31話 砂嵐
大隊本部からの緊急連絡、それは出撃命令であった。
『大隊本部から装甲歩兵部隊へーー命令を伝えます。先程、我々が偵察に出した巡視艇が敵の工作艇と接触。戦闘となり敵に被害を与えましたが味方巡視艇は沈没。その後、炎宝山の飛空艇が煙を吐きながら航行する工作艇を発見し追跡中です。その工作艇を撃沈せよとの命令です。詳しくは高速巡視艇が1隻同行しますので、そこで説明を受けて下さい。20分後に港に集合です』
とは言っても噴射ブーツは納品されたばかり。中隊のパイロット達はそのブーツ操作の訓練中であり、それをまともに扱えるのはマノン達だけである。そうなると、この命令の時点でマノン達の出撃は確定である。
それを聞いたマノンが、少し残念そうな表情を浮かべるも、声だけはしっかりと無線に返答する。
『了解、直ぐに向かうわ』
当然アイナとリナが騒ぐ。
「まだ料理食べてないよ〜、あと5分待って、5分で良いから〜」
どうやら出撃しなくちゃ行けないのは理解している様だ。
チーズがのったバケットを必死に頬張るアイナの腕を、リナが引っ張りながら言った。
「こら、いい加減にしろ。遅れたら懲罰が待ってるぞ。ほら、行くよ!」
マノンは若干笑いながらも、自分の機体に滑り込み笑顔でつぶやいた。
「この97式を実戦で試せる良い機会と考えましょうか。さて、どんな性能を見せてくれるのかしらね」
そう言って操縦席のハッチを閉じた。
そして起動スイッチを一旦大きく引くと、一気に押し込んだ。
機体が一瞬だけ激しく振動し、暗かった操縦席内が薄っすら明るくなる。激しかった振動も直ぐに落ち着き、マノンの目の前の計器盤の針が左右に動き始める。それも時間と共に落ち着きを取り戻し、計器類は安定し始めた。
安全ベルトをしながらマノンは嬉しそうにつぶやく。
「スイッチ一発で起動なんて、気持ち良すぎね。さすが新型よね」
そして生命を吹き込まれた97式が、不気味に立ち上がった。
港には高速巡視艇が既に、出港準備を終えてマノン達を待っていた。
船尾部分の甲板の上に、アイナとリナが乗り込み、船首甲板上にマノンが乗り込んだ。
船尾部分には多目的ラックが2箇所あるのだが、この巡視艇のラックはそれだけであり、船首のマノンだけは何の固定器具もない甲板上で、激しい揺れに絶えなければいけなかった。
噴射ブーツは燃費が悪いから自走などしようものなら、何度も燃料を補充しなければいけなくなる。そんな時間的余裕も量的余裕もある訳がない。
アイナとリナの機体が船尾ラックに固定されるのを確認したマノンは、無線で巡視艇の操舵室に伝えた。
『準備は良いわよ、出してちょうだい』
『はい、出港します』
出港してしばらくすると、マノンの無線に巡視艇から連絡が入る。
『マノン・クルーム少尉、私はこの巡視艇102号の艇長のリサ・マキシム中尉、よろしく』
まるで子供の様な声である。
その声を聞いてマノンは、大隊本部での自己紹介の時を思い出す。マノンの頭に浮かんだのは幼女士官だった。
身長は140センチ位で子供の様な外見な上、子供の様な声だった士官だ。
思い浮かべただけで、微笑ましく思えてしまうマノンだが、極力声だけは押し殺して返答する。
『わ、私はマノン・クルーム少尉です。よろしくお願いします』
そこで巡視艇が消息を絶った時の状況を説明された。
敵の工作艇を発見した味方巡視艇は、敵を直ぐに追跡。速度で巡視艇の方が上だった為、あっという間に工作艇に追い付き戦闘に入ると連絡。その連絡を最後に消息が途絶えた。
その後、炎宝山の飛空艇が巡視艇の残骸と、煙を上げながらノロノロと航行する敵の工作艇を発見、しばらく追跡したらしいが砂嵐によって見失ったという。
炎宝山からは飛空艇を何機も飛ばして偵察しているらしいが、未だに見つからない。
そうなると砂嵐の中に入り込んでの、地上での地道な敵探しとなる。もちろん炎宝山からも高速巡視艇を何艇も出しているが、まだ到着まで時間が掛かるだろう。
そして遠くに砂嵐が見えてきた。
あの中に隠れている確率が高い。
しかし砂嵐の範囲は広い上に視界が不良。そんな中で敵を探すのは至難の業である。それに無線が利かなかったりする上に、計器類が狂う事もある。
それで万全の装備で挑む事になった。
噴射ブーツ装着に加え、背中に追加燃料用の増槽を取り付けての長距離行動仕様である。
そこで巡視艇から3機を砂漠に降ろして、さあ出発という段階になって、アイナとリナの姿を見たマノンが無線で2人に伝えた。
『えっと、二手に分かれて行動しましょうか……』
マノンがそんな事を言った理由は、アイナとリナの機体の動きを見れば一目瞭然だった。
そんな事を言われた2人だが、返す言葉に詰まる。
『ええっと、おっとっと……』
『いや、マノン少尉。こんなの直ぐに慣れるから……って、危なっ!』
2人の機体がぶつかりそうになる。
明らかに2人はまだ噴射ブーツに慣れていなかったのだ。そもそも練習さえしていなかったと思われる。
『どう見ても足を引っ張るパターンじゃないの。さては練習してないわね……』
『いや〜、忙しくて……』
『すまん……』
『まあ、良いわ。それなら二手に分かれましょう。私は14時方向へ行くから、2人は12時方向をお願いね?』
『うう……』
『そんな……』
『お願い、ねっ!』
『ふ、ふぁ〜い、仕方無いか〜。でもさ、マノン少尉が戻って来た時には上手くなって驚かせるからね〜』
そうアイナが返せばリナも。
『ああ、分かったよ。12時方向は任せな。2人してじっくり偵察するからさ。丁寧にじっくりとね』
どうやら開き直った様だ。
実際は練習を2人がサボった訳ではなく、単にマノンが異常なほど習熟が早いだけである。
それと新しく納品された97式の整備で、大変だったのもあった。
こうして二手に分かれたマノン達は、砂嵐の中へと入って行った。
アイナとリナの2人は砂嵐の中央を真っ直ぐ進み、マノンは大きく右寄りに進んで行く。
砂嵐の中へと入り込んだマノンだが、思ったほど風は強い訳でも無かった。生身の人間がまともに風を受ければ飛ばされる程の強さだが、装甲歩兵は重量がある分なんとか行動出来る。
ただし時々来る突風にバランスを崩さない様に注意するのと、視界の悪さからくる突然の接敵には警戒が必要だった。
実はマノンは砂嵐の中に入るのは初めての経験で、知識ではある程度知っていたが、早くもその洗礼を受ける事となる。
『何これっ』
マノンは計器盤を見て声を上げた。
計器の針がブレブレで定まらないからである。特に方位計が役に立たないのは困りもので、どこに向かっているのかや帰路も分からない。ただ右へ右へと進めば、砂嵐からは出られるはずだと信じて、マノンは機体を走らせた。
そんな中で、吹き荒ぶ風と砂が機体を叩く音が支配する中、マノンの耳が違和感のある僅かな音を拾う。
それは砂や風が作る音では無い。
金属が擦れる音。
何かが軋む音。
マノンがつぶやいた。
『見つけた……』