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005 戦いのあと

 リュートはその白い操機(マナギア)を知っていた。第一隊隊長ソアンのプレリュードだ。ソアンはリュートにとって恩師であり、兄のような存在でもあったから、ほっと肩の力を抜いた。


「ソアン隊長! 自分です、第八隊のリュートです!」


 通信回線を開き、リュートは言った。そして、ソアンがそれを聞いて矛を下ろすのを待った。


 しかし、ソアンはリュートに矛を向けたままだった。


『リュートだったか……イカヅチについては、よく倒してくれた。だが、その操機(マナギア)はどうやって手に入れた?』

「えっと……これは、借りたんです」

『借りただと? 戦闘用操機(マナギア)は所有者登録をしなければならない規則だが、ピルグリムにそんな機体の登録はない。非合法の操機(マナギア)を所有していた者がいたということだな?』


 リュートはまずいことを言ってしまったことに、遅ればせに気づいた。


 少女はルクティスを「託された」と言っていたが、スクラップヤードの浮浪児が無登録の操機(マナギア)などを持っていれば、盗品と考えるのが普通だ。


 そうなれば、ルクティスの没収は免れない。それに少女も、窃盗容疑で逮捕されるかもしれない。やむを得なかったとはいえ、一方的に巻き込んだ少女がそんな目に遭うのは嫌だ。


『その操機(マナギア)の持ち主とやらは、どこにいる?』

「そ、それは、その……」


 しかし、時すでに遅しだった。ここに当人がいる以上、言い逃れはできない。


 心に苦いものを感じながら、リュートは心の中で言い訳した。考えてみれば、託されたというのだって、変な話だ。浮浪児に高価な操機(マナギア)を託す人なんているだろうか?


 きっとあれは、泥棒呼ばわりされたくなくて咄嗟についた嘘で、本当は盗んだんだ。だとすれば、自業自得じゃないか。


 しかし、そう思いなしてみてもリュートの心は晴れなかった。


 せめてちゃんと謝ろうと後ろを見たリュートは、少女が顔面蒼白になっているのを見て驚いた。ひどい乗り物酔いに罹ってしまったらしく、とても会話できる状態ではない。


 その時、ソアンの苛立った声がコクピット内に響いた。


『リュート、とにかく自衛団本部に着陸しろ。話は後でゆっくり聞く』

「……はい……」


 心は揺れ動いていたが、上官の命令には従うのが自衛団員だ。リュートは力なく答え、プレリュードに従って人工浮遊島(エアコロニー)の中心に建つ白く四角い建物、自衛団本部に向かって降下していった。






 高い壁に囲まれた離着陸場に着陸したリュートが、ルクティスの腹部装甲を開けてコクピットから降りると、ソアンの命令で待機していた団員たちが駆け寄ってきて、迅速に少女を取り押さえた。少女は無抵抗だった。


「あの……ごめん、こんなことになって……」


 連行されていく少女に向かって、リュートは自分でも情けなくなるような声で謝ったが、そんな言い訳は尻すぼみに消えてしまった。


「……あ、あの、ソアン隊長!」


 いたたまれなくなって、リュートは膝立ちで駐機しているプレリュードの横に立つ、二十代の浅黒い肌の精悍な男性、ソアンのもとに走った。


 しかし、ソアンは連行される少女の方に目を向けたまま、こちらに気付いた様子も見せない。いつも周囲への注意を怠らない隊長としては、珍しいことだ。


 すぐ側に来て、やっとソアンがリュートの方を振り向いた。


「……なんだ、リュート?」

「あの子のこと、どうか悪いようにしないでください。たしかに盗品かもしれませんが、あの機体を借りられなければ、イカヅチをこんなに早くは倒せなかった。もっと被害が増えていたはずです。でしょう?」


 リュートの必死の懇願にも、ソアンは曖昧に肩を竦めるだけだった。


「お前がそういうなら、便宜を図ってやりたいが……上が決めることだからな。なんとも言えん」

「そう、ですよね……失礼しました」


 ただ、頷くことしかできない自分が悲しかった。






 新人のリュートが大物であるイカヅチを討伐したという話は、あっという間に自衛団中に広まった。イナヅマの残党の駆逐が終わると、帰着してきた自衛団員たちが口々にリュートを褒めそやしてくれた。


 しかしどんな称賛の言葉も、リュートの心には届かなかった。イカヅチに勝てたのはルクティスの性能のおかげだったし、何より少女の処遇が気になって仕方がなかったのだ。


 そんな状態で数日が経ち、リュートの耳に飛び込んできたのは信じられない知らせだった。


「処刑……? それにルクティスは廃棄処分って、どういうことですか!?」

「どうもこうもない。それがピルグリム議会の決定だ」


 自衛団本部の渡り廊下でうろたえるリュートに、ソアンは厳しく言い放った。


「でも、おかしくないですか……? ただ操機(マナギア)を不法所持していたっていうだけで! それにルクティスは、自衛団の戦力になるかもしれないのに……」

「どうやら、あの機体に《リベレイター》の操機(マナギア)と共通の特徴が見つかったらしい」


 ソアンの言葉に、リュートの反論は押さえつけられてしまった。リベレイター。その名前は、この世界に住む全ての者の心に恐怖と共に刻み込まれているのだ。


 全ての陸地が空に浮上するという前代未聞の現象・大地浮揚(グランド・リフト)を引き起こし、異界から災獣(ディザス)を召喚した恐るべきテロリスト集団として。


 大地浮揚(グランドリフト)に起因する天変地異と、それに続く災獣(ディザス)の攻撃により、人類とその文明は癒すことのできない傷を負ったのだ。


「リベレイターに関わるものは全て根絶する。それが統央政府の決めたルールだ。赤い操機(マナギア)は分解の上、使える部品は再利用するようだが、持ち主については……明朝、刑が執行される」


 そう言われてしまっては、返す言葉は無い。


 それでも、リュートの内には、納得できないしこりが残っていた。

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