10話 幻影魔法
その3日後、マノン達の野営地に輸送車両が来た。掘削機を届けに来たのだ。
到着するやマノン達は他の兵にバレないように、さっさと弾薬置き場に紛れ込ませる。
ここまでは何の問題もなく事は進んだのだが、ひとつ問題が起きた。
その日、バーバラ伍長が届いた掘削機を確認しに来た時だ。
「あちゃ〜、こりゃ古い機種だね〜」
不思議に思い、マノン軍曹が尋ねる。
「多少古くても、作業にそれほど支障が出るとは思えないけど」
「そうでもないんだよ。目的の場所が場所だからな。ギルドの壁を甘く見ちゃいけないよ。個人の建物と違って、魔力が込められているからな。まあ、やれないこともないが、後はこの掘削機が保つかどうかだな」
「それは途中で壊れるかもしれないと?」
「そう言う事だね。でもマノンは土魔法が得意なんだろ。だったらなんとかなるかもな」
結局これ以外の掘削機は手に入りそうもなく、このまま作戦は続行する方向となった。
だが掘削機が手に入った事で、後は出撃任務待ちとなる。任務も無く野営地から出る事は出来ない。だから任務にかこつけてゴルドーへ向かうつもりだった。
ただしバーバラ達とマノン達が、合流出来るかどうかが問題になってくる。中隊が違うし兵科も違うから、別々の任務の時だってある訳だし。それが問題だった。
そんなある日、遂に作戦実行可能な日がやってきた。
なんと、ゴルドーの町の攻略作戦だった。
バーバラ小隊も同じ任務で都合が良いし、向かう所がゴルドーなら怪しまれない。
問題は味方部隊が多くいる中での作戦は、見つかるリスクが大きいところ。
しかしその日の決行に反対する者は、誰もいなかった。
そして作戦当日。
第999懲罰大隊はゴルドー攻略部隊の正面に配置された。
バーバラの中隊とは近くで良かったのだが、部隊の位置的に非常に危険。作戦が始まると真っ先に戦闘になる場所であり、敵の主力が居てもおかしくない場所である。
敵もこちらの動きは読んでいて、町を要塞化していた。
そしてマノン達が地上で待機している時、その上空では既に戦いは始まっていた。
航空戦である。
両軍の飛空艇が制空権を争って大空で戦闘を繰り広げていた。
だがそれはほぼ同等の戦力。制空権はどちらの手にも落ちないとみられていた。
そして突如、人族軍の曲射砲部隊からの砲撃が始まった。
不気味な落下音を響かせて、砲弾がゴルドーの町へと降り注ぐ。
着弾するや爆裂魔法が次々に発動し、辺りを粉砕していく。
そしてまだ砲撃が続く中、命令が下った。
『懲罰大隊、前進!』
それを受けてマノン中隊の装甲歩兵が歩き始める。
他の懲罰大隊の装甲猟兵中隊、そしてバーバラ達のいる突撃兵中隊も前に進み始めた。
先陣を切るのはいつも懲罰大隊と決まっていた。
良く言えば威力偵察なのだが、後退するのが許されないところが大きく違う。
今回は味方の砲撃援護があるからまだ良い。それさえない時の方が多い。援護砲撃があれば、爆炎に紛れて敵陣地に入れる。
マノン中隊がその砲撃に紛れて前進する。
そしてマノンがアイナとリナに無線を送る。
『第1小隊は迂回するから私に付いて来て。第2小隊と第3小隊はこのまま正面から攻撃よ』
マノンは敵を迂回して叩くつもり……と言うのは建前で、隊から離れて下水道へ向かうつもりだった。
中隊の他の兵達はまさかそうとは知らずに、嫌々ながらも正面から攻撃を仕掛けていった。
下水道への道筋はポンパン老人から貰った地図により分かっていた。マノン達は、迷うこと無く町外れの川へと向かう。
だが、そこで想定外の事案が発生する。
それを見つけたのはリナだった。
『マノン、正面の岩陰に敵がいるよ』
その無線を聞いてマノンは、機体に付けられたカメラをズームにする。
リナが言った通り岩陰に敵の陣地があり、長い砲身が見えている。速射砲陣地の様だ。
その速射砲陣地の先に、下水道の入口があるから厄介なのだ。
いわゆる想定外の事態である。
マノンが敵陣地を確認している時にリナが尋ねる。
『どうしますかね。やるしかないと思うけど』
マノンは直ぐに決断した。
『そうね、敵が撃つ前に終わらせるわよ』
あの程度の敵ならヤレると思ったのだろう。
『あいよっ』
『りょ〜かい』
するとマノンの機体が急加速する。続いてアイナとリナの機体も加速する。
突然の装甲歩兵出現に、敵のゴブリン指揮官が大慌てで指示を飛ばす。
するとマノン達にとって、予期しなかった事が起こった。
マノンの機体の脚に付いた車輪が、突如火花を飛ばして急反転を始めた。何かを見つけたらしい。
そのタイミングで敵陣地から連射砲が鳴り響いた。
マノンの機体の足元に連射砲が着弾して土煙を上げる。
続くアイナとリナも慌てて機体の軌道を変えた。
敵陣営には速射砲以外に装甲歩兵が潜伏していたのだ。
マノンが回避行動をとりながら無線に叫ぶ。
『アイナ、リナ、二時方向に敵装甲歩兵!』
アイナとリナが敵の位置を確認。直ぐに応射を始めた。
マノン達の装甲歩兵が現れたと分かると、敵の装甲歩兵も陣地から外に出て来た。その数は4機だ。味方の射線に被らない様に大回りに移動して来る。マノン達の右側面から攻撃しようというのだろう。
マノンはそれを見て無線で指示を出す。
『私は速射砲陣地を潰すから、アイナとリナは敵のハング型をお願い』
『分かったよ、任せておきな』
『りょーかい!』
アイナとリナの機体が右方向へと移動して行く。
マノンは右に左にと機体を揺らし敵弾を避けながら、正面の速射砲陣地へと機体を走らせる。
敵の速射砲の指揮官は大慌てだ。
「あの装甲歩兵は気が狂ったか。単機で突撃して来るつもりなのか。くそ、近寄らせるなっ、撃て、撃て!」
速射砲と連射銃がマノン軍曹の機体に向かって狂った様に弾丸を飛ばすが、マノン軍曹の機体には全く当たる気配もない。それでも歩兵のライフル銃までもが射撃に加わる。
敵は気が付いてないが、敵の銃弾は何発もマノンの機体に命中している。ただ素通りしてしまっているから当たっている様に見えないだけである。
これはマノン軍曹が広範囲にわたり幻術魔法を行使したからであった。それほど強力な魔法ではなく、冷静な精神状態ならば直ぐに見抜ける魔法なのだが、ここに居るゴブリン兵は実戦経験の浅い者が多く、そんな余裕など微塵もなかった。
ゴブリンが幻影魔法に気が付いたのは、正面からではなく、左翼からマノン機が斬り込んで来た時だった。
マノン軍曹の機体の胴体部分の8ミリ連射銃がゴブリン歩兵を薙ぎ倒す。
「幻影魔法だっ、本体はあっちだぞ!」
やっと気が付いたゴブリン指揮官が大声で怒鳴るが、陣地内へ乗り込まれたゴブリン兵はもうパニックだった。
マノンの機体が持つ2メートルの鉈も生身の歩兵に対しては効果絶大で、振るごとに肉片が宙を舞っていく。それを見たゴブリン兵は恐怖のあまり、武器を置き去りにして逃げ出し始めた。