21話 空挺降下
4日ほど経った頃、引き継ぎで残った守備隊が翌日に引き上げる事が知らされた。
1個小隊、約30名ほどの兵士だ。
たったの5日の間だけ懲罰大隊と任務が重なっただけなのだが、幾つものカップルが出来上がっていた。もちろん懲罰大隊にそんな事は許されないので、どのカップルもバレない様に必死だった。
元々男からは人気のあるアイナだが、砂ヘビの呪いのせいでそんな浮ついた話がある訳がない。逆に腫れたまぶたや下唇を気味悪がられて、誰も近寄らなかった。
筋肉の塊のリナも当然そんな話は無い。
本当はあったらしいが、口説いてきた相手を投げ飛ばしたと言う話だ。
そして意外と美人と評判のマノンだが、少尉という階級の為か誰も近寄らない。
いや、一人だけ例外がいた。
ジョシュである。
マノンにからかわれたあの少年だ。
どうやらジョシュ少年はマノンに恋をしたらしい。ちょうど年上女性に憧れる年頃だ。
何かと理由を付けてマノンに会おうとしたり、話をするきっかけを作ろうとしていた。
「マノン少尉、こ、これ、たまたま手に入ったワインです。よ、よろしければ、あの、どうぞ飲んで下さい」
そう言いながら、ワインを両手で差し出してきたのはジョシュ少年だ。上目遣いでチラチラとマノンを見てくるその姿には、マノンがとおに無くした初々しさがあった。
「ジョシュだったね。ありがとう。飲ませてもらうわね」
マノンは遠慮なく受け取ったが、もうからかったりはしなかった。逆に忘れかけていたものを思い出させてくれた様な気さえした。
ただ、そばにいた砂ヘビに噛まれて下唇オバケのアイナがヤジを飛ばす。
「良いなあ〜、そんなに若い男見つけてさ〜」
その顔にとやかく言われたくないと思うマノン。
さらにリナ。
「まさか、未成年者……犯罪にならないんですか? あ、もう犯罪者だったか、ははは」
ブラックすぎる冗談である。
たがマノンと少年はそれ以上の関係にはならなかった。マノンが少年をそういった目で見ていなかったからだ。
そしてジョシュ少年とマノンの関係は、平行線のまま5日目を迎えた。それは守備隊との引き継ぎが終了する日、つまりこの地から彼らが立ち去る日だ。
その日の朝、港に輸送艇が到着した。
守備隊を別の地へ輸送する為の陸戦艇だ。
1時間後に出港予定である。
だからと言って、見送りなど懲罰大隊には認められてはいない。当然のことながら懲罰大隊の兵士達は、各々の守備配置に付いたままである。
そんな折、火宝山周辺にサイレンが鳴り響く。空襲警報のサイレンだ。
制空権は人族軍がとっていると聞いていたマノンは、直ぐに「どういう事?」と頭に浮かぶ。
島からは激しい対空砲火が撃ち上げられた。
その砲火の中を3機の飛空艇が、編隊を組んで急降下して来る。
地面が近付くと急降下したその3機は、今度は急激に上昇に切り替える。
そして胴体下から黒い物体をパッと解き放つ。
爆弾である。
爆弾は港の輸送艇に向かって落ちて行く。
激しい爆発音。
爆裂魔法の呪符らしい。
そして地響き。
輸送艇への攻撃。それは守備隊への被害に直結する。
マノンの脳裏に、ジョシュの上目遣いした時の顔が思い浮かぶ。
するとマノンは「ああもう、仕方無いわね」とつぶやくと、待機所から飛び出した。
そして地下格納庫に到着すると、直ぐに装甲歩兵のコクピットへ飛び込んだ。
そこで整備をしていたアイナが尋ねる。
「あれ、マノン少尉、どこへ行くの?」
同様にリナもまた。
「おい、おい、外は空襲だぞ。飛空艇相手にどうする気だよ」
マノンはそれらには答えずコクピットに飛び込むや、急加速で格納庫から機体を発進させた。
外に出て空を見上げると、敵の飛空艇が対空砲火を縫うように飛び交い、次々に爆弾を落としていた。火宝山は廃鉱跡を地下要塞化した場所なので、そう簡単に破壊はされるほどヤワではないと分かって入るが、やはり心配にはなる。
マノンは視線を炎宝山の空の方に移す。
すると空が赤い。火の手が空を赤く染めているからだ。間違いなくここよりも激しい空襲だろう。
だか向こうは味方の飛空艇基地がある。当然迎撃機が舞い上がっているはず。反対にこちらは対空砲しか迎撃する手段がない。
完全に敵の一方的な攻撃だった。
マノンは港に装甲歩兵を走らせた。
輸送艇の停泊場所だ。
――無事であってくれ!
