20話 砂ヘビとの戦い
砂漠のど真ん中に位置するこの鉱山地帯には、炎宝山と呼ばれる鉱山がある。
この炎宝山では魔石や希少金属が採れ、軍としては絶対防衛地点に定め、防衛基地を築いていた。
そんな絶対防衛地点なのだが、難点がひとつある。それは敵の支配地域の直ぐそばにあることだ。
その為、敵の陸戦艇もこの辺を良く動き回り、味方の輸送艇が頻繁に襲われている。
そんな場所に連れて来られたマノン達。
こらからしばらくは、この地が彼女らの駐留地となるのだった。
陸戦艇の船倉の窓から鉱山地帯が見えて来た頃になって、やっとギメ大尉からマノン達に行き先だと告げられた。
「窓から見えたと思うけど、ここは炎宝山基地の近くよ。ここで一旦下船して乗り換えるわよ。準備して置くように。以上よ」
ギメ大尉はそれだけ言うと、さっさと船倉から出て行った。
そこでマノン達は疑問に思う。彼女らはてっきり炎宝山に駐留するものと思ったからである。しかしギメ大尉は“乗り換える”と言った。つまりここじゃないところへ行くと言うことだ。
30分程すると炎宝山に到着。懲罰大隊の兵達はそのままフラフラと下船すると、ギメ大尉の指示のもと、近くに停泊していた小型の輸送艇に乗り込むように言わる。そして何処へ行くのか不安な気持ちのまま、今にも朽ち果てそうな音を立てて、そのオンボロ艇は走り出した。
その方向には小さな火山が見える。恐らくその火山に向かっているのだろう。
そこでやっと懲罰大隊の任務が、ギメ大尉から艇内放送で伝えられた。
『大隊長ギメからアラクネ部隊に連絡。私達は前方に見える場所に向かっているわ。火宝山と言う山のあるオアシスよ。その火宝山基地に駐留する事になったの。それで到着したら現地の守備隊と交代するように言われているのよ。詳しくは現地に着いてから説明するわ。下船の準備をしておきなさい。以上』
火宝山とは炎宝山の近くの鉱山なのだが、今は廃鉱となっていて無価値だ。しかし炎宝山に近い為に、敵の手に渡す訳にもいかず、こうして守備隊を置いている。
懲罰大隊が降り立つと、気力を無くした様な先程まで守備隊だった兵士達が、別の輸送艇に乗り込んで行くのが見えた。時々懲罰大隊の女性達をチラチラ見るが、距離があってその表情までは分からない。
しかし守備隊全員が引き上げる訳ではなく、1個小隊ほどの兵士が引き継ぎが終わるまで残る予定である。もちろん全員が男。
懲罰大隊の女性達はそれを聞いて浮足立つ。髪の毛をとかしたり、服装を整えたりと身だしなみを気にし始めた。
だが案内役と言って目の前に立った男を見て、誰もが幻滅した。
そこに立つのは、どう見ても浮浪者にしか見えないおっさんだったからだ。
突撃兵の一人が思わずつぶやく。
「なんか、くっせ〜ぞ」
それもそのはずで目の前に立つ男は、シャワーもろくに浴びていない身体だからだ。
臭いと言われた男が口を開いた。
「火宝山守備隊、ショーン・クサノ伍長、案内役です。こんな格好ですいません。この火宝山には水がありません。臭いのは我慢して頂きたい。早速ですがギメ大尉、ご案内致します」
この男、水が無いと言った。
そう、この周辺からは水が湧き出さない。周りは砂漠という立地条件では、水を得るには炎宝山まで行くか、魔法で水を作り出さないといけない。だからシャワーなどに使う様な贅沢な水も無く、伍長は臭かったという訳だ。
ギメ大尉はマノン達に休憩を指示すると、大隊本部の伍長らを携えて、炎宝山の説明に向かった。
マノン達は充てがわれた兵舎に荷物を置く。幸い部屋は恐ろしく余っていた。なんせ懲罰大隊は現在人数が少ない。数人分の面積を一人で使うことが出来た。それにベッドが個人に割り振られた。野営が長い彼女らは大はしゃぎだ。
