002 スクラップヤードの少女
五号機は両脚のスラスターからマナ波動を放射しつつ、第八隊隊長のエチュード一号機に続いて飛行姿勢に入った。
戦線に隙間が出来たことにより、蜂の姿をしたイナヅマたちが市街地を目掛けて降下を試みるが、他の隊の操機たちに迎撃された。
が、そう長くは持たないだろう。リュートには、ソアンの指示が意味することは分かっていた。
守るだけでは勝てないから、敵の本丸を討つ。それは同時に守りが薄くなるということだ。迅速に女王蜂を倒すことができなければ、仲間と、そして市民の命が奪われてしまうことになる。
『リュート、右だ! よく見ろ!』
その時、一号機からの通信がリュートの耳朶を打った。条件反射的に右を向くと、腹の先の針を構えて迫るイナヅマの姿が目に入る。
「うわぁっ!」
叫び声を上げながらも、受けてきた訓練は無駄ではなかった。リュートはエチュードの剣を勢いよく突き出し、イナヅマの頭を貫く。発電器官のある腹を攻撃すれば、こちらも感電してしまうことを知っていたのだ。
「ギギギギギッ……」
電撃針は空振りし、イナヅマは軋るような断末魔をあげながら動きを止めた。
「はあ、はあっ……」
息が荒くなるのを感じながら、リュートは剣を抜いてイナヅマの死骸を落とした。記念すべき初討伐だったが、感慨に耽る余裕などない。先行している他のエチュードたちを追って再び加速する。
目指す先、人工浮遊島ピルグリムの上空には、複数のイナヅマに守られた女王蜂《イカヅチ》の姿があった。イナヅマの倍はある体躯に電撃針を三本も備えた姿は、荘厳とさえ言える。
そこにまっすぐ突撃を掛けているのは、ソアンの駆る白い操機《プレリュード》だ。それを迎撃しようと、働き蜂たちが取り囲む。
リュートはペダルを深く踏み込み、仲間たちと共にその取り巻きたちに飛びかかった。たちまち乱戦になり、右も左も分からなくなる。
リュートにできることは、同士討ちにならないよう気をつけながら、ひたすら目の前の敵を斬ることだけだった。
しかし、そんな場当たり的な戦法はいつまでも通用しない。前方からの攻撃を盾で払い除けた瞬間、背後から忍び寄ってきた別のイナヅマが、リュートの機体の左脛部を針で貫いたのだ。
(電撃が来るっ!)
振り向いてイナヅマを倒す時間はない。リュートに残された手は一つだ。即座に手の動きでコマンドを入力する。イナヅマが電流を流し込む一瞬前に、エチュードの左脚が付け根から切り離された。
九死に一生を得たものの、戦闘継続が不能なのは明白だった。エチュードの空中機動は両脚のスラスターが命なのだ。
「五号機、戦闘不能! すみません、離脱しまーー」
その時、別のイナヅマの体当たりを受け、リュートは衝撃で意識が飛んだ。バランスを崩したエチュード五号機は、市街地へと墜落していった。
*****
「うぐっ……」
暗闇の中で、リュートは目覚めた。体のあちこちが痛む。束の間、自分がどうなったのか思い出せなかった。
深呼吸して、状況を整理する。最後に覚えているのは、イナヅマの体当たりの衝撃だ。
自分がエチュードの腹部の操縦席に座っていることは、感触で分かる。しかし、モニターやインジケータはすべてダウンしている。
墜落したのだ。リュートはやっと答えにたどり着いた。操機に衝撃吸収機能が備わっているとはいえ、生きていたのは奇跡的だった。
(とにかく、外の状況を確認しないと……)
リュートはシートベルトを外し、痛む身を起こしてハッチの開閉レバーを手探りで操作した。ガシャン、と音がして前方の壁が上下に開き、光が差し込んでくる。
「ひゃっ!」
しかし、外の様子を確かめる前に、悲鳴がリュートの思考を遮った。
「何考えてるんだ! いきなり開けるなんて危ないだろ!」
「ご、ごめん、モニターがダウンしてたから……」
リュートは慌てて言い訳しつつ、声の主に目をやる。
それは、あちこちに継ぎのあたった服を着た小柄な少女だった。肩までの長さの髪は栗色で、肌は浅黒い。大きな瞳は、冴えるような翠色だ。
「君は、いったい……いや、それより外の状況は!?」
「まだ戦ってるよ。お前、あそこから落ちて来たんだろ?」
ぶっきらぼうな声でそう言って、少女は目を空に向けた。その先には倉庫特有の高い屋根があるが、大きな穴が空いていて外が見える。夕焼けを背景に、遠目には点にしか見えない操機と災獣がぶつかり合っていた。
形勢は、良くない。
「……すぐに戻らないと……!」
「どうやってだよ? 左脚もない、電気系統もショートした操機で」
正論を突かれてリュートは怯むが、負けじと言い返す。
「それでもできる限りのことをしなきゃ! このままじゃ街が襲われるんだぞ! 君も避難して。近くのシェルターは!?」
「スクラップヤードに、そんなものない。ここは貧民街、見捨てられた地区だ」
少女は妙に冷めた様子で答える。その眼圧に負けて、リュートは目を逸らす。しかしその先で、意外なものを目にした。
「あれ……あそこにあるのは……?」
倉庫のような建物の奥に膝立ちで佇んでいたのは、赤い装甲とすらりとしたフォルムを持つ、紛れもない操機だった。