30話 補充
マノン達の敬礼に返礼する士官達。
中佐が一人、それに尉官クラスが何人もいる。
そしてそれ以外に下士官何人かが、荷物を降ろす兵士達の手伝いをしながら指揮を執っていた。本部付きの小隊も連れて来たようだ。もちろん女性ばかりだが、士気がしっかりしているところを見ると、懲罰兵ではなく正規兵なのだろう。
「貴官がマノン・クルーム少尉か。私はニーナ・ストリング、今日から火宝山の守備隊を指揮することになった。懲罰大隊ならびに巡視艇部隊も私が取りまとめる。よろしく頼む」
ストリング中佐のたったこれだけ言葉でも、マノンにも分かる。この女士官は左遷されて来た訳では無いと。
鋭い眼。
ヤル気と期待に満ち溢れた雰囲気。
彼女は間違いなく自ら進んで、この第999懲罰大隊に来たのだろうとマノンは確信した。
アイナとリナに言わせれば、ただの「変態」であるとしか思えない。
時々こういう変わった人間もいるというのは、マノンも良く知っている。
しかしそれに連れて来られた兵士達にとっては迷惑でしかない。
女性であるストリング中佐が最前線に出るのは難しい。
簡単に前線に行く方法は、この懲罰大隊に入る事だ。この部隊に入れさえすれば、女性であっても即座に死と隣り合わせの最前線で戦える。そういう流れで来たんだろうとマノンは推察した。
ストリング中佐は、周囲に自分の実力を示したいのだ。女でもここまで出来ると、実戦で証明したいのだ。
マノン達にしたら良い迷惑である。
それとこのストリング中佐は、大隊本部小隊として高射砲小隊を連れて来た。本国の高射砲部隊は殆んど戦闘は無く、かなり安全な地域と言う事で女性兵が沢山いる。そこから引き抜いたのだろう。巡視艇も恐らく同様に本国から引っこ抜いたと思われる。
それにストリング中佐はこの狭い火宝山に、小型の私用車両まで持ち込んでいた。この島では邪魔でしかないのだが、とマノンは首を傾げる。
きっと有力の金持ち貴族の出身なのだろう。
それと恐らくだが、今日来た本部連中は実戦経験は殆んどない。実弾射撃訓練程度のレベルだとマノンは予想した。
こんなヤル気があって能力の無い指揮官が一番困るとマノンは考える。無茶な突撃や戦力差を考えない作戦を、さも上手くいくと考えて疑わない奴ら。結局ツケを払うのは矢面に立つ兵士だ。
戦場で一番邪魔になる種類が、こういった上層部の奴らである。
士官達の簡単な挨拶を終えると、マノン達はさっさと持ち場に戻って行った。
さらに翌日になると、遂にマノン達の注文していた97式が納品された。マノン達は大喜びだ。
それに驚いた事に初めから砂漠仕様である。
それに加えて装甲歩兵中隊に噴射ブーツが与えられた。全機にである。
今までの事を思い出すと、懲罰大隊に居るとは思えない扱いだ。
そうなると翌日からは忙しい。
新しく配属された第1装甲歩兵中隊の第2小隊と第3小隊は、噴射ブーツを装着しての訓練が始まった。
第1小隊であるアイナとリナと中隊本部のマノンはというと、寝る間を惜しんで新しく納品された97式の整備に取り掛かる。その甲斐あってか2日後には動かせる状態に持っていけた。
いつもと違うのは大体本郡に整備小隊が設置されていて、手が掛かる整備や修理をやってくれることだ。それが無ければ2日じゃ無理だった。
今は最後のマーキングをしている最中である。個人識別のパーソナルマークである。
アラクネ部隊の部隊章は型があるから簡単だが、パーソナルマークは個人で違うからそんなものは無い。だから描くのも一苦労である。
マノンはドクロに鉈、アイナは小悪魔、リナはドクロを掴む筋肉質の腕だ。
実はそれら全て、アイナが器用に描いていた。
アイナは塗料が顔に付いた状態で、最後のリナのイラストを描き上げる。
「終わったよ〜」
直ぐにリナが答える。
「サンキュー、アイナ」
そしてマノン。
