32話 緑の悪魔
マノンの視線の先には、砂嵐の切れ間切れ間に見える巨大な物体あった。
人間の考えるものとは違うデザイン。その不格好とも思える形状が特徴の物体。
ゴブリン軍の陸戦艇に間違いなかった。
マノンがギリギリまで近寄って全体像を見てみると意外と大きく、それは護衛艇位ある大きさだ。
船体横には人間の民間艇の様なマークを描き、人間仕様の識別旗まで掲げている。
しかし見るからにゴブリン軍の陸戦艇である。つまり下手くそな偽装をしている工作艇ということ。
そこでマノンは船体に、いくつかの砲撃痕を見つけた。情報によると工作艇は、撃沈された味方巡視艇と戦闘になり、損傷を受けたと報告されている。その損傷こそがこの砲撃痕なのだろう。
マノンは工作艇の発見を知らせようと、無線に手を伸ばすのだが、砂嵐の中では無線は使えない事を思い出し手を止める。
仕方無く追走しようと接近するとこの砂嵐の中、ゴブリン兵達が甲板に出て砲塔を修理しているのが見えた。
その時マノンは姿を見られたと思い、急いで距離をとろうとするが全く気が付かれた感じでは無い。
ゴブリン兵はそれどころではない様だ。命綱を付けているとは言え、この砂嵐の中を甲板上で作業とか、無理ってもんだ。
そこでマノンに少し欲が出た。
「もしかして、チャンス?」
マノンの頭の中に良からぬ想いが渦巻いた。
工作艇は航行してはいるが、非常にゆっくりとした速度。船体にいくつもある砲撃痕を見ると、恐らく機関部にも損傷があると思われた。
唯一ある砲塔は船首にしか無く、ゴブリン兵が今も修理中である。他に防御兵装として連射砲が2箇所あるが、防塵カバーが被せられていて、風でバタバタしている。これは無防備としか言えないてしょ、とマノンはニンマリする。
そこでマノンは97式に噴射砲を構えさせ、船尾方向から砂嵐に紛れて一気に近付いた。
そこで異変が起きた。
工作艇が突如停止したのだ。
慌てて船体に触れるほどの距離で停止し、船体の死角に機体を隠す。
修理のため止めたのか、損傷で機関が完全に止まったのかは分からないが、これはマノンに「めしあがれ」と言っている様なものだ。
マノンが薄っすらと笑みを浮かべながら、船尾の甲板に機体を上らせた。
甲板上に立った97式。直ぐに警戒するが、この状況になってもゴブリン兵に気が付かれた様子はない。
それならばと、マノンはブリッジに噴進砲の照準を合わせた。
そして発射。
風の影響を受けるがこの距離なら外さない。
ブリッジに着弾と同時に爆裂魔法が発動。
派手に爆発して破片が風で流される。
装甲は殆んどされていない様で、ブリッジが大きく抉られた。
一気にゴブリン兵はパニック状態。
しかし殆んどのゴブリン兵は、周囲からの攻撃と考えて必死に砂嵐の中を探し始める。船尾の甲板上など誰も見ていない。
そこでマノンがとった行動が、船倉を探す事だ。手ぶらじゃ帰れないと考えていた。
しかしそこで、船尾にある格納庫の扉が開き始める。
今度は噴進砲をその格納庫に向けるマノン。
扉が開け放たれると、中にいたゴブリン整備兵らが風で吹き飛ばされていく。
だが強風に飛ばされない者もいた。
装甲歩兵である。
それもハング型ではない。
“クラーケン型”だった。
それを確認したマノンの口から言葉が漏れる。
「まさかクラーケン型なの? でも何でこんなところに……」
クラーケン型とは、ゴブリン軍の新型装甲歩兵のひとつ。まだ試験段階の機種であり、アイナが味方の試験部隊から盗んだ情報であった。
ちなみにコードネームの“クラーケン”とは人族が勝手につけた呼び名で、背中のスラスター形状からきている。
マノンは咄嗟にクラーケン型に噴進砲を発射。
そして直ぐに横に移動。
クラーケンには命中しなかったが、格納庫の奥に着弾した噴進弾は、船尾甲板上をも爆炎で洗い流した。
危うく自滅するところを避けたマノン。
目の前にはうつ伏せに倒れたクラーケン型がいる。動く様子は無い。
格納庫の中を覗くと、酷い有様だった。
他にも装甲歩兵が2体転がっているが、どちらも動く気配はない。パイロットは熱風と爆風にやられたのだろう。
しかしこれでは持ち帰れる物がない。装甲歩兵はさすがに持ち帰りは無理。
そこでクラーケンが持っていた武器に目がいった。
通常のゴブリン軍の装甲歩兵の武器など、大した金にはならないのだが、試験機が持つ武器なら少しは金になるんじゃないかと。
無いよりはましだと、マノンはその見たこともない武器を機体に拾わせた。
そのタイミングで工作艇で警報が鳴り響いた。今更ではある。
仕方無くそのまま帰ろうとするマノン。
そこでふと違和感を覚えて視線を船首側へと向けた。
唐突に視界に現れた1機の装甲歩兵。
緑色に塗られたクラーケン型。
装甲板に紅く描かれた、吸血鬼の牙の様なパーソナルマーク。
異様だった。
どこまでも異様だった。
そこにいるだけで違和感をもたらす存在。
この世のものとは思えない存在感。
“緑の悪魔”と呼ばれたゴブリンエース。
船首側から甲板をゆっくりと歩いて来る。
マノンの頭の中で警笛が鳴り響く。
直ぐに逃げろと。
マノンは機体を全速で後退させる。
後退させながら噴進砲を発射。
緑の悪魔は機体を回転させて、難なくそれを避けて見せた。
噴進砲はそれで弾切れ。
弾倉交換の余裕など無いと悟るマノン。
固定武装の対人用の8ミリ連射銃を乱射しながら、マノンは砂漠へと機体をダイブさせた。
そこで初めて緑の悪魔が銃を連射した。
2点射撃を2回、合計4発。
マノンは空中でその弾丸を受けてしまった。
機体を通して衝撃が2回。
ーーまさか当ててきたの!?
恐らく機体の左腕近辺。
しかし今は確認している余裕など無い。
そのまま何とかバランスを保ち、砂漠に上手く着地。全速で逃走した。
敵は追って来ない。
正直助かったと安堵するマノン。
何とか逃げおおせた様だが、敵のエースパイロットに遭遇とは余りにも不運である。
マノンはその存在は知っていた。人族の間では有名過ぎるほどの存在だからだ。
単機で1個中隊の装甲歩兵を全滅させたとか、やはり単機で重巡艇を立て続けに2隻撃沈したとか、それ以外にも多くの逸話がある。
あくまでも噂だが、話半分としても人族軍からは相当に恐れられていると分かる。
マノンは何度も後ろを確認しながら工作艇から離れて行った。