」
ゴブリンの噴射ブーツは、かなり大きめに造られていて、安定感がありそうだったからだ。
人族の噴射ブーツの2倍から3倍程の長さがあった。スキー板を短くした様な形である。
そこへ来てやっと整備兵達も動き出す。
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結局、クラーケン型で流用出来きそうな部品は、ゴブリン製の噴射ブーツと盾くらいだった。
だが噴射ブーツは人族製のよりも使い勝手が良く、脚関節の損傷での動きをカバーしてくれそうだ。
取り敢えずはその噴射ブーツと盾を、マノンの機体に装着するよう整備兵に指示を出すマノン。
そして数時間ぶりに沈没艇の現場に到着した。
まだ流砂に引き込まれてはいない。
直ぐにマノンはリナを連れて艇内へと入って行く。
すると遮断された通路で3人は待っていた。
彼らに巡視艇を連れて来たと言うと、大喜びだった。
「よっし、助かった!」
「有難う御座います、本当に助かりました!」
「帰ったらビール飲むぞっ」
地上では外骨格を身に纏った機動歩兵が、牽引用のロープや錨を沈没艇に繋げて、引き揚げる準備の真っ最中だった。
マノンは野戦電話を持って来て、彼らに渡した。野戦電話は有線なので、地上と会話が出来る。
「これで地上と話が出来るわよ。お互いにやり取りしながら、作業を進めるわね」
すると軍曹。
「有難う御座います。これで助かったも同然ですよ。実は今、妻が身籠ってるんすよ。産まれてくる我が子に会えないんじゃないかと、もう不安だったんですよ」
そこで他の男達がチャチャを入れる。
「おーら、また始まったよ。産まれる前からこれだと先が思いやられるな」
「ほんと、ほんと、軍曹の話は長くなるから、覚悟した方が良いですよ、少尉殿」
「うるさい、それくらい良いだろ。ねえ、少尉?」
自分に振られて困るマノン。
「そ、そうね。と、とりあえずは、おめでとう……で良いのかな?」
「少尉も気が早いですね、はははは」
何か和気あいあいの空気が流れているのだが、マノンとリナにとってこの類の話題は少し辛い。
そんな話をしている内に、野戦電話で引き揚げ作業が始まると連絡が入る。
マノン達は地上から支援する手筈だ。
アイナとリナは装甲歩兵にて、周囲を走りながら異常がないか見守る役目だ。
マノンは機体が不調な為、巡視艇にて野戦電話でのやり取りをする。念の為に、ゴブリン製の噴射ブーツを装着している最中である。
そして遂に引き揚げ作業が始まった。




