13話 紙幣
リナが金庫室を覗くや表情がガラリと変わる。
「凄い……大量の金じゃねえかよ」
リナは嬉しさのあまり、声に出していた。
金庫室の棚の上には、ポンパンが言っていた商業用金貨が置かれていた。しかしそれだけではなかった。大量の紙幣も置いてある。
バーバラの部下達は大喜びで、その紙幣を空中に舞い上げて踊り狂っている。
見張りをしているアイナとマノンの所にまでその声は聞こえ、たまらずアイナが声を掛けた。
「おお〜い、どうなってんだよ〜。私達にも教えてよ〜」
だが返事は無くアイナ達の所には、歓喜の声ばかりが聞こえてくる。
しばらくすると、満面の笑みを浮かべたリナが走ってマノン達の前に来た。
「マノン軍曹、こいつは予想以上だったよ。金貨220枚どころじゃない。運び出すのに入れ物がいるよ。何でも良いから持って来てくれ」
そう言ってリナは、自分の機体からバックや袋などを取り出し始めた。
訳が分からずアイナが聞き返すが、リナの返答は「いいから袋、袋を探して!」と息巻いている。
仕方無くアイナとマノンはリナに従う。
袋を手にしたリナは走って再び金庫に向かって行った。
少しするとバーバラが、大きな荷物を抱えて戻って来た。そしてマノン軍曹の目の前に持って来た袋をドサリと下ろして言った。
「これを見なよ。金貨220枚以外にね、紙幣がそれこそ山の様にあるんだよ」
そう言って袋の中身を見せた。
袋の中は紙幣で一杯だ。
それを見たマノンがつぶやくように言う。
「どのくらいあるの……」
「少額紙幣も混じってるから正確な金額は分からないけどね、4000万か5000万、いやもっとあるかな。6000万コロネくらいかな」
「6000万コロネ……」
マノンもさすがに驚いたようだ。
しかし紙幣と言うワードに違和感を感じた。
かなり前に紙幣は出回ったのだが、最近はほとんど見ていない。特に懲罰大隊に来てからは全く見ていない。しかし銀貨や銅貨と同じで金は金である。その証拠にみんな喜んでいる。
アイナは大きく息を呑み、直ぐに飛び上がって喜んだ。
「いやっほ〜、大金持ちだ〜!」
冷静を保とうとマノンは、極力落ち着いた口調で言った。
「それは急いだ方が良いわね。爆破の音がさすがに大き過ぎたかも。気が付かれるかもしれないわよ。アイナも運ぶの手伝って上げて。見張りは私一人で十分よ」
「う〜ん、頑張っちゃう!」
アイナは袋を取り出して、走って金庫に向かった。
そして次々にマノンの前に運ばれて来る札束の山。そして商業用の金貨220枚。そして最後にポンパンとの約束の書類の束。
今度はそれらを装甲歩兵の背中に積んでいく。しかし元々想定外の荷物の為、上手く積めずに苦労する。それでも無理して積み込み、再び下水道を進んで行った。
この時点で誰もが浮かれていて、油断していたのだろう。
それは下水道の出口の明かりが見えて来た時だった。
突然、下水道出口で複数の影が動いた。
『出口に誰かいるよ!』
先頭を行くリナが無線で叫ぶ。
とは言っても、ここは装甲歩兵が1機通れるだけのギリギリの広さの下水道。横に出ることも出来ないし、遮蔽物に隠れる事も出来ない。
やれる事は全力で射撃するか突撃しかない。
リナが25ミリ自動短砲を構える。
バーバラ達は慌てて機体の陰に身を隠す。
だがそこでバーバラが声を上げた。
「待ってよ、何か様子が変だね」
すると最後尾のマノンが、機外スピーカーで声を発した。
『バーバラ伍長、何か見えた?』
するとバーバラ伍長は、言いにくそうに言葉を飲み込む。
その時、下水道出口から拡声器を使って声を掛けてきた。
