14話 ヤドカリ
2つ目のバックを置いて、さらに下水道の奥へと後退する。
するとジェーンの部下が、1つ目のバックの確認をしに前に出た。
外骨格を装着し小型の魔道プラントを背負い、手には自動噴進砲を持つ機動猟兵である。
出て来たのは2名。
ジェーンの部下が紙幣を確認している間に、マノン達は更に下水道の奥へと後退して行く。
『こら、それ以上奥へ行くな!』
たまらずジェーンが拡声機で文句を言ってくるが、それに構わずマノンはスピーカーで返した。
『ジェーン軍曹、ここにもバックを置いて行くからね』
そう言って今度はアイナに3つ目のバックを置かせた。
そして少し下がった所で、全員が曲がり角に一気に逃げ込んだ。下水道の交差点だ。
『あ、マノン、逃げるな!』
慌てて射撃命令を出すジェーン。
だがその時にはもう遅く、最後のリナの機体が見えなくなる所だった。
悔しがるジェーンだったが、金が手に入った事の方が嬉しいらしく、直ぐに部隊を下水道の中に侵入させ、2つ目のバックへと近付く。自らバックの中身の紙幣を確認したジェーンは、高鳴る気持ちをあらわにして、3つ目のバックに駆け寄った。
ジェーンが3つ目のバックを開くと、その中にも紙幣がぎっしりと詰まっていた。
自然とジェーンの顔はほころぶ。
「これは予想以上にあるな」
しかしジェーンはバックの中に、紙幣とは別の1枚の紙が置かれているのに気が付いた。
「何だ、手紙か?」
紙を開いていてみると、それには伝言が書かれていた。
【ジェーン軍曹へ。どうもお疲れちゃ〜ん。私からのプレゼントだよ〜ん。バックの底を見てちょーだい】
「これはアイナの仕業だな。バカにしやがって……」
ジェーンは紙幣を掻き分けてバックの底を見た。
するとそこには魔法陣が描かれた爆薬と共に、伝言が書かれた紙が1枚。
紙には一言「ば〜か」と書かれていた。
「あっのヤロー!」
ジェーン軍曹が鬼の形相で顔を上げた途端、魔法陣が発動した。
爆風がジェーン軍曹だけでなく、他の機動猟兵をも巻き込んだ。
爆風が下水道トンネル内を駆け巡る。
古典的なブービートラップというやつだ。
欲に目が眩んで、直ぐに気が付かなかったのだ。
奥へ退避したマノン達にまで爆風が襲った。
紙幣が下水道の中を舞う光景を見て、アイナが無線で言った。
『勿体ない事しちゃったね〜』
するとマノン軍曹。
『アイナ、爆薬が多過ぎたんじゃないの?』
『え〜、何言ってるか分かんな〜い』
マノンは苦笑しつつ、再び下水道の出口へと向かった。
焼け焦げた紙幣が舞っている中、ジェーン達の部下が転がっている。僅かに息をしている者も居るようだが、助けてやる義理もないしそんな余裕も無かった。
爆発音で敵が集まってくる可能性もあるからだ。今回の作戦は、出来るだけ戦闘は避けるのが重要だ。敵の占領地内での戦闘は、危険が多過ぎるからである。
もちろん散乱した紙幣を回収することもしない。
とにかくマノン達はここから離れるために先を急いだ。
下水道のトンネルを出ると、戦闘地域が接近してきているらしく、砲撃音や銃撃音が近くで聞こえてきた。
ここまで来て敵に遭遇する訳にもいかず、敵を避けるように移動するマノン達。
そうしている内に、敵がマノン達の周りをウロウロする様になり、身動きが出来なくなる。
装甲歩兵の大きさが邪魔になって動けないのだ。下手に動けば見つかってしまう。
そこへバーバラがマノンの機体を叩く。
マノンが何だろうと機体のハッチを開くと、バーバラがある提案をしてきた。
「マノン軍曹、このままだと敵に見つかるのは時間の問題だよな。それでだ、ひとつ提案がある。マノン中隊と私らの小隊で二手に分かれようぜ。その方が生き残る確率が高くなるだろ。な、良い考えだろ」
マノンは思った。こいつらは自分達の事しか考えてないと。しかも裏切り行為がまるで無かったかのような態度だ。
マノンが黙っていると、バーバラは尚も話を続ける。
「マノン達に全部金貨はくれてやる。その代わりに、私達は紙幣を貰うってのはどうだ。私達はかさばる紙幣を貰うことにするよ。どうだ、問題無いよな?」
マノンは考えた。動きの遅いバーバラ達と一緒だと、装甲歩兵の速度を上げられない。
居ない方が遥かに動きやすくなり、生存率も高くなるんじゃないか。
それに金貨を全部貰えるなら、作戦当初よりも収入が良い結果となる。
そこでマノン。
「私は良いんだけど、アイナとリナにも話をさせてもらえる?」
「ああ、もちろんだよ」
マノンは無線で2人に話を通すとマノンに任せるとの返答。
それでバーバラ達とは、ここで別れることになった。
リナとアイナがちょっと苦々しい表情で見つめる中、バーバラ達は嬉しそうに札束の入った袋を装甲歩兵から積み下ろすのだった。
バーバラ達五人が札束の入った袋を重そうに背中に担ぐ。
それを見てアイナがつぶやく。
「まるでヤドカリの魔物だね」
食べることも素材も利用できない役立たずの厄介な魔物だ。バーバラ達の姿がそれに似ていた。
アイナは何気なく言っただけだったのだが、マノンとリナのツボにハマったらしい。必死に笑いを堪える二人。
そこで笑いながらリナが言った。
「そう言えばよお、子供の頃に見た園児の演劇会のヤドカリ役そっくりだよ。その子供がよお、背中の貝殻が重いらしくてな、何度も転げるんだよ。クククッ。それで最後にはな、舞台から転げ落ちちまったんだよ、慌てて幕が降ろされたんだよ。思い出しちまったじゃねえかよ。これは堪らねえ、ひゃ~はっはっは」
するとアイナ。
「ああ~、私も子供の頃に絵本でそれ見たよ~。子供達に焚火で焼かれちゃうやつ」
それを聞いたマノン。堪えていた笑いが我慢できなくなったらしい。
「プ~ッ、クックックッ、参った、そこまでにしてっ。お腹が、お腹がよじれちゃうっ」
バーバラ達は怒り心頭だ。
バーバラが怒りの表情で突撃銃の銃口をマノン達に向けて言った。
「てめえら、その辺にしといた方が良いじゃねえのか」
「ああ、悪かったねバーバラ伍長。私達はこの辺で出発しましょうかね。次ぎに会う時はお互い笑顔で会えると良いわね」
するとアイナが突っ込みを入れる。
「もう笑顔じゃん」
それを聞いたリナが再び笑い出す。
「ちげえねえやっ、ひゃ~はっはっはっは」
顔を真っ赤にしながらバーバラは部下に言った。
「さっさとここから立ち去るよ!」
こうしてバーバラ達とマノン達は二手に分かれたのだった。
立ち去った後、マノンはつぶやいた。
「やっぱり信用おけない奴らだったわね」
するとアイナとリナ。
「そうなの?」
「なんの事だ?」
まだ理解してなかったかと思うマノンは、アイナとリナにわざわざ説明して、やっとバーバラ達の裏切り行為を理解させたのだった。