27話 空母だった
マノンが観念した雰囲気を出したので、グラーフ中将は慌ててフォローする。
「待て待て、何を勘違いしている。我々はあの場所で敵の陸戦艇が沈んだ理由を知りたいだけだ。君達の行動を咎めに来たのではない。だから何を見たか教えてくれ」
それを聞いたアイナとリナが顔を見合わせる。想像してた展開と違うからだ。
お互いに「どうする」とか「説明して」とか、小声で言いながらつつき合っていると、マノンが代わりに返答を始めた。
「分かりました。私達はあの現場を遠くから偵察していました。火宝山にも戦火が飛び火しそうな距離でしたからね。しかし敵部隊は火宝山は戦力的に眼中に無かった様で、こちらからは隙だらけでして、簡単に敵部隊の奥へと侵入出来ました。それを命令違反としないならばお話しいたします」
「火宝山守備という命令の範囲だったと、ワシが認めるよ」
「ありがとう御座います。それではお話しします。私達は輸送艇で偵察をしていましたーー」
そこでマノンは、思い出すかの様な振る舞いで説明を始めた。
「ーー確か最初に駆逐艇が沈んだ原因ですが、味方の97式装甲歩兵の突撃攻撃でした」
グラーフ中将はそれを直ぐに否定する。
「いや、報告によるとその小隊は全滅したと聞いたぞ」
マノンはわざとらしく、大きく首を横に振って言った。
「いいえ、少し違います。全滅する前に2機がロケット弾を撃ち込んています。その最後のアガキとも言える攻撃が、功を奏したんだと思います」
「ロケット弾命中したのか、敵の陸戦艇に……」
「はい、その通りです。敵の駆逐艇2隻に、それぞれ1発ずつが命中したのです!」
グラーフ中将は驚き顔だ。
「そ、それで撃沈したのか……」
「はい、遠くから見てたんで何とも言えませんが、恐らくそのロケット弾の命中で撃沈に至ったんでしょう。なんせ対陸戦艇用のロケット弾です。駆逐艇なら1発で撃沈出来ますから。しかし敵の駆逐艇の防御砲火で、敢え無くその2機の97式装甲歩兵は撃破されました……残念です。実に見事な最後でした。それで2隻の駆逐艇が沈んだものですから、砂漠に散ったゴブリン兵の救助が始まる訳です。その救助を行ったのが近くにいた大型の揚陸艇でした。しかしその大型揚陸艇は、駆逐艇の2度目の爆発に巻き込まれまして、積んでいた飛空艇に火が引火してーー」
マノンの話が乗ってきた所で、グラーフ中将が話の途中で割って入った。
「ちょっと待ってくれるか。大型の揚陸艇? それは空母ではないのか」
「「「は?」」」
アイナとリナとマノンの言葉がハモった。
グラーフ中将が補足する。
「偵察した飛空艇によると、沈没していたのは2隻の駆逐艇と飛空艇の空母が1隻だと報告が上がっている」
マノンは焦る。
大型の揚陸艇だと思っていた陸戦艇が、まさか空母だったとは思いもしなかったのだ。それに空母と言ったら機動戦隊の要である。それがあんなにも簡単に沈没するものかと、疑問を抱かずにはいられなかった。
マノンは口を半開きのまま固まったのだが、グラーフ中将と目が合うと、強引に表情を戻してマノンは言い直す。
「閣下、失礼しました。揚陸艇ではなく空母ですね。なんせ遠くから見たので良く分かりませんでしたが、言われてみれば空母でした。完璧に空母でした」
「う、うむ、話を続けたまえ」
「はい。その空母ですが、甲板……飛行甲板上の飛空艇に、駆逐艇の爆発の火が引火して火災が発生しました。それが燃料に引火して火災は広がり、最終的には飛空艇用の爆弾に燃え移り誘爆です。凄まじい爆発でした。その後に我々はあの辺りへ向かい、装甲歩兵の生存者を探したんですが、生き残りは居ませんでした」
そこまで言ってマノンは、チラリとグラーフ中将の顔色を伺った。
信じてくれている様だった。
「そうか、分かった。自らの生命と引き換えに、97式装甲歩兵の小隊が3隻もの陸戦艇を撃沈したってことだな。それは2階級特進させねばならんな。しかし1人も助からなかったのは非常に残念だ」
