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3話 出撃準備










 マノンは真っ先に部隊長の天幕へ報告に行く。

 

「マノン軍曹、報告に来ました」


 そう言ってマノンは天幕の中で敬礼をする。

 中には小さな机がひとつと幾つかの椅子があり、そのひとつの椅子には中年の女が略地図を見ながら座っていた。その側には若い伍長が一人いるだけだ。

 その中年女は、この第999懲罰大隊の隊長であるシャンタル・ギメ大尉であった。数か月前にこの懲罰大隊に配属になった将校である。軍規違反で補給部隊の少佐から降格された士官の一人である。違反罪状が敵前逃亡未遂であることは、隊内でも有名な話であった。後方で補給物資を輸送中に魔物に襲われ狂乱し、逃げ出そうとした所を部下に押さえられたらしい。しかしながら家柄が高かったために裏取引があったようで、貴族身分の剥奪はくだつまぬがれ、階級もワンランク降格で済んでいる。

 ちなみにこの第999懲罰大隊、別名アラクネ部隊だが、師団司令部直属の大隊として任務に付いていて、独立大隊に近い存在となっている。


 懲罰部隊に配属時、貴族なら身分は剥奪はくだつされ階級も大きく落とされる。平民の場合は最悪、階級さえ剥奪はくだつされる。二等兵以下である。その為、規定よりも低い階級で役職に付いていた。

 マノンは現在軍曹の階級で中隊長を任されている。彼女は元々大尉の階級で、後方の兵站任務を任されていたらしい。そこで作業用の機動歩兵を使っていたことから、その操作を覚えたという。そして何かしらやらかして、軍曹の階級でこの懲罰大隊にいることになる。それと彼女は元貴族でもある。


 マノンが敵情の報告をする。


「ナーカヌの街ほ完全にゴブリン軍に占領されて入る余地もありません。今は中隊規模のゴブリン装甲歩兵部隊によって占拠されています。それと帰りにゴブリン装甲歩兵の斥候6機と遭遇し、これを殲滅せんめつ。我が方の被害は89式を破壊され戦死1名、補充で来たばかりの兵です」


 するとギメ准尉はつぶやくように言った。


「またいつものメンバーだけが生き残りなのね。まあ良いわ。次の命令よ。あなたの中隊でボンゴ村の手前の川に掛かる橋を占拠しろとの命令よ。2時間で出発して」


 それを聞いたマノンが直ぐに反論する。


「待って下さい。我が中隊は規定の半数ほどしか装甲歩兵がありません。ボンゴ村には敵が1個中隊駐屯しているとの報告もあります。さらに橋の守備隊を考えると、せめてもう1個中隊の戦力を加えてもらえませんか」


 実は戦力が足らないだけでなく、兵達の疲労が頂点まできていて、まともに戦える状況ではなかった。だかそんな事を言えるはずもなく、マノンは別の言い方をしたまでだ。

 ちなみにマノン中隊は、兵士12名で装甲歩兵は10機しかない。通常なら兵数26名と装甲歩兵26機が規定ではある。しかし規定数未満なんていうのも、懲罰部隊では当たり前のことである。


 しかしギメ准尉は無情に返す。


「増援に関しては上に話は通ってるけど、いつものように期待はしない方が良いわね。それから私に文句を言っても始まらないからね。これは上からの命令なのよ?」

 

 上からの命令。それには逆らえない。この懲罰部隊での反抗は、即刻死刑となるからだ。


 マノンは「了解しました」と言って天幕を出た。


 歩きながらマノンは考える。

 マノン中隊は疲れ切っている上に、士気も低いし装備も貧弱。そんな部隊を率いて敵が守る橋を奪取しろという。

 橋の守備隊の規模は恐らく、1個小隊のゴブリン部隊が守っていると思われる。当然重火器は用意してあるだろうし、ボンゴ村から橋までは1キロ程の距離である。

 そのボンゴ村もゴブリンの勢力下にあり、その村には1〜2個中隊が駐屯していると思われる。こちらは装甲歩兵部隊であろう。それでマノン中隊が橋を占拠しようとすれば、当然村から増援が来る。

 今のマノン中隊の戦力を考えると、間違い無く大損害となる。

 しかし命令には逆らえない。


 マノンが中隊の野営地に来ると疲れ切った兵士達がそこにいた。

 装甲歩兵を風よけ代わりに囲いを作り、その中で寝泊まりするのがこの懲罰中隊のスタンダード。

 その中央付近では幾つかの焚火にあたりながら白湯をすする兵士、げっそりと痩せた身体を丸めて毛布に包まる兵士。誰もがやつれた顔をしている。まるで貧民街の住人のようだ。天幕も与えられず、地面に直接寝るのが当たり前の部隊。

 時々欲情した男兵士が来ることもあるが、この姿を見て立ち去るくらいだ。

 マノンは敢えて姿勢を正して声を掛けた。


「2時間後にボンゴ村の橋を奪取しに行く。今の内に全員食事は取っておきなさい」


 それだけ告げて立ち去った。

 その時の兵の表情はいつものように冷めていた。こういった命令にはすでに慣れているからだ。ただマノンが居なくなると、中隊の女性兵士達は愚痴をこぼす。


「早い話、死にに行けって命令でしょ」


 その言葉に反応して別の兵士も言葉を口にする。


「私ら懲罰部隊の命なんてさ、虫けらより軽いからねえ」


 無駄口を言っても仕方無いのは理解していても、言わずにいられないのだろう。文句を言いながらも彼女らは、残飯で作られた様な臭いのするスープを温めるのだった。




 中隊長であるマノン軍曹が再び中隊野営地へとおもむいた時には、中隊の兵士12人全員がほぼ準備を終えていた。

 もちろん89式装甲歩兵の準備も整っている。とは言っても、数種類の旧式パーツが入り交じっているし、武器も相変わらず25ミリ自動短砲がメインとなっている。マノン中隊で一番強力な武器と言うと、二線級武器である3式投射砲が1門と、その弾薬が数発あるだけであった。

 それに機体も10機しか無い。12人の人数に対して2機足りていないのだ。あぶれた2人は装甲車両に乗って、予備の弾薬など物資の輸送に従事する事になる。ただ、装甲車両は真っ先に狙われる。

 幸いなことに、先ほどの戦利品であるゴブリン製の盾のいくつかが戦列に加わっていた。これで少しは被害が減るだろうと、マノン軍曹は少し安堵していた。

 そんな中、見慣れない武器を持った89式が目に入り、マノンはその機体の前で立ち止まる。

 前面装甲部に大きく小悪魔のイラストが描かれている機体。

 アイナの89式25ミリ自動短砲である。







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