『撃つなよ、我々は味方だよ!』
その声と共に眩しいほどのライトが照らされた。
マノン達は味方という言葉に驚いて混乱する。
こんな所で味方がいるのはおかしいと誰もが思う。そもそも味方がいたら困る。
だが最悪の場合、味方だろうが口を封じなくてはいけない。その覚悟はあった。
マノンが機外スピーカーで話し掛ける。
『所属部隊と名前を言ってもらいましょうか』
『我々はアラクネ部隊、機動猟兵中隊のジェーンだよ』
それは懲罰大隊第2中隊、中隊長のジェーン軍曹だった。
それを聞いて、マノンはどこからこの計画が漏れたのかを考えた。
だがリナとアイナは長年の付き合いで、彼女らがしゃべるはずが無いのを知っている。ならば考えられるのは、バーバラ達の誰かが漏らした事になる。それもこのタイミングで下水道の出口とは、話が出来すぎている。かなり詳しく知られているって事だ。
『私は第1装甲歩兵中隊のマノン。今は作戦中、邪魔をしないでもらえると助かるわね、ジェーン軍曹』
と、マノンはとぼけて返答した。
だがそれは通用しない。
「マノン軍曹、とぼけても無理だよ。あんたらの作戦は知っているよ。悪いけど持って来たもんは全部置いて行くんだね」
そこでマノンは、バーバラ達の様子がおかしいのに気が付いた。ヒソヒソ話をしているのが見える。怪しく思ったマノンは、機外マイクを作動させる。
すると「約束と違う」と言う言葉が聞こえてくる。それだけでマノンは察した。
裏切り者がいると。
そこで突然バーバラが前に出て、大声で話し始めた。
「ジェーン、どういう事だよ!」
するとジェーン。
「どうもこうも無いだろ。荷物を置いて立ち去れば良いだけだよ。あんたらを機動猟兵の噴進砲が狙ってるよ。なあに、命まで奪おうなんて思っちゃいないよ、穏便に済まそうじゃないの。ふふふふ」
すると突然バーバラが怒鳴り声を上げた。
「この裏切り者がぁ!」
マノンは、そのバーバラの言葉で全てを理解した。やはり裏切り者はバーバラ達だったと。
しかしリナとアイナには理解出来なかったらしく、なぜバーバラがそんな事を言ったのかはスルーされた。
そこでマノンはハッチを少しだけ開け、バーバラに質問した。
「さて、裏切り者のバーバラ伍長。どうするつもりなの」
すると苦々しい顔でバーバラは返答した。
「とりあえ、あいつらを全力で叩く。後の話しはそれからだね」
何とも図々しい話ではあるが、現状を考えるとそれが最善の方法に思えるマノンだった。
「分かったけど、変な真似しないでよね」
マノンがそう言うと、バーバラは真面目な顔で返答する。
「この場に及んで、そんな事出来るわけないだろ」
そこでジェーンが再び声を上げた。
『おい、何をうだうだやってんだよ。早く出すもん出しな!』
マノンは仕方無く機外スピーカーで返答。
『分かったから撃たないでよね』
そう返答しつつもバーバラに小声で質問する。
「バーバラ伍長、ジェーン軍曹は金貨の枚数も知ってるの?」
「いや、金があるって事しか知らないよ」
「なら紙幣で誤魔化せるわね」
マノンは先頭のリナに無線で伝える。
『リナ、紙幣の入ったバックをひとつ置いてもらえる。そしうしたら少し後退よ』
『了解』
リナは言われた通りバックを地面にひとつ置く。
そして後退する。
するとジェーンから再び声が掛かる。
『おいおい、全部って言ったよね。全部!』
マノンは全員を後退させながら返答。
『置いた途端に殺されるのは嫌だからね。安全を確保させてもらうわね……ほら、また置くわよ』
そう言って今度はマノンが地面にバックを置いた。