マノンが敵の攻撃を掻い潜って港へ到着すると、輸送艇が見えてきた。
港から数百メートル離れた所だ。
出港して直ぐに攻撃されたようだ。
船尾から火の手が上がっていた。
輸送艇は回避行動をとりながら、火災状態のまま走り回っている。甲板上で船員が脱出艇の準備をしているのが見える。
輸送艇の周囲の砂漠には、早くも砂カニや砂漠トカゲが集まり始めている。砂地に人が落ちようものなら、集団で襲い掛かって食おうというのだ。
かと言って助けようと装甲歩兵で砂漠に下りると、あっという間に砂の中に沈んでしまう。砂漠の殆んどの場所が流砂となっていて、陸戦艇でないと砂の中に飲み込まれてしまう。これも砂の中に砂ミミズの移動空洞が出来る為だ。それで砂漠は流砂となる。
マノンはそんな燃える輸送艇を見ているたけで、何も出来ないでいた。
そこへ新たな敵の大型飛空艇の編隊が現れた。
マノンはそれを確認すると、直ぐに広域チャンネル無線で警告した。
『新たに大型飛空艇の編隊が接近中。きっと空挺降下部隊よ。降下する前に撃ち落として!』
その無線を流して直ぐに、味方の砲火が敵の大型飛空艇へと向けられていく。
しかし敵の戦闘飛空艇が低空飛行して、地上へ銃弾を浴びせて邪魔をする。
そんな事をしている内に、敵の空挺降下が始まった。
空挺降下してきたのは敵のハング型装甲歩兵だった。
しかし火宝山はそれ程広い場所ではない。空挺降下しても、かなりの数が砂漠に落ちて砂に飲み込まれるとマノンは予想した。重い装甲歩兵なら尚更である。
その間に輸送艇では脱出艇の準備が始まっていた。
そこで輸送艇にジョシュを見つけたマノンは安堵した。
――良かった、無事ね
次の瞬間、パラシュート降下して来たハング型が輸送艇の上空で逆噴射。そのまま甲板に降り立った。
砂漠に落ちて砂に埋もれると思っていたマノンだが、まさか輸送艇の上に降りるとは思ってみなかったのだ。
マノンは焦る。
ジョシュがまだ輸送艇に乗っている!
何か良い方法はないかと周囲を見回す。
すると味方の巡視艇が砂漠を走り回りながら、降下して来る敵を迎撃しているのを発見した。
その巡視艇が上手い具合に、港の近くを動き回っている。
マノンは機体を加速させる。
港の突出部へと疾走する。
味方巡視艇とマノンの機体が並ぶ。
巡視艇の乗組員がマノンの89式に気が付き、何をする気だとばかりに注視している。
港の突出部を越えたらその先は砂漠の海だ。
マノンの機体はその突出部でブースターを噴射した。
巡視艇の乗組員は驚いて「あっ」と声を上げる。
陽の光に照らされた89式が空を駆ける。
そして巡視艇に激しい衝撃。
巡視艇の乗組員の視線が後部甲板に集まった。
そこにはマノンの89式が着地していた。
機体には第999懲罰大隊の部隊マークの他に、パーソナルマークのドクロに刺さった鉈の絵が、小さく描かれていた。
近くからでないと分かりづらいが、この距離なら乗組員でも見える。
それを見た乗組員の一人が叫んだ。
「し、死神の一人が甲板に乗り移ったぞ!」
そこで直ぐにマノンは機外スピーカーを使う。
『私はアラクネ部隊のマノン少尉。あの輸送艇の敵を攻撃する、協力しなさい。これは命令よ!』
巡視艇の艇長は大抵が軍曹以下。つまりマノンの方が階級が上である。その事をマノンは知っての言動だった。
巡視艇の艇長は慌てて操舵手に指示を出す。
すると急激に船体が傾いて、船首が輸送艇へと向けられた。
輸送艇に取り付いたハング型が、向かってくる巡視艇に気が付き武器を向けた。