004 奇策
白い操機《プレリュード》を自在に操りながらも、ソアンはイカヅチに近づけないでいた。
女王蜂であるイカヅチは、直接針を刺した相手に電を流しこむイナヅマと違い、遠くの敵に雷撃を放つことができる。まるで、積乱雲に戦いを挑んでいるようなものだ。
部下たちもイナヅマ相手に必死で応戦しているが、イカヅチを倒せなければ勝機はない。
その時、イカヅチが雷を撃った。閃光が空を貫き、最も近くにいたエチュードに命中する。エチュードは一瞬にして機能を停止した。中の隊員も、即死だろう。
「何か、形勢逆転の策は……!」
唸るソアンの視界に、下方から急速に接近する操機が映った。それは、自衛団には存在しないはずの、赤色の機体。
「なんだ、あの機体は……いや、まさか……!?」
ソアンは目を瞠った。
*****
「随分手こずってるみたいだな……あれと戦うのか?」
女王蜂とその取り巻きを見て、後部座席の少女が臆したように訊いた。
「イカヅチが群れの司令塔なんだ。あいつを倒さない限り、敵の連携を崩せない」
リュートとて、倒せる自信などは無かった。そう言っている間にも、イカヅチは雷撃を放ってエチュードを灼いているのだ。
ソアン率いる第一隊がすぐに突撃をかけるも、今度は取り巻きのイナヅマに行手を塞がれている。
「雷を躱そうなんて思うなよ? 速すぎるし、導体に引き寄せられるんだから」
「分かってるよ! イカヅチの雷撃は連射できないんだ。その隙を突くのが基本なんだけど……」
「護衛に邪魔されて、それができないのか」
その通り、とリュートは首肯した。今回はとにかく、多勢に無勢なのだ。同じことの繰り返しでは、こちらの犠牲が増えるばかりだろう。
何とかしないと……考えを巡らせるうちに、ふとリュートの心に疑問が浮かんだ。
「……そういえばあの雷撃、どうして取り巻きには当たらないんだろう……?」
「そりゃ、きっと体を絶縁体で覆ってるんだろ」
なるほど、とリュートは納得した。だが、謎の多い存在とはいえ、災獣も生き物だ。体内まで絶縁体ということはないはず。
リュートの中で、何かが閃いた。後ろの少女に尋ねる。
「なあ、この機体、ナイフみたいな装備はないのか?」
「……ないよ」
「それなら、仕方ない……!」
襲ってきたイナヅマをトンファーで払い除けながら、リュートはルクティスを加速させた。
同時に、トンファーを腕に再接合させて手をフリーにする。その両手で、ルクティスの両腰の流線形をした金属装甲をもぎ取った。
「おい、ルクティスになんてことするんだ!」
抗議する少女の声には耳を貸さず、リュートは迎撃してくるイナヅマを見据えた。突き出された電撃針を、機体を半身にして躱す。そして、右手に持った装甲板をその胴に突き刺した。
「ギギィッ!!」
イナヅマが悲鳴を上げるが、これだけでは倒すには至らない。しかしそれも計算のうちだ。
リュートはイナヅマを押さえつけながら、奥に見えるイカヅチに目をやった。その腹が金色に輝いている。雷撃を発射する予兆だ。
(今!)
タイミングを計り、イナヅマを前方に放り投げた。同時に、イカヅチが雷撃を放つ。
しかし雷撃はルクティスではなく、装甲板の刺さったイナヅマに直撃した。装甲板が避雷針となり、雷を引きつけたのだ。雷鳴が鳴り渡り、体内を焼き尽くされたイナヅマが堕ちてゆく。
これで、次の雷撃まで時間を稼ぐことができた。リュートは他の敵を避けつつ、さらにイカヅチに接近する。
そしてイカヅチが再び発射態勢に入ると、また別のイナヅマにもうひとつの装甲板を突き立て、そして投げた。
二発目の雷撃もまた、ルクティスから逸れてイナヅマに命中した。その隙に、ルクティスはイカヅチを間合いに捉えていた。
「ここからなら!」
リュートはペダルを最大限に踏み込んだ。エチュードとは比較にならない推力でルクティスが飛び、リュートたちの体をシートに押し付ける。
気の遠くなりそうな負荷を感じながら、リュートはルクティスにトンファーを構えさせた。短い柄を前方に向けたまま、右手を後ろに引く。
「これ以上……好きにさせるかぁッ!!」
そして突きを放った。その動作と並行して、ヴァリアブル・トンファーの後部スラスターが始動し、マナ波動を噴射して腕を加速させる。
ルクティス自身の推進力、腕の人工筋肉の膂力、トンファーの後部スラスターによる加速。これらが相まって撃ち出された神速の突きがイカヅチの三つ目の頭部を捉え、砲弾が直撃したかのように吹き飛ばした。
そのまま百メートルも前進した末にやっと空中で静止したルクティスを、リュートは振り向かせた。
「やった……倒せたんだ……!」
実感が追いつかないままに呟く。モニター越しに、墜落していくイカヅチの巨体と、統率を失って逃げ惑うイナヅマたちを自衛団が追撃する様子が見える。
イナヅマたちにとってのイカヅチは絶対的な存在だと言われている。首領を失っても臨機応変に対処する柔軟さは、イナヅマには無い。
すなわちイカヅチの討伐は、こちらの勝利を意味するのだ。
「うぅ……気持ち悪い……」
その声に振り向くと、少女が顔を青くしていた。おそらく操機に乗るのは初めてなのだ、急加速には慣れていなかったに違いない。
「ごめん、大丈ーー」
『止まれ、そこの操機!』
突如入ってきた通信音声に、リュートが驚いてあたりを見回した。
そこには、同じ高度に浮遊し、矛槍をこちらに向けて構える白い操機の姿があった。