17話 トーチカを潰せ
ほぼ奇襲に近い形で戦闘は始まった。
150ミリ砲は全部で3門ある。それぞれが分厚いコンクリートで固められたトーチカに配置されている。
マノンは部隊を3つに分けて、150ミリ砲3門へ同時に仕掛けた。
150ミリ砲のトーチカはどれも、陸戦艇の支援砲撃にも耐えて健在であった。それで外から駄目なら中から破壊という訳だ。
そうなると今回の戦闘で活躍するのは装甲歩兵では無く、突撃兵と機動猟兵となる。狭いトーチカ内には装甲歩兵が入れないからだ。
出入り口を25ミリ自動短砲で破壊してやれば、突撃兵と機動猟兵がトーチカ内へ突入してくれる。
トーチカの出入り口をまずは吹き飛ばした。
そこへ手榴弾を投げ込み、爆発と同時になだれ込む。砲兵はろくに近接戦闘なんか出来るはずも無く、近接戦闘に長けた味方兵士があっという間にトーチカ内を占拠した。
そして150ミリ砲を破壊。
まるで訓練するかの様にスムーズに進む。
それを見たマノンは、彼女らの見方を少し変えることになる。
150ミリ砲のトーチカを3つ潰したは良いが、それでマノン達の部隊の存在が敵にバレてしまった。
敵の守備隊がこちらに来ることは明らかだ。だがその前に、味方に150ミリ砲を潰した事を知らせないといけない。
マノンは大隊本部に無線連絡する。
『大隊本部へ、アラクネ部隊のマノンです。敵の150ミリ砲は3つとも破壊、繰り返します。150ミリ砲は全て破壊しました』
するとギメ大尉が応答。
『はあ? 何ですって。150ミリ砲を破壊。マノン軍曹、何を言い出すの。ちょっと待ちなさいよ。今、貴官は何処にいるの』
そこでマノンはポンパンから貰った地図で、下水道から街中へ侵入したことを思い出す。
どうやってそこへ行ったのか聞かれた困るのである。そんな説明出来るはずも無い。ポンパンとの作戦がバレてしまったら、全て終わりだからだ。
そこでマノンは慌てて説明する。
『え〜、敵中突破に成功しまして、トーチカの背後から攻撃、150ミリ砲を破壊しました。今はそのトーチカにいます』
嘘は言ってないと心の中でつぶやくマノン。
『そう、分かったわ……味方部隊に知らせて前進させるわね。その場所を死守して味方の前進を援護しなさい。後でちゃんと報告書は出すのよ』
マノンは何とか誤魔化せたと思いホッとしていたのだが、突撃兵や機動猟兵達にも口止めをしなくてはいけない事に気が付き大慌てだった。
結局は「不正規ルートで入手した地図だから、バレたら全員が罰を受ける」と話をもっていったところ、兵達の誰もが口をつぐんだ。ただ、バーバラ達がニヤニヤしてるのが気になったマノンだった。
そして味方の主力部隊が動き出す。
マノンの報告を受けて、正面から進軍して来た。
マノン達はというと、突撃兵と機動猟兵が左右に別れて、残った軽トーチカを1個ずつ潰す作戦に出ていた。重砲はなくなっても、まだ速射砲や連射銃が残っている。出来るだけそれらを潰しておく作戦だ。
トーチカなんてのは正面からの敵に対して造られたもの。後方から攻められば面白い様に潰していけた。
ある者は換気口から手榴弾を投げ込み、またある者は射撃口から手榴弾を投げ込む。そして一気に突入して連射銃を撃ちまくれば、大抵のトーチカは沈黙する。
だが厄介なものもある。
塹壕に入った歩兵だ。
ゴブリンと言えども、逃げる場所を作ってやらないと必死で抵抗する。
そこでマノンは、接近し過ぎないように命令した。逃走する余裕をつくってやった訳だ。それでゴブリン歩兵は我先にと逃走に入った。