「おつかれさん。休憩しましょ。何か食べるでしょ?」
朝日が昇ろうかという時間だ。
「やった〜、マノン少尉が作ってくれるんだ〜」
次いでリナも反応した。
「本当かっ、それは久し振りだな」
3人の中で料理がまともに出来るのは、マノンだけであった。しかし最前線に居たら、中々料理など作れるはずも無い。それでマノンの料理に2人の期待は集まる。
マノンは砲弾ケースに隠された、小さなコンテナを取り出しフタを開ける。中には飲み物の瓶やバケットに加え、肉の缶詰等が入っているのが見える。闇ルートで手に入れた品物である。
その中から缶詰をいくつか取り出し、料理を始めるマノン。
空の木箱を並べてテーブル代わりにして、空っぽの軍隊用皿の前で、フォークとナイフを持って待つのはアイナ。その視線は調理をするマノンに釘付けだ。その横でリナは筋トレの最中である。
しばらくすると、木箱テーブルの上に料理が並べられた。
缶詰の肉をワインで煮込んだもの、そして缶詰の野菜を軽く調理を加え温めたもの、それにチーズにバケットと大した内容ではないのだが、今までの懲罰大隊での食事内容からしたら、雲泥の差であった。これは数カ月ぶりのご馳走である。
特にバケットとチーズは、そう簡単には手に入らない品物。彼女らが手に入れられる品物は、ビスケットと呼ばれる固いパンや兵士に支給される乾パンと、変な臭いのするチーズモドキくらいだ。
料理を運びを終え、よだれを垂らすアイナに加えてリナも席に着く。
そこへマノンが何かを持ってやって来た。
手に持つのは瓶が3本。
それを見つけたアイナが、真っ先に声を上げた。
「ラムネ!」
次いでリナもまた、視線をマノンに移して声を上げた。
「ラムネじゃね〜かっ。そんなもん出して良いのかよ!」
「まあ、長く仕舞って置いても仕方ないでしょ。それに、不発爆弾の件もあるし……ね」
そのマノンの言葉を聞いて、二人は黙って小さく頷く。
独特の形の瓶に入った甘い炭酸水、レモネードサイダー。別名ラムネである。
懲罰大隊では、まともな食事以上に手に入り辛い食材に“甘味物”がある。甘い炭酸水であるラムネもそのひとつであった。
調達屋のアイナでも、中々手に入らない品物のひとつだ。それが3人分となると贅沢この上ない。
かなり前に手に入れたラムネを飲まずにすっと保管して置いたのだ。アイナとリナはそういった“取って置く”という考えが無い。
マノンがラムネを2人に配り席に着き、口を開いた。
「今日は滅多に手に入らない食材を使った、贅沢な食事会よ。楽しみましょう。性能の良い機体も手に入ったし、またこれからも自由を目指して稼ぎまくりましょう。かんぱ〜い!」
ラムネで乾杯すると、それを一気に口に流し込むアイナ。そして……
「甘~いっ、美味しい〜〜げっふぅっ」
するとリナ。
「きったないな〜もう、ゲッフゥ」
笑い出すマノン。
「もう〜2人とも行儀悪いわね……うぷっ」
聞き逃さないアイナ。
「あっ、ね、ね、リナ、今の聞こえたよね。今の聞いたよね〜っ、今のマノン少尉のゲップだよね〜。絶対そうだよね?」
「確かに聞こえた聞こえた。間違いなくマノン少尉のゲップだな。何か可愛らしくしたのがちょっと許せないけどな」
するとマノンが反論。
「違うわよ。今のはちょっとムセただけ、ゲフ……」
慌てて口を押さえて視線を泳がすマノン。
一瞬の間を置いて爆笑に包まれた。
「もう、ほらっ、いつまでも笑ってないで、折角の食事が冷めちゃうでしょ。早く食べましょ」
マノンのその言葉でやっと食事が始まった。
「うっま〜い!」
「やっぱマノン少尉が作る料理は旨いな。それにバケットとチーズ、天国かよっ」
食べ始めてまだ5分も経過しない頃。朝日が地平線を明るく照らし始めた時間帯。
マノン達の格納庫の無線に、大隊本部からの緊急連絡が入った。
書き溜め出来たので投稿してみた。
ただ、余りストックは無い。