34話 砂漠の幽霊
夜になると砂漠の気温はぐっと落ちる。
マノンはコクピット内で、ブランケットに身を包んで丸くなっていた。そしてカンテラの灯りを頼りに、ボリボリと携帯食を齧る。
日暮れ前にたまたま一枚岩を見つけ、その上に機体を停めて一夜を過ごそうという訳だ。
静まり返った夜の砂漠など、マノンは経験したことがない。
夜行性の魔物が彷徨くから、夜の砂漠は危険だと言われている。それがマノンの目の前に広がる砂漠には、魔物なんて1匹も見えない。静寂が支配していた。
どこが危険なんだよと思いながら、機体の覗視孔から砂漠を眺めるマノン。
すると遠くに青白い炎が見えた。
たが、ただの炎ではなさそうだ。
ユラユラと砂漠の上を浮遊している様に見える。
マノンの脳裏に嫌な言葉が過ぎる。
ーー魂の火
砂漠では時々、青白い炎を見たと言う兵士がいる。それは砂漠で死んだ兵士の魂が、自分の死を受け入れられなくて、夜な夜な砂漠の上を徘徊するからと言われている。
いわゆる人魂ってやつだ。
マノンは慌てて起動スイッチを押し込む。
しかしこういう時に限って、簡単には起動しない。
何回目かになってやっと魔法プラントが、大きく唸りを上げて動き出す。
「やっときたわね」
そこでマノンは機体を一気に加速させる。
「行くわよっ」
そして岩場から砂漠に躍り出た。
するも青白い炎がマノンに向かって来た。
霊体系の実体を持たない魔物が、非常に厄介なことはマノンも知っている。単純な物理攻撃は効かない。魔法攻撃でないと意味がないことを知っていた。
それでマノンは鉈を引き抜き構える。
さらに祈祷士が除霊する時を思い出し、祈りの言葉を口ずさむ。
「神よ、ジョシュ少年を救い給え。彼に安らかな眠りを与え給え。ギメ大尉には地獄を……」
完全に即興ではある。
しかし祈りの言葉は全く効果なく、青白い炎は直ぐ近くまで接近して来た。
そこでマノンはハッとして、即座に機体の前照灯を点灯する。
明るければ霊体は消えると思ったのだ。
明るく照らされた物体。
そこで炎の正体が判明した。
ーー97式装甲歩兵?
そこで声が聞こえた。
「ああ〜、やっぱりマノン少尉だった〜!」
「こんな所にいたのかよ」
アイナとリナの2人である。
コクピットハッチを開けて、顔を出している。
青白い炎はカンテラの火であり、魔物を避けるために機体のライトは消していたようだ。
2人だと分かると、マノンもハッチを開け放ち返答する。
「お、脅かさないでよね、もう……」
しかしアイナとリナがここにいるってことは、結局彼女らも巡視艇に戻れなかったということになる。
そして一番の問題は燃料の残量がどれくらいあるのかだ。
少し落ち着いたところで、マノンはここまでの経緯を二人に説明する。そしてアイナとリナにも話を聞くのだが「敵も味方の陸戦艇も全然見つからなかった」との返答。
そこで肝心の燃料の残量を聞いてみた。
するとアイナ。
「そうだねえ、あと1時間は持つと思うよ~」
呆れるマノン。
そして直ぐに動力を岩場へ案内して動力を切らせる。
とは言っても、マノンの機体も後2時間ほどしか燃料は残っていなかった。
そこでこの後どうするかを話し合い始めた。
リナの意見。
「陽が昇ったらよ、味方陣地へ向かってとにかく移動しようぜ。それからよお、途中で魔物を狩りながら行けば小遣い稼ぎ位にはなるんじゃね」
アイナの意見。
「良いね〜。どうせならさ、高く売れる砂魚を捕まえようよ」
するとマノンは「まあ、それぐらいなら良いか」と気楽に返した。
そしてマノン達はその岩場で夜を明かすのだった。
朝を迎える頃には、砂嵐はだいぶ遠ざかっていた。そのおかげで遠回りしないで済むとばかりに、急いで出発するマノン達。
しかし砂魚釣りは忘れない。