そうなればもうこっちのもの。
正面の敵陣地は総崩れとなった。
徹底抗戦してくる敵は、本隊が到着してから主力部隊に任せてしまえば良いと考えるマノンだった。
穴が空いた正面地域から街中に味方の主力部隊が入り込むと、街に駐留する敵は撤退行動に移り始めた。
味方部隊はここぞとばかりに追撃する。
そうなると敵は武器や燃料を投棄して敗走して行く。
その隙にとアラクネ部隊の女達は、南の広場を囲むようにある商店街へ、我先にと殺到する。砲撃で破壊された店が多いのだが、中には無傷の店もある。
それに人族のブランド品など興味が無いゴブリンは、当然そんな品物も見向きもしないだろうと誰もが考えていた。だからここの商店街の品物も、殆んど残っていると女達は予想していたのだ。
しかしそこには大きな誤算があった。
破壊された店の大半は、ブランド物の商品を扱う店や宝石やアクセサリーを扱う店が集まる場所だった。そうなると残された店と言うと、食品や飲食店ばかり。
だが食べ物の店はゴブリンも漁るし、生鮮食品は腐る。結果、何も残っていなかった。
広場で呆然と立ち尽くす女達。
そんな中バーバラが、砲撃でボロボロになったバッグを見つけた。そしてそのバッグを拾い上げ、見つめながら言った。
「私らにはこれがお似合いってことかね」
それを聞いた途端に広場に座り込む女達。
こうして無駄に時間を浪費していく、懲罰大隊の女兵達だった。
蓋を開ければ人族軍は大勝利であった。
それも味方被害が最小限で抑えられた上での、ゴルドーの街の奪還だ。
味方が占領したと分かると、ギメ大尉が大隊本部の部下と一緒に軍用車で街に乗り込んで来た。いつもなら完全に安全と分かるまでは姿を現さない、あの大隊長がだ。
南の広場に軍用車を停めるや、血相を変えて車から降りる。そして機体を点検するマノンに、肩を強張らせてツカツカと接近して来た。
「マノン軍曹、いったいどうやったのよ!」
その尋常じゃない物言いに、若干引き気味のマノン。だが軽く深呼吸した後、極力落ち着いた口調で返答する。
「……たまたま敵の陣形に穴があった様です。本当に命拾いしました。お陰でゴルドー占領に貢献出来ました」
すると何とも微妙な表情で歯を食いしばるギメ大尉。何とか発した言葉も儀礼的なものだ。
「……ご、ご苦労。指示があるまで待機してなさい」
ギメ大尉としては、マノン達が手柄を立てた事が気に食わないのだ。
その感情が表に滲み出てしまっていた。
懲罰大隊の生き残りは、今や1個中隊ほどにまで縮小してしまった。服もボロボロだし顔も泥と煤だらけで、離れたところから見たら男女の区別がつきにくい。
続々と街中へと進軍して来る味方兵士達は、そんな懲罰大隊の女兵姿をジロジロと見ていた。もちろんそこを通るのは男ばかりで、見るだけじゃなく、声を掛けてくる者もいた。
汚いなりをした歩兵の男が隊列から離れ、座り込むアラクレ部隊に近付いて来た。
「よお、何で最前線に女なんかいるんだよ」
近くで見れば髪型から、女性と直ぐに分かってしまう。
しかしそんな質問にいちいち返答する彼女達ではない。誰もが無視を決め込む。
一人の男が近付いたとなると、次々に男共が集まって来る。そしてあっという間に、アラクレ部隊は男共に囲まれてしまった。
無視してても懲りずに色々言ってくる男共に、とうとう嫌気がさしたのはバーバラだ。
急に立ち上がり声を張り上げた。
「下っ端に用はねえんだよっ、さっさと立ち去れっ、この雑魚が!」
それを聞いた男共が、バーバラに詰め寄った。