表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
18/43

18話 少尉








 立ち上がったバーバラに男共が詰め寄る。

 だがバーバラの階級章を見た男共の勢いは、そこで止まってしまった。バーバラの階級は伍長。軍の規定によると伍長以上は“下士官”という扱いとなる。

 反対にバーバラに詰め寄った男共は一等兵が殆んどで、良くて上等兵であった。つまり兵卒ばかりである。


 そこでバーバラが勝ち誇ったように言った。


「さっきまでの勢いはどこへ行ったんだよ、雑魚どもがっ。階級上げてから出直すんだね!」


 女達から歓声が上がり、さらに罵声が浴びせられる。


「そうだよ、一昨日おととい来やがれってんだよっ」

「そう、そう、雑魚に用はないんだよっ」

「ママの所にお帰りよ〜」


 女達からドッと笑いが巻き起こった。


 するとそこで別の男が人並みをかき分けて、バーバラの前に出て来た。

 男達からは「やった、ゴゾ分隊長のお出ましだ」とか言われている。


 そいつは鼻の下にヒゲを生やした背の高い男。

 そのヒゲ男が、バーバラを見下ろすように立つ。


「その話だとよ、俺なら良いってことだよな?」


 そんな事を言ってきたヒゲ男の階級章に、女達の視線が集まる。


 ヒゲ男の階級章を見たバーバラが舌打ちした。


「ちっ、下士官かよ……」


 ヒゲ男は軍曹の階級章だった。


「おい、上官に対しての敬礼はどうしたんだよ、ああ?」


 バーバラは雑ではあるがヒゲ男に敬礼する。


「ちゃんと出来るじゃねえか、へへへ」


 不敵な笑いをしながらアラクネ部隊を見回す

ヒゲ男。そこで女の子座りするアイナに目が留まる。


「ほほ〜。おいお前、名前は何て言うんだ」


 するとアイナは汚い物を見る目で答えた。


「話したいんならさ、まずは鼻の下の毛虫を取ってからにしてよね〜、ばっちいなぁも〜」


 ヒゲの事である。


 瞬時に怒りの頂点に達するヒゲ男。


「あんだと〜、ひん剥かれてえか!」


 ヒゲ男がアイナに歩み寄った所で、アイナの横にいた女が立ち上がる。


「お〜い、おっさんよぉ。何を粋がってんだよ、ああ?」


 リナである。

 完全に普段の表情とは違うが、間違い無くそこに立つのはリナだった。

 リナは背の高い方だが、ヒゲ男はそれよりも高い。

 見下ろすヒゲ男と見上げるリナが睨み合う。あからさまに戦闘モードに入っていた。


「おい、二等兵が上官に向かってその態度は何だ」


 懲罰部隊の兵卒は皆、階級章は剥ぎ取られていて無い。軍では階級章が無いのは二等兵だけである。だから懲罰部隊の場合は、隊長以外は全員が二等兵ということになる。

 実際は二等兵未満の扱いなのだが。


 そういった正攻法な事を言われると、逆に困ってしまう女達。軍紀に触れる事を言われたら何も出来ない。何かやらかせば死刑も有り得るのが懲罰部隊だからだ。


 そこで仕方無く立ち上がるのはマノンだった。


「仕方無いわね。そいつらは私の部下なんでね、悪いけど見逃してやってくれないかしら」


 ヒゲ男はマノンに視線を移す。


「ほ〜、薄汚れてはいるが、中々の美人じゃねえか。階級は……軍曹か。まさかここの指揮官はお前なのか?」


「そうだけど何か?」


「何かじゃねえよっ。その態度が気に食わねえんだよ」


「あらあら、すいませんねえ。なんせアラクネ部隊なもんでね。規律なんて守れたら初めからこんな部隊になんていないからね」


 それを聞いた周囲の男共の表情が一気に曇る。そしてヒゲ男が確認する様に繰り返す。


「お前ら、アラクネ部隊なのか……」


 リナが答える。


「アラクネ部隊じゃ悪いのかよ?」