それに小隊長や中隊長の部屋は、ベッドや家具が付いた大きな部屋だった。野営が長かったマノンとしたら、夢のような御殿だ。
部下達に持ち場や兵舎の掃除をやらし、マノンはこの火宝山を回ってみることにした。中隊が保有する装甲車で巡回してのだが、あっという間に一周してしまう。ものの数分だろう。
狭い、余りにもこの地は狭いのであった。
それに何も無い。
ここには軍人しかいないし、植物もない岩山。周りは砂漠だし、まさに孤島の監獄の様だと考えるマノン。
火宝山の唯一の水場に行ってみれば、魔法陣が描かれた大きなタンクがあり、そこで終始水を発生させている事を知った。
試しにコンコンと叩いてみると、かん高い音が響いた。
「全然入って無いじゃないの……」
思わず言葉が漏れるマノン。
そこで近くにいた守備隊の男に聞いてみた。
「ちょっと良い、質問があるの」
男はまだ10代と思われる新兵らしい。
振り返ってマノンの顔を見た途端、目を見開きマノンのつま先から頭の先まで見回し、胸で視線が留まる。
そして一瞬の間の後、マノンの階級章を見て飛び上がって言った。
「げっ、しょ、しょ、少尉殿っ!?」
マノンは呆れながらも質問した。
「水場はここだけなの?」
少年兵はマノンと視線を合わせず、斜め上を見上げたまま不動の姿勢で答える。
「は、はいっ、そうでありますっ」
「もしかして水は配給制かしら」
「そうでありますっ」
「そう、ありがとう。あなた名前は?」
「は、はいっ。ジョシュ1等兵でありますっ」
そこでマノンはこの少年をからかいたくなる。ほんのイタズラ心である。
マノンは直立不動の姿勢をとる少年の顔の横に歩み寄ると、唇が接触しそうなほどの耳元で囁くように言った。
「ジョシュ、感謝するわね。今度お礼しようかしら、ふふふ……」
その時に少年の胸元をサラリと触れるのを忘れない。
マノンは笑いを必死に堪えながら、そのまま装甲車に乗り込んだ。発進してバックミラーで少年を確認するマノン。
少年は内股状態で座り込み、腰砕けになっていた……
装甲車を運転しながら、笑いのツボにはまるマノンだった。
「若いって良いわね……くくくっ」
□ □ □
翌日からは元いた守備隊の男達の説明を受けながら、この基地全体のあらましの説明を受けた。敵の動向から貯蔵庫に弾薬庫に、そして砂漠で取れる食物の情報まで。
この地は岩や石が多い為に、砂ミミズは現れないらしい。その代わりに体長30センチ程の砂ヘビ出る。
死ぬほどの毒では無いが、噛まれると厄介だった。酷く腫れて熱が出るという。2日ほどで腫れも熱も引くが、一度噛まれると何故かまたそいつが狙われるという。過去にそれで1週間寝込んだ者もいるという。
上陸2日だと言うのに、早くも砂ヘビに噛まれた兵士がアラクネ部隊で出てしまっていた。
「マノン軍曹〜、何とかして下さいよ〜」
そうボヤくのはアイナだ。
左の目の上を噛まれたとかで、野球のボールくらいに腫れている。
何でそんな所を噛まれるのかと、疑問に思うがリナ曰く「アイナだからな」の一言で誰もが納得した。
噛まれたアイナは「ギッタンギッタンの返り討ちにして、ツバかけてやったから〜」と強気な発言。だがそれは相討ちだろと誰もが思った。
2日もすると確かに熱も腫れも引いたのだが、アイナが悲しそうな顔でマノンの所に来た。何故か下を向いている。
そしてマノンの前に来るや、顔を上げて泣き出した。
「何でこんなとこ噛むのよ〜〜、うえ〜ん」
噛まれたのは下唇だった。
タラコ唇なんてレベルじゃない。
それを見たマノンは思わず言葉を漏らす。
「砂ヘビとチューしたんだ……」
「ああ〜、言っちゃいけない言葉を言ったぁ〜〜、うえ〜ん!」
思わず出たマノンの言葉で、更に声高に泣き出すアイナだった。
声には出さなかったがマノンは思った。「砂ヘビの仕返しね」と。