19話 砂漠地帯へ
異例の処遇で少尉になってしまったマノンだが、そのおかげで中将に目を付けられたとも言える。
そうなると、さらにポンパンと会うことが難しい状況となった。
そもそも懲罰大隊の兵士が活躍するなんてのは、前代未聞な出来事であった。それも女兵士が戦場で手柄など、誰も想像しなかった事である。
それで物珍しさから、その存在を知らなかった者が、アラクネ部隊を覗きに来たりするようになってしまっていた。
それは脱走計画が難しくなったことを意味する。
□ □ □
現在、アラクネ部隊はゴルドーの街で待機中であるのだが、街中への一般人の立ち入りが一切禁止されている。至るところにトラップが仕掛けてあるからだ。
そんな中、新たな命令がマノン達にくだる。
それはギメ大尉からの無線だった。
『ーー3時間後、昼12時に軽巡クラスの陸戦艇が街の南に停泊する。我が大隊はそれに乗り込む。詳しくは艇内で話す。以上』
いきなりの陸戦艇乗り込み命令である。
それは砂漠地帯に入るという意味でもある。
懲罰大隊の誰一人として陸戦艇に乗ったことはなく、中には嬉しそうにしてる兵もいた。
ただ、その嬉しそうにする理由は陸戦艇に乗れるからではなく、乗組員の男が沢山いるからであった。
歩兵よりも陸戦艇乗りの方が、エリートと考えられているのも大きい。大海原を駆ける軍艦乗りもエリートとされているが、陸戦艇の方が歩兵にとっては身近で馴染みが深い。ただそれも、階級が高い方が人気は高いのは当然であった。
そうなってくると、陸戦艇に乗り込む前にマノンはポンパンに書類を渡さないといけなくなった。それを逃したら砂漠の中となり、ポンパンに渡せなくなりそうだからだ。
そうなると猶予は、陸戦艇に乗り込むまでの3時間しかない。
マノンはその沢山の書類を眺めながら、どうやって渡そうか考えを巡らしていた。そんな時だ。1枚の書類に目が留まった。
他の書類とは違い、魔法が掛けられた大きな封筒だ。マノンはそれが封印の魔法だと直ぐに分かった。
他の書類の封筒にはそんな魔法は掛けられていないのに、この封筒だけ封印の魔法とか怪しすぎる。マノンはその封筒に興味をもった。
そしてしばらくその封筒を眺めていたのだが、何を思ったか突然その封筒の開封を決断した。
封印の魔法の解除は簡単だったようだ。
マノンはアンロック魔法を2度ほど施しただけで、封印は簡単に解けてしまった。
そして中身を見たマノンは、怪訝な表情をする。
それは商業ギルドと軍の、裏取り引きに関しての書類だった。言うなれば、公にされたら軍も商業ギルドも困る内容。しかしその内容は余りにも詳細に記されていて、考えようによっては、関係者の個人脅迫の材料になるレベル。
そこでマノンは疑問に思う。なんでこんなものを取っておいたのかだ。商業ギルドが持っていても得にはならない品物であって、それこそ他者に見つかったらマズい書類だ。こんな書類をメディアに知られたら、国家を揺るがす大スキャンダルとなるのは必須。
マノンは思った。
これはポンパンに渡して良いものじゃないと。
問題はポンパンがこの書類を知っていて、マノン達に盗むのを依頼したのかだ。もしかしたらポンパンは、商業ギルドの人間ではない?
他国のスパイ?
考え出したらきりが無い。
マノンはその書類だけ取り出し、ポンパンには渡さないと決めた。
□ □ □
そして陸戦艇に乗り込む時間。昼の12時。
少し遅れて街外れの荒野に陸戦艇が到着した。軽巡クラスと聞いていたのだが、到着したのは駆逐艇が2隻だった。軽巡は前の街で故障により、護衛の駆逐艇2隻だけが来たらしい。
それでも初めて間近で見る駆逐クラスの陸戦艇は、懲罰大隊の兵士達にしたら大きいと感じる。
それを見て、まるで博物館に連れて来られた子供の様に騒ぐ、女兵士達だった。
駆逐艇に乗り込む懲罰大隊の兵士達だったが、乗り込んだ場所の違和感をどうしても拭えない。それもそのはず、そこは船倉だったからだ。
陸戦艇に乗るのは初めてと言えども、船倉に押し込められるとは誰も思っていなかった。イスも無ければテーブルも無い。あるのは装甲歩兵と貨物ばかり。
陸戦艇が走り出して1時間もすると、乗り物酔いの兵士が続出した。船倉に居るより甲板の方がマシだと、誰もが甲板に出ようとするのだが、船員に止められた。女が船内をうろつくなと言うことだった。そうなると船倉内は船酔い女達の巣窟となり、中は酷い有様となった。
初めは女がいるとあって、興味津々の男共がなんとか理由を付けて船倉に来たのだが、今やそれさえ無くなった。汚物まみれで気持ち悪がって誰も近寄らない。
それこそ千年の恋も一瞬で冷める光景だった。
そこへ夕食だと言って、配膳係の男がパンとスープの入ったバケツをワゴン車でガラガラと運んで来た。
しかし懲罰大隊の女達は見向きもしない。逆に見るのも嫌だと遠ざけた。ただし、3人の女性兵だけは夕食を取りに行った。
アイナ、リナ、マノンの3人であった。
装甲歩兵に乗る彼女らは、乗り物酔いなどするはずもない。
アイナとリナが食事を持って行った後、マノンが男の所へ食事を受け取るのだが、そこで配膳係の男が小声で話しかけてきた。
「貴様がマノンだな? ポンパンの使いで来た。書類を渡してもらおうか」
軍の中にまで潜入させるとか、ポンパンは余程焦っているんだろうと考えるマノン。ただこっちから出向く手間が省けたと、その男に書類を渡した。渡してしまえばもう彼らとは関係無い。
ただ紙幣の事が気になったマノンだが、この男に聞いても仕方無いと思い聞かなかった。
そして男はワゴン車を押して船内へと消えて行った。
やっと肩の荷が降りたマノン。夕食をとりつつ、船倉の窓からボンヤリと外を眺めていた。
砂漠の中に陽がゆっくりと沈みかけている。
昼過ぎから航行していると考えると、相当な距離を来た事になる。しかし未だに任務が何か聞いていないマノン達。
砂漠に陽が沈み辺りが暗くなると、サーチライトで前方を照らしながら、速度を落としてゆっくりと航行し始めた。
駆逐艇の前には小型の誘導艇が先行している。
安全航路を行くための案内役である。
砂漠地帯で気を付けなくてはいけないのが、砂ミミズという巨大なミミズ。
数十メートルもの体長を持つ魔物で、砂の中を縦横無尽に動き回り、動くものに喰らいつく習性がある。
そこでそれを避けるために誘導艇がある。
砂ミミズは砂の中は潜って移動するが、岩がある所を極端に嫌がる。それで誘導艇が岩場のある航路を探して誘導すると言う訳だ。若干ではあるが、浮遊して航路する陸戦艇は岩や石が砂に混じってようが問題無い。
そして夜通し砂漠地帯を航行してたどり着いた場所、それは鉱山地帯だった。砂漠のど真ん中に突如現れる鉱山の数々。各種金属が採掘出来る場所であり、水源まである砂漠のオアシス。
正に軍の重要拠点だった。