1話 女性パイロットの装甲歩兵
森の中を流れる川。
その川に沿って一列縦隊で進む装甲歩兵が6機。機体には識別マークである、角のマークが描かれている。それは人族に敵対するゴブリン軍の部隊を意味する。
その装甲歩兵はゴブリン軍においてごく一般的な機種で、人族はこの機体を「ハング型」と呼んでいる。
装甲歩兵の起源、それは甲冑兵の重武装化に伴い、機械化された歩兵が始まりだった。武装の発展が進むに連れて重量が増し、それを魔力プラントを積むことで補い、最終的に現在の装甲歩兵と呼ばれる人型兵器となった。ゴブリン軍の場合は、高さ3メートルほどの装甲歩兵が多く、体がゴブリンよりも大きい人族は3メートル半ほどが多い。基本的には単座がほとんどだが、複座の装甲歩兵も存在する。
ハング型6機は特に警戒する素振りもなく、川沿いの草が生い茂った中を歩いて行く。1メートル半ほどもある高さの草で、徒歩だときついが装甲歩兵なら問題なく歩行可能である。実はここ、人族部隊の前線基地への近道でもある。恐らくこのゴブリン部隊はその偵察任務なのであろう。
ここから人族の前線基地まではまだ距離がある。その為かハング型はハッチを開け放ち、お互いにしゃべっており、特に警戒した感じはない。
ゴブリン部隊が岩場の多い場所に足を踏み入れた時、岩々の後ろから新たに装甲歩兵が姿を現した。その数4機。ゴブリン製の装甲歩兵よりも一回り大きな機体、人族製の装甲歩兵だった。
ただその装甲歩兵はどれも旧型で、しかも持っている武器も二線級だ。こちらの機体は89式と呼ばれる装甲歩兵で、人族の識別マークが描かれている。
そして人族の待ち伏せ部隊は一斉に攻撃を始める。それは完全な奇襲攻撃となった。人族の主武器は旧式の25ミリの自動短砲で、当たり場所によってはハング型の装甲を撃ち抜けない。それにゴブリンの機体は常に盾を持っていて、その盾をかざされると25ミリ自動短砲では刃が立たなくなる。
ゴブリン軍が使う装甲歩兵用の盾には、特殊な術式が埋め込まれていて、それが想像以上に頑丈なのだ。それは人族にとって厄介な武具のひとつであった。
89式の持つ25ミリ自動短砲が、ハング型に弾丸を叩き付けていく。
ハッチを開け放ったまま移動していたハング型は、真っ先にパイロットを撃ち抜かれてしまい、パイロットを失った機体は直ぐに地面に転がった。いくら装甲が厚くても、ハッチを開けていれば関係無い。
『突撃するわよ!』
人族部隊のリーダーからの無線だ。
その声は女性だった。
女性兵士が最前線に配備されるのは珍しく、何らかの特技や技術がある者か、もしくは犯罪歴がある者に限られる。
『それじゃあ、やりますか!』
そう返答したのはリナと言う女性パイロット。さらにもう1機のパイロットが返答する。
『油断しちゃ駄目だかんね』
こちらのやや幼い声の持ち主も女性パイロットで、名前はアイナと言う。
彼女らの機体に描かれた部隊マークは、蜘蛛に999というもの。その部隊マークが意味するのは、彼女らは特技や技術を持った者ではないということ。その証拠に彼女ら全員の首に『罪人の首輪』が装着されている。つまり彼女らは軍規違反や一般犯罪者、もしくは政治犯などで構成された女性だけの部隊であるということ。
こうした男性の犯罪者を集めた部隊もあるが、女性の犯罪者を集めた部隊は一般にはあまり知られていない。知っていても噂話程度。
しかし実際には実在している。
規模は小さいが人族女性の犯罪者を集めた部隊。
それが第999懲罰大隊、またの名を「アラクネ部隊」という。
先ほど突撃を命令した者が隊長らしく、それに続いてリナとアイナの機体が進み、少し遅れて残った1機がヨタヨタと付いて行く。
ゴブリン部隊は奇襲攻撃で混乱していた。
その中へ真っ先に斬り込む女性隊長の機体。
彼女の名はマノン・クルーム。苗字持ちであった。彼女が着る軍服は貴族が着るような士官用軍服だ。だが今じゃ薄汚れてしまっていて見る影もない。以前は上等な服だったというだけのこと。
『一機も逃がすな!』
マノンは無線でそう叫んで、最初に目にしたハング型に襲い掛かる。
ゴブリン部隊は反撃する暇などなかった。直ぐに接近戦闘となる。
よく見るとマノン隊長の機体は、格闘戦闘用の武器しか持っていなかった。左手には敵であるゴブリン軍から奪った装甲歩兵用の盾、右手には術式が描かれた2メートルほどの鉈状の武器。その鉈を目の前の敵装甲歩兵に振り下ろした。
ハング型は咄嗟に30ミリ連射砲を向けるが、マノンの動きの方が圧倒的に早い。
マノンの機体が姿勢を低くすると、30ミリ連射砲の弾丸がその頭上を掠めていく。
そしてマノンの鉈が敵の機体に直撃するや術式が発動した。単なる鉈状武器での攻撃では装甲歩兵に対して効果は薄いのだが、武器自体に術式を描く事で魔力による威力で圧倒する。マノンは魔法に精通していて中でも土魔法は得意な為、鉈の術式も土魔法だった。
アースシェイクと呼ばれる地震の魔法が発動した。地震魔法と言ってもその威力は想像を超える。
鉈を通して高速で揺さぶられるハング型の装甲歩兵。
はたから見たら映像がブレた様に見える。
その振動も数秒で終わるが、その機体に乗っていたパイロットはたまったものではない。パイロットハッチの中は恐らく、直視出来ない惨状となっている事だろう。生身の身体ではアースシェイクに堪えられない。
攻撃が終わると鉈からカートリッジが排出される。空になった魔力カートリッジである。
続いて後ろに付いて来た2機が、別のゴブリン機体に25ミリ自動短砲を食らわせる。ただし正面からではなく、側面や後方から撃ち込むという、乱戦になったから出来る芸当だった。
正面装甲は撃ち抜け無くても、側面や後面なら25ミリ自動短砲でも撃ち抜ける。
マノンもそうだったが、この2人のパイロットも装甲歩兵での戦闘に慣れていた。
そして一番遅れて走り出した人族部隊の89式だが、その機体にも女性パイロットが乗り込んでいた。たが前を進むマノン達3機とは違い、乱戦の中へ足を踏み出せずにいる。目の前で戦闘を繰り広げるのをただ見つめるだけだった。彼女は戦闘に慣れていない新兵と思われる。
そんな中でもマノンを含め、たった3機の装甲歩兵は2倍の敵機相手でも一方的な戦いを見せていた。