常備している針とロープを装甲歩兵に取り付けて走り出すのはアイナ。
そのロープの先に付けた大きな釣り針には、仕掛けた砂ミミズの肉。
その左右で追走するように、リナとマノンの機体がそれを監視していた。
30分もすると、引きずり回している餌の周囲に変化が現れた。何かが砂の中で動いている。正確に言うと、砂の中の何かが餌を追い掛けている。
リナが無線で知らせてきた。
『集まって来たみたいだなっ』
砂魚である。
砂の中で生息する魔物で魚と言う言葉が入る名称だが、全然魚の格好はしておらず、ツチノコみたいな形をしている。
見た目によらず肉の味は美味しいと評判で、市場でも比較的高値で取引されている魔物だ。
そして遂に餌に食い付いた。
食い付いた獲物が大きく飛び跳ねる。
2メートルはあろうかと言う大物だった。
生身の人間だったら砂に引き込まれるほどだが、装甲歩兵のパワーなら問題無い。
アイナが速度を落とし、ロープを手繰り寄せる。
砂魚は必死に抵抗を見せて、何度も跳ね回る。
リナは『後は任せな!』と叫ぶや砂魚に接近。
装甲歩兵のパワーでもって、強引に押さえ付けようというのだ。ただし傷付けると値段が下がるため、そこは上手くやらなければいけない。
リナの機体が暴れる砂魚に近付く。
そしてリナの機体が、まさに飛び掛かろうとした時だった。
砂魚の下の砂が急激に盛り上がる。
いち早くマノンが叫んだ。
『下がってっ、砂ミミズよ!』
その声と同時に、砂の中から大口を開けた砂ミミズが飛び出す。
そして暴れていた砂魚に喰らい付いた。
砂魚は餌の付いたロープで、アイナの機体と繋がっている。つまり砂ミミズに引っ張られる。
当然のごとく砂ミミズは砂魚を咥えたまま、砂の中に潜ろうとした。
するとアイナの機体も引っ張られ、砂の中へと引きずり込まれそうになる。
無線からアイナの悲痛な声が聞こえる。
『いっや〜、引き込まれちゃう〜!』
そこへマノンがスラスターを噴射させて加速。一気に近付く。
そして鉈でロープを切断。
勢い余ってアイナの機体は砂漠を転がった。
一方、砂ミミズはと言うと、砂の中へと潜って出て来なくなった。
ただただ呆然と辺りを回避行動する3人。
獲物の砂魚は盗られ、決して安くない釣り針も盗られ、砂ミミズの肉の塊も持って行かれたのだ。それは呆然としてしまっても仕方無い。
さらに燃料の残りを調べると、かなり余分に消費したことが分かってしまった。
結局は何にも得の無い行動だったと、3人が自覚するに至る。
しばらく走った所で小さな岩場を見つけて、何とか3機の機体を停めることが出来たマノン達。
何度か無線を試すもやはり繋がらない。
このままだと食料と水が尽きて、干からびてミイラになってしまう。特に水が底をつきかけていた。
水魔法が使えれば良いのだが、残念ながらマノンは使えない。
アイナが無線で言った。
『こんなんだったらさ〜、甘い物買わないで、魔道具の水筒を買っておけば良かったよ〜』
魔道具の水筒とは水が湧き出す優れもので、魔石を取り替えればいくらでも水が手に入る。ただし庶民が買えるような値段ではない。
そこで突然リナが宣言。
『もう我慢出来ない……最後の水、飲み干してやる!』
慌ててマノンが止めに入る。
『リナ、我慢よ、我慢。一気に飲んじゃ駄目よっ』
そんなマノンの忠告など聞かず、無線機からは『ゴクゴク』と水を飲む音が聞こえた。
その音を聞いたアイナは。
『あ〜、美味しそうな音だね〜…………もうっ、私も我慢の限界!』
今度はアイナの無線機から『グビグビ』と水を飲む音が聞こえた。
するとマノンが溜め息をついた後つぶやく。
『はぁ〜、仕方無いわね。私も付き合うわよ』
こうしてマノンも『ゴクンゴクン』と音を立てて、最後の水を飲み干すのだった。