37話 生存者
動力室に巨大な魔法プラントの奥。その一画が明るいのだ。
魔法プラントは動いていないのに、灯りがあるのはおかしい。これは発光性の魔物がいるか、生存者がいるのかのどちらかだ。
マノンはその灯りの方へ拳銃を向けて叫んだ。
「私はアラクネ部隊のクルーム少尉、そこに誰かいるなら返事をしなさい!」
すると僅かに話し声が聞こえる。
共通語ではあるが、ゴブリン特有の訛りはない。人族が居るとみて間違いない。
ただし人族でも砂漠を彷徨くスカベンジャーや、盗賊かもしれないから油断は出来ない。別の出入り口があって、ここを根城にしている可能性だってある。
しかしその考えは杞憂だった。
「俺達は敵じゃない。この巡視艇の生き残りです。脱出路が塞がれて艇内から逃げられなくなってました。3人います。今、姿を現しますから撃たないで下さい!」
「良し、手を挙げてゆっくり出て来なさい!」
すると物陰から男3人がカンテラを頭上に掲げ、両手を上げながら出て来た。
確かに3人とも見覚えのある機関士の軍服を着ている。兵卒2人と軍曹である。
どうやら本当にこの巡視艇の乗組員らしい。
男達3人はマノンの事を知っていた様で、助かったと大喜びだ。
3人に話を聞くと、逃げ遅れて行き場を失ったそうだった。逃げ道が全て塞がってしまい、助けが来るのを待つしかなかったという。
そこで軍曹が質問する。
「少尉はどこからここへ入って来たのですか。通路は全て塞がっていたはずですが?」
「塞がった通路の隙間を通って来たんだけど……あなた達には無理かもしれないわね」
「隙間、ですか?」
「見た方が早いわね。来て」
マノンは3人の男達を連れて、通路へと戻って行った。
そして塞がった通路まで来てマノンは指を差す。
「この隙間よ」
「はあ?」
「ここを通って来たんですか……」
「いや、いや、俺達にゃ無理ってもんだな」
3人の男達は口を揃えて驚いている。とても狭すぎて男の自分達は通れはしないと。
「だから言ったでしょ。この隙間は女性しか通れないって」
そうマノンが男達に言うと、その言葉を聞いた向こう側にいるリナが声を掛けてきた。
「私、女だけど。通れなかったんだけど……」
青ざめるマノン。
そして強引に話を変える。
「あ、ああ、そうそう。レナ、生存者が3人いたわよ」
「そ、そうなんだ……」
リナはあからさまに落ち込んでいる様子だ。
「えっと、リナ。それで彼らを助ける行動をとるわね」
その言葉にさらに落ち込むリナ。というのも、戦利品の徴用が自由に出来なくなるからだ。バレたら首が吹っ飛ぶ。
生存者救出という理由を付ければある程度は持っていけそうだが、士官の部屋の調度品などの直接関係無い品の回収は、これでもう出来なくなった。
改めてマノンは男達を見て言った。
「ここ以外で抜けられそうな所は無いの?」
3人は諦め顔で首を横に振る。
そこで軍曹が提案する。
「少尉が乗ってきた陸戦艇で、この巡視艇ごと引き上げられないですかね」
「それがね、私達は装甲歩兵で来たのよ。母艇ともはぐれてしまってね。燃料も残り少ないのよ」
「そうか、それなら仕方無いな……」
「ここを何とか広げられない? 道具があれば出来るんじゃないの」
「そんなのとっくにやりましたよ。だけど広げようとすると外の砂の圧力で、壁が破れそうになるんです。とてもじゃないが、ここは無理ですよ……」
兵卒の男2人も。
「結局、俺達はここで死ぬんだ」
「折角助けが来たってのにこれか……」
とか言っている。
そこでマノンは提案する。
「装甲歩兵用の燃料は無いかしら。あれば巡視艇を呼んで来れるんだけど」
