23話 97式装甲歩兵
翌日の夜明け近く、火宝山に警報のサイレンが鳴り響いた。
マノン達が外を見ると、地平線の彼方に朝日に照らされた幾つもの船影が薄っすら見える。集結していた敵の陸戦艇部隊である。
しかし敵の陸戦艇部隊の上空では、既に激しい戦闘が繰り広げられていた。炎宝山から飛び立った爆装の飛空艇隊である。
だが敵も迎撃機を上げており、そう簡単には爆弾を命中させてはくれない。
さらに地上からは、砂漠戦用の噴射ブーツを履いた装甲歩兵が、砂の上を縦横無尽に動き回っていた。
残念ながらマノン達にはそれが無い。
しかしながらその噴射ブーツは、操縦がシビアな上に燃料を多く食う。早い話、取り扱いが難しい代物。誰もが扱えるようなものではなかった。そもそも懲罰大隊になど支給されるはずもない。
そこでマノンは噴射ブーツを手に入れる作戦を立てた。ブーツがあれば砂漠にも出られるからだ。
先日の敵襲撃で被弾した輸送艇を使って戦場に近付き、撃破された味方装甲歩兵から奪うというもの。良く言えばサルベージだ。
早速その輸送艇に装甲歩兵を載せて、火宝山を出港したマノン。もちろん輸送艇は火災の跡が残り、見るからに浮いているだけの艇といった偽装も施した。
火宝山の指揮は守備隊の小隊長である男性少尉に任せ、マノン達は戦場へと向かう。
船影が見えてきた所で輸送艇をゆっくりと漂わせ、火災跡からは煙も出させた。
陸戦艇の底部には飛空艇と同じ浮遊石が入っているので、撃沈されても燃料が少しでも入っていれば浮く事は出来る。だから破壊された陸戦艇が戦場をフラフラする光景は珍しくないと言う訳だ。
それで戦場に近付く作戦だ。
その直ぐ先の上空では、敵と味方の飛空艇が派手に空戦を繰り広げている。その下でも敵の陸戦艇部隊と味方の突撃艇部隊が熾烈な戦いを見せている。
今のところマノン達の輸送艇には、全く気が付いていない様子。一応マノン達は甲板上で偽装網を機体にかけて待機し、いつでも出られる用意はしている。
煙が立ち込める砂漠をゆっくりと進んで行く姿は、まるで幽霊艇だった。
敵の陸戦艇が間近に見えてくると、マノンは輸送艇の操舵手に無線で伝える。
『ゆっくりでいいから、ギリギリまで近付くのよ』
その言葉に乗組員は青ざめつつ、輸送艇はユラユラと進む。そして窪みに船体を入れて輸送艇の艇長が言った。
『これ以上は危険です。ここまでで勘弁して下さい』
マノンが言い返えそうとしたところで、こちらに近付いて来る陸戦艇が目に入った。敵の護衛艇である。
それも防御用の火砲類が向きを変え始めている。
一瞬見つかったかと思うマノンだが、少しばかり様子が違う。直ぐにマノンは後方を確認すると、味方の装甲歩兵が真っ直ぐにこちらに向かって来ていた。
噴射ブーツを取り付けた6機の97式装甲歩兵だ。マノン達とは違う、第一で線配備される機体である。
マノン達の輸送艇は、ちょうど味方の97式と敵の護衛艇に挟まれた形となってしまった。こうなると下手に動けず、様子を見るしかない。
どうやら97式6機は、護衛艇にロケット弾攻撃を試みる様だ。恐らく対陸戦艇用のロケット弾を使うのであろう。
しかしそれはマノン達にとっては、噴射ブーツが手に入るチャンスでもある。6機全機が無傷は有り得ない。撃破された機体から奪える。それほどまでに、敵の護衛艇の防御砲火は甘くはないということだ。
97式6機が敵護衛艇に突っ込んで行く。
それに合わせる様にいつの間に来たのか、上空の3機の味方飛空艇が急降下。
それに対して護衛艇は、13ミリ連射銃と25ミリ連装連射砲を撃ちまくる。遅れて主砲の75ミリ砲も発射。
だがそれらは全て、97式装甲歩兵へと向けられた。飛空艇は完全に無視である。
予想と違ったのだろう。
あっという間に2機を失った97式は、攻撃を諦めて急旋回。そのまま進路を変えて離れて行く。
その間に飛空艇が爆弾を投下。
もちろん護衛艇に当たるはずも無く、無駄に砂を巻き上げるだけだ。
さらに逃げた97式4機には、それを追い掛けるように護衛艇の防御砲火が集中した。
必死に逃げる味方を見て、アイナが無線でつぶやく。
『重い武器は捨てて逃げれば速度出るのに、あいつらはおバカさんだね〜』
対陸戦艇用の武器は重い。それを担いだままではやはり動きが鈍くなるのは当然だ。だからアイナの言葉は正しいのだが、97式のパイロットにしたら、それを捨てたら陸戦艇への攻撃方法を無くすことになる。それは避けたいのだ。
必死に逃げ回る97式4機だったが、立て続けに2機が25ミリ連射砲の餌食となる。
残った2機は観念したのか、突然急制動してクルリと回転。ロケットランチャーを護衛艇へと向けた。
そして97式の2機がロケット弾を発射。
しかし発射した瞬間に、その2機は防御砲火でズタズタにされた。
そして死と引き換えに放ったロケット弾2発は、敵の護衛艇へと真っ直ぐ飛んで行く。
護衛艇が回避行動をとろうとするが、最早それは遅かった。
2発の内の1発が護衛艇の主砲塔に命中。もう1発は砂に埋もれて、砂塵を舞い上げるに留まる。
だがその距離で命中させた事にマノンは驚く。
『結構な距離だったのに凄いわね、あれは執念の命中ね』
残念なのは主砲のひとつは破壊したが、被害はそれだけで終わりそうな事だ。砲塔は吹っ飛び甲板に穴は開けたが、火災が起こるわけでもなく、弾薬が誘爆するわけでもない。
結果、一矢報いたかどうかは微妙なところだ。
さて問題はここからである。
装甲歩兵が砂に沈む前に、噴射ブーツを回収しなくてはいけない。
『今よ、あの装甲歩兵の所に近寄って!』
マノンの命令に再び青ざめる艇長が、恐る恐る無線で返す。
『し、しかしですよ、敵の陸戦艇がまだ――ひっ!』
途中まで話した所でマノンは、鉈を操舵室の視界を遮る様に出した。そして乗組員の目の前で、アースシェイクの魔法を発動させてみた。
一瞬だけ鉈の刃の部分が、ブーンという不気味な音と共にブレる。
そして空のカートリッジが甲板上に転がった。
身体を仰け反らして慄く輸送艇の艇長と乗組員達。
艇長は恐怖で口から言葉が出ず、必死に顔を振って操舵手に発進を告げる。
操舵手も震えながら出力を上げていく。
そこでマノンが再び指示を出す。
『煙幕を全包囲に発射しなさい』
やっと言葉を口に出せる様になった艇長が、直ぐに命令を出す。
するとポンッポンッと小気味よい音を響かせて、煙幕弾が周囲へと散らばった。煙幕弾は砂に埋もれても尚、煙を出し続ける。
『今よ、あの97式が砂に沈む前に近付いて。急いで!』
この時点でもう、この輸送艇はマノンの思うがままに動く様になっていた。逆らう者など誰もいない。




