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003 ルクティス

 随所に中古のパーツが使われているようではあったが、その操機(マナギア)はオンボロな倉庫の風景の中で、輝くように浮き立って見えた。


 量産機であるエチュードの無骨なフォルムとは対照的な洗練された姿は、あたかも古代の騎士王のようだ。両の前腕に沿うように装着された大きな棒状のパーツが、独特なシルエットを生み出している。


「すごい……」


 ほとんど無意識のうちにコクピットから身を乗り出したリュートの前に、少女が立ちはだかった。


「ルクティスはぼくのだ。お前なんかには乗らせない」

「本当に? スクラップヤードの浮浪児が持っているようなものには見えないけどな。盗んだんじゃないの?」


 むっとして言い返すリュートを、少女はじろっと睨んだ。


「託されたんだ。足りないパーツをゴミ捨て場から探すのに三年もかかった。あれはぼくんだ」

「はいはい、君のものなのはよく分かったよ。でも今は緊急事態なんだ。人の命がかかってるんだよ。あれを貸してくれないか?」


 しかし、少女は頑固だった。


「いやだ。それに、どっちにしろ無理だ。最後のパーツが……インジェクターが足りない。ルクティスは動かないよ」


 リュートは意気消沈した。すぐにでも、あの赤い操機(マナギア)に乗って仲間の救援に駆け付けられると思ったのだ。しかし、そこでふと思いつく。


「……インジェクターならあるよ。このエチュードにね。俺がパーツを提供するかわりに、そのルクティスっていう機体を借りる。それならどう?」


 厳密には、エチュードは自衛団の所有物でありリュートの私物ではない。勝手に取引材料に使うのはまずいのだが、手段を選んでいられないと割り切ることにした。


 この申し出には、少女も興味を持ったようだ。唸りながら考えている。リュートは、固唾を飲んでその様子を見守った。


 その時、上空で爆発音が響いた。二人が見上げると、自衛団の操機(マナギア)がまた一機撃墜されたところだった。


「自衛団が負ければ、災獣(ディザス)は街を襲う。俺たちも殺されるんだ。分かるだろ?」


 その最後のひと押しで、少女もようやく決心がついたようだった。


「……分かった。すぐに作業に取り掛かる。そこ、退いててくれ」






 少女の整備士としての腕前は、プロ顔負けだった。エチュードの背面を手早く分解し、動力機関(マナリアクター)の側にあったインジェクターを外してルクティスと呼ばれる機体に移植する作業は、あっという間に完了した。


「……それで」


 ルクティスの腹の中の操縦席に座ったリュートは、背後を振り向く。


「どうして君も乗ってるんだよ?」


 そこには、主操縦席の後ろに備えられた副操縦席に座る少女の姿があった。


「ルクティスを持ち逃げされたら困るからな。当然だろ」

「はあ……それにしても複座式の操機(マナギア)があるなんて初めて知ったよ」


 呟きつつも、リュートは起動作業を開始した。盗まれたら困るという気持ちは分かるし、言い争っている時間も惜しい。


 動力機関(マナリアクター)を点火したことで、重低音の振動がコクピット内に響き始める。突貫工事で取り付けたインジェクターも、問題なく作動しているようだ。


 モニターが点灯し、外の様子が映し出された。同時に右下のサブモニターに機体の状態が表示される。エネルギー伝達、神経回路接続状況、どちらも異常なし。


「じゃあ、行くよ!」


 リュートはグローブ型の操縦装置に両手を入れ、エチュードと若干異なる感触に手を慣らしてから、ペダルを踏んで発進の指示をルクティスに送り込んだ。


 ルクティスの両脛のスラスターからマナ波動が放射され、機体が浮上した。倉庫の天井の穴を抜けて急速に上昇する。


「なんだこれ……エチュードと全然違う……!」


 リュートは、鼓動が高まるのを感じた。それは、恐れでも、緊張でもない。感動ゆえだった。


 ルクティスは、リュートの心を読んでいるかのように自在に動くのだ。エチュードに乗っていた時のような動きの重さ、反応の悪さなどを一切感じさせない。初めて乗ったにも関わらず、自分の体の一部のようだった。


「おい、しっかりしろ、ぶつかるぞ!」


 後ろから叱責されて、リュートは我に返った。イナヅマに激突するところだったのだ。リュートはすぐさま機体を方向転換させて回避した。


「も、もうこんな高度に……」

「驚いてる暇なんかないだろ。それでも自衛団員なのか?」


 少女の歯に衣着せぬ物言いに、リュートはむっとしながらも頭を臨戦態勢に切り替える。


「分かってるよ! それで、この操機(マナギア)の武装は……」


 と、サブモニターに目をやる。そこには装備欄に浮かぶ《ヴァリアブル・トンファー》の文字。


「トンファー!? 何それ!?」

「お前、本当に大丈夫か……?」


 振り返らなくても、少女がどんな目をしているかは分かる。だがそれが、リュートの意地をかきたてた。


「……やってやるさ!」


 武装起動コマンドを入力すると、ガシャンと音がして、ルクティスの両前腕に接合していた棒状の機械、ヴァリアブル・トンファーが分離した。トンファーから展開されたグリップを、ルクティスの手が自動で掴む。


 さっき躱したイナヅマが、方向転換して向かって来るのが見えた。リュートは振り向きざまにルクティスの右手をフック気味に繰り出す。同時にトンファーが外側に回転し、遠心力の乗った一撃がイナヅマの頭を砕いた。


 初めて使う武器にも関わらず自然と扱えたのは不思議なことだったが、なぜか戸惑いはなかった。ルクティスが、リュートの意志に応えてくれたように感じたからだ。


「いける……!」


 リュートは呟いた。

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