そう言ってグラーフ中将は一旦視線をマノン達に合わせると、3人を哀れそうな目で見回した。
「ええと、マノン・クルーム少尉。何か必要なものがあったら言ってみたまえ。ワシの出来る範囲でなら何とかするぞ」
実はグラーフ中将には娘が居て、ちょうど彼女達と同じ位の年頃であった。早い話がボロボロの制服の彼女らを見て、放って置けなくなったのだろう。それに報告の礼もある。
アイナとリナは「へ?」という様な顔をするが、マノンは内心「良し!」と思い、やつれた表情を作りつつ答えた。
「閣下、御心のある御言葉に感謝致します。しかしながら私達は懲罰部隊に席を置く身。その様な心遣いは必要ありません……と言いたい所ですが、懲罰部隊と言えども私達は兵士です。せめて戦える武器があれば師団にも貢献出来るかと思います」
マノンは上手い事言えたんじゃないかと確信した。
「そうか、立派な心掛けだな。貴官が懲罰部隊にいるのが悔やまれるよ。良し、武器や装備は何とかしよう。早急に送らせる。今後、貴官達の活躍に期待しているぞ」
マノンは小さく「良し」と拳を握る。
そしてグラーフ中将は去って行った。
彼らの乗る陸戦艇が見えなくなるとマノン達3人は、大きなため息をついてその場に座り込んだ。そして、ギリギリバレなかったと安堵し、さらには武器の補充も確約出来たと喜んだ。
そこへ護衛艇無しの1隻の武装輸送艇が接岸する。
それこそ取り引きする相手である、補給部隊の兵士の乗る輸送艇だった。
取り引きの結果、多数の弾薬と燃料と交換出来た。さらにサルベージした97式は、高い値で引き取ってくれるそうだ。97式は1戦で活躍している装甲歩兵だ。それだけ需要がある。破壊されてはいるが、3機分の使えるパーツは十分金になる。
しかしマノンはそこで考えた。
「ねえ、この97式、動けるように出来るかしら」
すると取引相手の男が言った。
「ふ〜ん、そうか。考えてやっても言いけどな……ふへへへへ」
そう言ってマノンの全身を舐めるように見回す。
そこへリナが金属のパイプを持って登場。
男とマノンの間に割って入る。
「おい、こら。変な目で見てんじゃねえぞ。ここ、潰されたいか?」
そう言って金属パイプで男の股間を差した。
男は股間に両手を当て慌てて言った。
「冗談だよ、冗談。ははは……えっと、そうだな、実は97式の予備パーツを積んでいるんだよ。それを使えば1機なら修理可能だと思う。ただしそのパーツを横流しするとなると、ちょっとばかりリスクがある。安くはないって事だ。それでも良いか?」
そこで話し合いと交渉が始まった。
1時間後、話し合いは終了して取引相手は武装輸送艇で帰って行った。
結局マノン達は修理して97式を使うのでは無く、工場からロールアウトしたばかりの新品を3機、横流ししてもらうことになった。どうせなら3人全員で97式に乗りたいと考えたからだ。
それには当然リスクが生じる。装甲歩兵3機も横流ししてもらうのだ。当然の事だがあちこちに多額の賄賂は必要。それは金に物を言わせて解決することにした。金なら商業ギルドの金貨がタップリあるからだ。最低限の金を残しておけば何とかなると、マノン達が考えての結果である。
それに金はまた稼げば良い。
それよりも、首輪を外す前に死んでは意味が無い。その為には性能の良い装甲歩兵も必要という考えだった。
それで注文したは良いが、兵站部の正式な納品書が必要となった。それがないと後々調べられたらボロが出てしまうらしい。そこでまた金が掛かってしまった。
結局、予想以上に金を使ってしまったマノン達は、慌てて金を稼ぐ方法を考える事になる。
撃沈事件から数日すると、敵の陸戦艇部隊が完全に撤退した様だと報告が入った。
マノン達のいる火宝山にも束の間の平穏が訪れた。
それに伴い守備隊の男達は、改めて移動が決定したのだった。