2話 死神
そしてハング型が残り1機となった所で、ゴブリンパイロットは勝ち目がないと考えたのか、戦いの場から逃げ出した。
しかしそれを見逃すほど彼女らは甘くは無い。
マノンが無線で叫ぶ。
『逃がさないでよ!』
いち早く反応して25ミリ自動短砲を構えたのは、小柄な体格で金髪に青目を持つ女パイロットのアイナの機体だった。
アイナは狙いもそこそこに、連続で3発発射した。その内の1発が敵機体の脚部の駆動部分に命中、速度が一気に遅くなる。
『良くやったわ!』
マノンがそう無線で言えば、命中させたアイナは僅かに笑顔を見せる。その表情を見ると、女性というよりも少女を思わせる。
しかしまだ敵を撃破した訳では無い。
駆動部に命中はしたが歩行出来なくなった訳では無いし、戦闘行動が取れなくなったのでも無い。
マノンは無線でさらに指示を出す。
『リナ、追って!』
『了解!』
直ぐにリナと呼ばれた女パイロットは、自分の機体を走らせる。リナが乗る89式が一番速度が出る機体だからである。旧型の装甲歩兵に変わり無いのだが、リナの機体は足回りが新型部品に換えられカスタムされていて、他の機体に比べて加速性能に優れていた。
損傷した敵機は岩を遮蔽物にしようと思ったのか、岩場へと方向を変えた。だがそこには人族新兵の乗る89式が居る。
損傷したゴブリン機は、真正面で新兵の機体と対峙する。
一瞬だけ躊躇したゴブリンパイロットだが、後ろから追ってくるリナの機体の迫力に負け、目の前の新兵機体へと襲い掛かる。
新兵パイロットの女性にしたらたまったもんではない。
無線機からは泣き叫ぶ声が聞こえる。
『いや〜、来ないで〜!』
だがマノンは言葉を掛ける事しか出来なかった。
『死にたくなければ戦いなさい!』
その言葉は新兵女性をわずかながらも奮い立たせた。
新兵女性は涙を流しながらも、25ミリ自動短砲を敵ハング型に向ける。
ゴブリンパイロットは慌てて避けようとするが、脚部損傷により思った様に機体が動かせない。それでも盾を前面に据えて機体を前進させる。
そこへ新兵女性が25ミリ自動短砲を発射した。
だが25ミリ弾はゴブリン製の盾に弾かれてしまう。そしてゴブリン機はなおも前進して、盾の脇からにゅっと30ミリ連射砲の砲口を出した。
それを見た新兵女性は愕然とした表情となる。だがこの時点ではもう何も出来ない。
ゴブリン製30ミリ連射砲の低い発射音が響く。
砲弾が新兵女性のコクピット付近に次々に着弾していく。
見る見る内にコクピットに穴が空き、鮮血が溢れ出した。
次の瞬間。
『よくも!』
やっと射線を得られたリナが、至近距離から25ミリ自動短砲を発射した。
新兵女性の機体とゴブリンの機体が重なって、ずっと射線がとれずに撃てなかったのだ。
全面の装甲は厚くても、後方の装甲まで分厚い機体など無い。リナが放った25ミリ弾は、ゴブリンの機体の後面装甲を貫徹した。カツンカツンと音を立てて、二発の徹甲榴弾が機体の中へ飛び込み、内部で小さな爆発を起こした。
その爆発はエネルギーパイプと通して魔力プラントへと被害を広め、一瞬の内に魔力暴走を起こす。
その結果は誘爆。
直ぐに自機の姿勢を低くさせて後退し、衝撃を回避するリナ。
だがこれで敵機は全て倒した。
分かってはいるのだが、リナは確認せずにはられなかった。倒れている新兵女性の機体へと近付いたのだ。だが予想通りの結果ではあった。コクピット付近は穴が空いて鮮血に染まっている。助かる訳が無い。
リナが無線でつぶやく。
『結局また私達だけ生き残ったのかよ……ほんと、やんなるね』
結局生き残ったのは隊長のマノンとアイナ、リナの合計3人である。実は今までも高確率でこの3人だけが生き残ってきている。
これまで補充兵が来て出撃する度に、その補充兵は高確率で帰らぬ人となる。それで彼女らを「死神」と呼ぶ者もいる。
3人は周囲を警戒しながらも、敵の残骸から戦利品を探す。彼女らにとって、敵からの戦利品が唯一の収入だからである。
懲罰部隊に給金は出ないし武器もまともに与えられなかったりする。食事だけは提供されるが、一般兵科に出される内容とは格段に違う上に量も少ない。結局は犯罪者の扱いだからだ。
生き残るには武器は必要で、ゴブリンが持つ武器は集弾性が悪く直ぐに弾詰まりを起こす。仮に持ち帰って売ったとしても買い取ってもらえないことが多い。例え買い取ってもらえたとしても、重いゴブリン武器を持ち帰る労力に見合わない金額が殆んどだった。
それでゴブリンからの戦利品と言ったら魔力プラントの中の魔石と機体の部品、そしてゴブリン製の盾くらいだ。ただし魔石は敵を倒した証拠として、軍に提出しなければいけないルールがあるので、上手く誤魔化しても彼女らの懐に入る分は非常に少ない。それに見つかったら真っ先に処刑である。
しかしゴブリン製の盾は利用価値はあるしそこそこ金にもなる為、荷物にはなるが彼女達は苦労して持ち帰っている。
こうして得た金で、武器や装甲歩兵の部品などの消耗品を購入していた。
それ以外にも金が必要なもう一つ大きな理由があった。
それは『罪人の首輪』を外すのに、金貨五十枚、金額にして50万コロネという噂があるからだ。首輪さえなければ、普通の女性として社会で隠れて生きていける。その為には脱走する必要があるのだが、首輪さえ無ければそれも容易い。
罪人の首輪を付けていると、指定区域から出ることが出来ないのだ。仮に出てしまうと術式が発動して首が飛ぶ。だからアラクネ部隊の管理上層部も、特にそれ以外の拘束方法はとっていない。それほど首輪の効力は大きい。
逆に言えば罪人の首輪さえ無ければ逃げられる、そう彼女らは考えていた。
だがその首輪を外せるという噂が本当だとしても、一般人には到底無理な金額ではある。ましてや懲罰部隊に居ては不可能な金額だ。
彼女らにとってこのままここに居れば死を待つだけであり、生きる為にはそれが唯一の方法であると考えていた。
彼女らは僅かな望みを託してゴブリン部隊の持ち物を探る。極稀に金になる物を持っていたりする。貴金属などの希少価値が高い品物や魔道具などだ。
しかし今回もそれは無かったようで、がっかりとした様子で引き揚げ準備に取り掛かる。
その時、味方の遺体の武器を取るのも忘れない。懲罰部隊にとって遺品も戦利品も変わらない。利用できるものは利用するのがこの部隊のやり方だ。それと罪人の首輪の回収もある。
これらは大抵の場合、新しく配属される補充兵に当てがわれる。
こうして3人の女性兵は、彼女らの野営地へと戻って行くのだった。