16話 地下の下水道
そしてしばらくするとギメ大尉から無線連絡があった。
『マノン軍曹、師団司令部からの命令よ。陸戦艇が支援砲撃してくれる事になったわ。それで砲撃は30分程だから、その間に街中に侵入して南の広場を占拠しろって命令よ。30分後に砲撃開始よ。一応言っとくけど、これは師団司令部からの直接命令だから忘れないようにね。以上』
確かに陸戦艇の砲撃支援は有り難いと思うマノンだが、目指す場所である南の広場というのは敵のトーチカ陣地の先である。しかもトーチカ陣地前には地雷が敷設されているし、トーチカからは速射砲が砲弾を撃ち込んでくる。
そんな場所へたった5機の89式装甲歩兵、それに1個分隊程の突撃兵と、これまた1個分隊程の機動猟兵で立ち向かえと言う。それに加えて士気は最低である。
それは例え陸戦艇からの砲撃支援があったとしても、無傷で地雷原を越えて敵のトーチカを潰し、目的の場所を占拠なんて無理がある。
そもそも戦力が足りない。
これでは死んで来いと同義語である。
そこでマノンは少し考えた後、突然機体の上に立った。そして胸を張り、下を向いた兵士達の前で演説を始めた。
「皆、分かってはいると思うけどね、これからゴルドーの南の広場を占領しに行くわよ。皆も分かっているとは思うけど、あそこに行くには敵のトーチカ陣地を通り抜けなくちゃいけないわね。でもね、そこを超えたら何があるか知ってるかしら。私は前に行ったことがあるのよ、南の広場へね。確かあそこは商店が多かったわね。アクセサリー店にブランドバッグの店、それから宝石店なんかもあったわよ。あ、それにチョコレートの店なんかもあったかしら。つまり戦利品が山のようにあるってことね。あなた達、それを放って置いて良いの?」
さっきまで話をする気力もなかった女達が、急にざわつき始める。
さらにマノンは話を続ける。
「私達への命令は南の広場を占拠せよというものよ。つまり南の広場にある店を占拠しろってことよね?」
すると突撃兵の女が声を上げた。
「チョ、チョコレート、奪っても良いのかよっ」
マノンがすかさず返す。
「言葉が悪いわね。接収すると言いなさいね。あなたはチョコレートや宝石にバッグ、接収しないつもりかしら?」
「もらうに決まってるわ!」
「私は全部の指に指輪をしてやるわっ」
「あそこには美味しいケーキ店もあったわよ!」
なんだか勝手に話が盛り上がっていく。
そこでマノンは一際声を大きくして言った。
「そうよね。それじゃあ、今から南の広場に根こそぎ接収しに行くわよ!」
その途端、歓喜の声で一杯になった。
先程までのゾンビの様な雰囲気だった女達とは別人のようだ。
マノンは部隊の士気を一気に変貌させてしまったのだった。
とは言っても、このまま正面から普通に行ったら大損害である。
マノンは機体から降りて、地面に地図を広げて座り込む。そして険しい表情でしばらく地図とにらめっこする。
そこでマノンはふと、ポンパンから貰った地図を思い出し取り出して、軍の地図と並べて比べた。
すると今度は表情が緩みニヤけるマノン。
そこでアイナから声が掛かる。
「マノン軍曹、そろそろ砲撃が始まる時間だよ〜ん……笑ってるの?」
マノンは無言で尚もニヤけながら機体に乗り込み、機外スピーカーで告げた。
『突撃兵と機動猟兵は装甲車と装甲歩兵に随伴よ。振り落とされないようにね』
そしてアラクネ残存部隊はマノンの指揮の下で出撃した。
マノンはポンパンから貰った地図を見ながら川岸を進む。下水道の入り口を目指してだ。
敵のトーチカ陣地をスルーする為の、下水道のルートを発見したからだ。そのルートを通れば地図上だと、トーチカ陣地の真後ろに出られる。
それに加えうまい具合に、今いる橋の近くに下水道入り口があるはず。
それは直ぐに見つかった。
鉄柵で塞がれているが、装甲歩兵が難なく撤去する。
そしてライトを照らしながら、リナの機体を先頭に奥へと進んだ。
しばらく進んだ所で、陸戦艇からの砲撃が始まった様だ。地下にいるにも関わらず、物凄い地響きが伝わってくる。
天井が崩れてくるんじゃないかと誰もが心配したが、特に問題も無く目的の出口まで来れた。
地上へと続くハシゴが上に伸びていて、マンホールのフタが見える。マンホールを出れば南の広場の近くを通る道路に出られる。ただし装甲歩兵には狭すぎた。人が通れる広さのマンホールだった。
マノンが機体のハッチを開けてマンホールを見上げていると、バーバラが近寄って行き声を掛けた。
「これじゃあ装甲歩兵は無理だね。別のルートを探すんだね」
しかしマノンは一言。
「それなら、出られる様にすれば良い」
そう言って25ミリ自動短砲をマンホールに向けた。
「待て、待て、待てって!」
慌てて退避するバーバラ。
慌てふためくバーバラなど無視して、マノンは引き金を引いた。
25ミリ砲弾がマンホールの周辺のコンクリートを砕いていく。
数発撃ったところで射撃が止めた。
数秒後、ガラガラと天井部分が崩れ落ちる。
崩れたその跡には、装甲歩兵が余裕で通れる穴が空いていた。
そこでマノンはバーバラに向かって言った。
「何か問題あるかしら?」
バーバラは苛ついた表情で返す。
「ったく、強引な奴だな……」
ワイヤーを使って開けた穴から地上へと出ると、そこは広場近くの道路だった。それにトーチカ陣地の後方でもある。
陸戦艇の支援砲撃のお陰で、トーチカ陣地の方は穴だらけになっている。いくつかのトーチカも破壊したようだ。
建物からは火の手が上がり、あちこちから煙も出ている。それに弾薬に引火したのか、時々爆発が起こっていた。
しかし敵のトーチカはまだ残っているし、敵の歩兵部隊も見える。恐らく装甲歩兵も何処かに退避しているはずだ。
そこでマノンは機外スピーカーで兵達に言った。
『まずは敵を追っ払うわよ。そうすればお宝は私達のものよ!』
広場に目がいっていた兵士達は、マノンの言葉で敵の方を見る。そして仕方無いといった感じで、武器を構える兵士達。
『敵に私達の存在はバレていないわね。それならまずは、中央にある150ミリ砲を潰すわよ。あれを潰せば味方部隊が前進出来るわ』
マノン部隊は敵の後方から進撃を開始した。
まさか後方から攻撃されるとは思ってもみないゴブリン軍のトーチカの守備隊は、「後方から敵の部隊が接近」と言う味方からの報告を直ぐに信じはしなかった。




