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006 迷い、そして

「なんだ、お前……こんなところに、何しに来たんだ?」


 少女はきつい視線でリュートを睨んだ。場所は自衛団本部の薄暗い地下牢。少女が囚われている独房の前に、リュートは立っていた。


 リュートは緊張で乾く唇を湿しながら、口を開いた。


「君は……リベレイターだったの?」

「違う。取り調べでも散々聞かれて、同じことを答えた。誰も聞いてなんかくれなかった」


 無骨な牢の中に座り込む少女の翠の瞳には、投げやりな色が映っている。


「じゃあ、ルクティスは? 託されたって言ってたけど、誰から?」


 リュートは重ねて問うた。ひたすら悩んだ末、とにかく自分で確認しようと決意してここに来たのだ。


 少女はまたしばらくリュートを睨んだ。その表情からは何を考えているのか分からない。ややあって、少女は答えた。


「ルクティスは……ぼくのお母さんのものだった。お母さんがどこかにいなくなった後、ぼくに残された唯一の手掛かり。あいつが完成したら、一緒にお母さんを探しにいくつもりだったんだ」

「お母さん……? それならまさか、君のお母さんが……」

「ぼくのお母さんはテロリストなんかじゃない! やさしいお母さんだった!」


 少女は大きくかぶりを振った。その目に、一筋の涙が伝い落ちる。その言葉に、嘘の色は見えなかった。


「でも、非合法の操機(マナギア)を持ってたっていうんだろ?」

「ルクティスはお母さんが作ったんだ。後になって、隠されていたのを見つけた。ぼくはただ、お母さんにもう一度会いたくてルクティスを整備しただけなんだ……」


 リュートは俯き、唇を噛んだ。むろん、少女の言っていることに裏付けはない。しかし、だからといって本人が否認していて、証拠もないのに、裁判すら経ずに処刑というのは間違っている。


 そう思ってみても、たかが新兵に過ぎないリュートの身では、はるか高みに座す議会の決定を覆すことなどできはしない。もし少女を助けようと思うなら、手段は一つしかない。それは、自分の身をも滅ぼすことになる行為だ。


 それほどのものを賭ける価値があるのか? 少女が処刑されると聞いて以降、リュートはずっと自分に問い続けてきた。見て見ぬふりをすれば、自分の成長に期待してくれる自衛団の中で、まっとうな人生を歩むことができるだろう。


 しかし、心に浮かぶそんな未来は、どこか色あせて見えた。真実を確かめる勇気を出せず、正しいと思う行動を取れなかったことを悔やみながら過ごす"まっとうな"人生……


 そんなのは、嫌だ。俺は、人の生命を守るために自衛団に入ったんだ。奪うためじゃない。


「ちょっと待ってて。この牢の鍵を取ってくる」

「お前、何を……?」

「俺が君を巻き込んだせいで、こんなことになったんだ。その責任くらいは、取らせてほしい」


 少女の目が、驚きで見開かれた。


「本当にいいのか? 名前も知らない相手のために」

「そっか。そういえばまだ自己紹介してなかったね。俺の名前はリュート・セア。君は?」

「いや、そういう意味で言ったんじゃ……」


 なおも訝しげな表情をしていたが、少女は少し間をおいて口を開いた。


「ぼくは……メル・ホートだ」




*****




 自衛団本部に、けたたましい警報が鳴り響いた。


「なんだ!? 災獣(ディザス)の襲撃か!?」

「いや、囚人が脱走したらしい!」

「よりによってこんな夜中に!」


 団員達が叫び交わす間を縫って、ソアンはひとり操機(マナギア)の格納庫に向かって廊下を走っていた。


(まさかとは思うが……)


 地下牢の警備は厳重だ。あの少女が、ひとりで脱走したというのはどう考えても不自然。


 となれば、何者かの手引きを得ているのは間違いない。そして今回に関してはひとつ、心当たりがあった。


 証拠もなく処刑するのはおかしいと訴えていた少年の声は、今も耳の奥に残っている。


 もしその少年が関わっているとすれば、向かう先はまず間違いなく格納庫だ。


(リュート、馬鹿な真似はするなよ……!)


 そう祈りながら、ソアンは走り続けた。




*****




 メルの脱走が露見したことによる警報が響く中、リュートとメルの二人は人気(ひとけ)のない格納庫に忍び込んでいた。


「……あった、あそこだ!」


 天井高が十メートル以上ある無骨な格納庫に並び立つ自衛団の操機(マナギア)の中に、ルクティスを発見したリュートが呟いた。


 周囲に誰もいないことを再度確認すると、後ろからついてくるメルに合図し、同時に走って庫内を横断する。


 ルクティスのもとにたどり着くと、メルが先に機体をよじ登ってコクピット内に入っていく。


(これなら、誰かに見つかる前にルクティスを起動させられそうだ)


 先にルクティスを発進させられさえすれば、追跡が来ても振り切れるはず。ほっと安堵したちょうどそのとき、鋭い銃声がリュートを驚かせた。


「そこまでだ、リュート! 動いたら、次は命中させる!」


 物陰から姿を現した制服姿の黒髪の男、ソアンが凛とした声で言い放った。前に突き出した手には、自動拳銃が握られていた。

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