 ヒゲ男は視線を装甲歩兵に向ける。


「あのマーク……お前ら、まさか、死神か……」


 アイナのパーソナルマークである、小悪魔のイラストを見つけた様だ。


 するとアイナ。


「その呼び名は好きじゃないんだよね〜」


 そこで急に付近が騒がしくなる。

 そして「気を付け〜!」という掛け声。

 男共が姿勢を正す。

 反対に女達はそれをポカーンと眺めていた。


 男共が誰かの為に道を開け始め、そこを通って誰かがマノン達の方へ来るようだ。


 咄嗟とっさにマノンも声を上げる。


「全員起立!」


 慌てて女達が立ち上がる。


 そのタイミングで小綺麗な将官服に身を包んだお偉いさんが、マノン達の前で止まった。優しそうな雰囲気の初老のおじさんといった感じであったが、階級章は中将である。

 そう、彼こそが懲罰大隊の直属である、師団司令部の師団長、アラムート・グラーフ中将閣下であった。

 お供に中尉と大佐の2人と、護衛らしい下士官4人を連れている。


「敬礼!」


 マノンの掛け声で、兵士達が一斉に敬礼をする。


 グラーフ中将は軽く返礼すると直ぐに口を開いた。


「君がマノン・クルーム軍曹かね?」


 マノンを名指ししてきた事に驚くマノン。しかも家名まで言われるのは久々にであり、緊張感が彼女を襲う。

 マノンだけじゃなく、その場にいる誰もが驚いていた。


「私は確かにマノン・クルームという者ですが、グラーフ中将閣下が私なんかにお声を掛けて下さるとは驚きです」


 マノンは敬礼したまま答えた。

 するとグラーフ中将は優しそうな表情で言った。


「まあ、そう緊張しなさんな。貴官がこの街の攻略の突破口を開いたらしいじゃないか。報告によると1個中隊で敵戦線に侵入して、敵の防衛陣地の後方から崩したと聞いたぞ。それが女性だけの部隊と言うから興味が湧いてな、ちょっと見に来たんだよ、はははは」


 そう言って笑い始めるグラーフ中将。

 すると中将の部下達も一緒に笑い出した。

 何だか独特の雰囲気である。


 ひとしきり笑った後、グラーフ中将はこう言った。


「そうそう、忘れるとこだったよ。マノン・クルーム、本日を以って貴官を少尉とする」


 マノンは何を言われているのか、一瞬分からなくなる。


「ちょ、ちょっと待って下さい。私は懲罰大隊に籍を置く身です。少尉って2階級特進ですよ……理解出来ません」


「何を言ってる。元々大尉だっただろうに。ワシは大尉にしようと言ったらこいつに“それはやり過ぎだ”と反対されてなーー」


 そう言ってグラーフ中将は大佐を指さす。

 そしてまた話を続ける。

 

「ーーそれで少尉で話はまとまったんだよ。懲罰大隊で昇格は出来ないなんて規定もないしな。ほれ、新しい階級章だ」


 そう言って少尉の階級章をマノンに手渡す中将。

 まさか受け取らない訳にもいかず、マノンは階級章を受けった。


 中将達はそれだけ渡すと、その場からあっという間に居なくなった。本当にマノンに会いに来ただけの様だ。


 それでその場に残された男共とヒゲ男、そしてアラクネ部隊とマノン達。


 マノンがその場でクルリと回れ右をし、ヒゲ男に向き合った。

 するとヒゲ男の表情が強張る。


 そこでマノンは作り笑顔を浮かべながら言った。


「私、少尉なのよ。で、あなたは?」


 ヒゲ男は返す言葉が見当たらない。

 そしてなんとか絞り出した返答。


「し、失礼しました〜っ」


 そう言って敬礼するや「お前たち、行くぞ!」と言って、男共を引き連れてバツが悪そうに退散した。


 それを見たアラクネ部隊の兵達は大笑いしたのだった。


 









評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