すると兵卒の一人が声を上げる。
「起動歩兵用の燃料があるよ!」
そうなると話は早い。
マノンが持って来た空の増槽に燃料を詰め、さらには何往復かして機体の燃料タンクに加えて、予備の増槽にも燃料を補充。そして軍曹の計らいで、食糧庫から水と食料を貰い準備万端である。
しかしその間にも、船体の軋み音が激しくなってきた。これはグズグズしてはいられない状況の様である。
そしてマノン達が出発する時。潰れた通路の所で軍曹が言った。
「砂の外圧に船体が耐えられなくなりそうです。特に動力室の外壁は破れるのも時間の問題でしょう」
潰れた通路越しに男達3人へ言葉を送るマノン。
「出来るだけ急ぐから、諦めずに待っていてちょうだい」
「はい、頼みます」
「待ってますよ」
「美人の少尉さん、お願いします!」
すると側にいたリナ。
「マノン少尉、耳が赤くなってるぞ」
「くっ」
慌てて耳を隠すマノン。
こうしてマノン達は燃料を得て、再び砂漠に出る事になった。
砂嵐は尚も消えることはなく、あちこちへフラフラと移動している。
幸いな事に、マノン達には影響の無い所に砂嵐はある。
アイナにも説明して大急ぎで増槽を装着し、軍曹から譲り受けた食料と水も詰め込む。
アイナとリナは戦利品が手に入らず余り乗り気ではないが、それでも黙って作業をしていた。
そして準備も早々に沈没艇を後にした。
しばらく砂漠を走ったところで、アイナが無線を通して愚痴をこぼす。
『ねえ〜、マノン少尉〜。私への“何かおいしいもん”、まだ貰ってないんだけど〜』
それに対してマノン。
『アイナ、そんな余裕無かったのよ。そのくらい理解してよね。だから今はお預けね』
すると最後尾を走るリナ。
『アイナ、もう大人なんだからよ、我儘言ってんじゃーー』
言葉を切ったリナに疑問を持ったマノンが尋ねる。
『リナ、どうしたの?』
『後方の砂嵐の中から陸戦艇が出て来たよ。ありゃあ敵の陸戦艇だね』
『それはマズいわね。きっと例の工作艇よ。一応2人とも戦闘準備はしておいてね』
『了解』
『りょ〜か〜い』
さらにリナ。
『敵陸戦艇、3機の装甲歩兵を発進させたよっ。その中に緑色の機体を確認。こっちに向かって来るぜ!』
緑色の機体。それは『緑の悪魔』と呼ばれた、敵のエース機体。
敵の機体は恐らくクラーケン型。97式の速度では逃げ切れないと見たマノンは、即座に指示を飛ばす。
『迎え討つわよ!』
そう言って、砂を巻き上げ急速ターンをする。
アイナとリナも慌ててターンをするのだが、マノンの様に急速ターンなど出来るはずもなく、バランスを保ちつつ何とか方向を変えるので精一杯だ。
それを見てマノンは2人の接近戦闘は無理だと判断。新たな指示を出す。
『アイナ、リナ、2人は援護をお願いね!』
砂漠の上で完全に停止は出来ないが、ホバリング状態なら走行射撃よりも命中率は高い。2人にはその役目を与えたのだ。
『分かった〜、狙撃は任せてね〜』
『すまんマノン少尉!』
2人は1式30ミリ連射砲を構える。
今までの25ミリ自動短砲とは、比べ物にならない程のレベルな上に連射が出来る。これはマノン達にとっては心強い限りである。
そしてマノンは単機で敵のクラーケン型3機に挑むのだが、マノンの97式が手にする武器は噴進砲。当たれば破壊力抜群だが、動きの速い装甲歩兵が相手では不利な武器だ。
背中に敵から奪った連射砲があるが交換する余裕などないし、調整もしてないから使うのには無理があった。
マノンは「どうする?」と自問しながらも、戦いの中へと自ら進むのだった。