001 抗う者たち
人工浮遊島・ピルグリムは襲撃を受けていた。海上数千メートルを飛行する直径約五キロの円盤型の島に、災獣たちが接近していたのだ。
蜂の群れのようだが、無機質な体は人間の数倍もあり、腹の先に鋭い槍のような針が光っていた。三つの複眼は、眼下に広がる街並みをギラリと睨めつける。獲物を見つけた、獣の目だ。
しかし、その顎門はまだ獲物に届いていない。空中を飛行して災獣の進攻をその身をもって阻止する、約二十の姿があったからだ。
人のようでありながら、それらはずんぐりした骨格と、怪物蜂に匹敵する巨躯を有していた。操機と呼ばれる、有人人型兵器だ。
小隊を組んで防衛線を形成しつつ、左手の盾と右手の剣で敵を牽制している。
戦況は膠着しているように見えたが、その実、数で劣る人型の方がじりじりと押し込まれつつあった。
このままでは、戦線を突破した災獣が市街地に雪崩れ込むのは時間の問題だった。
*****
……カチ……カチ
夕陽が窓から差し込む薄暗い倉庫に、トルクレンチがロックする音が孤独にこだまする。
「……よし、できた」
全ての螺子を締め終え、レンチの持ち主は顔の汗を拭った。レンチを脇の木箱の上に置くと、関節部に取り付けられた人工筋肉を引っ張る。灰色の太いチューブ型のそれがしっかりと固定されていることを確認したのだ。
「あと少し……あと少しで完成だ」
ぼろ着姿の小柄な少女はひと息吐くと、次に脇に置いていた赤い金属板を持ち上げた。踝を覆うための装甲だが、それだけでも両腕に抱えるほどの大きさだ。
「完成したら、そしたら……一緒にお母さんを捜しに行こう。ルクティス……」
膝立ちで眠る人型機械にそう話しかけた時、遠くで衝撃音が響いていることに気付く。それは、人工浮遊島に住む者にとってはもはや日常の一部となっている、戦闘音だ。
「……また、災獣が襲ってきてるね、ルクティス」
慣れているが故に、動揺は無かった。今度も、操機を駆る自衛団たちが撃退してくれるだろう。今は、ルクティスに必要な残りのパーツをどう調達するかの方が気がかりだった。
人工筋肉などは、ゴミ捨て町でいくらでも調達できる。ルクティスにふさわしい良品をジャンク品の山から探すのは手間だが、不可能ではない。
しかし、動力機関への燃料供給に必要なインジェクターは一部に貴金属であるアルラ鋼を使うため、完品でスクラップヤードまで落ちてくることはまずない。それがなければ、ルクティスは動かないのだ。
諦めるつもりはないが、今のところインジェクターを入手する方途は思いつかない。眉根を寄せて唸っていると、戦闘音が次第に近づいていることに気付く。
少し、不安が忍び寄ってきた。
*****
『—―くそっ、近寄れねぇっ!』
『三号機、右脚部損傷! 戦闘継続困難、撤退します!』
通信機から、仲間たちの苦しそうな声が聞こえる。まだ少年の域を出るか出ないかの自衛団員・リュートは、汗だくになりながらコクピットの中でそれを聞いていたが、目の前のことに手一杯で頭にまでは入ってこなかった。
リュートは、苦戦していた。それもそのはず、リュートにとってはこれが初めての実戦なのだ。
自衛団の主力部隊が別の災獣討伐に出払っているタイミングでの襲撃。最悪の事態だが、ただ嘆いているわけにはいかない。ここで食い止めなければ、多くの人々が災獣の犠牲になるのだ。
強張る背中をシートにもたせかけ、肘掛けに固定されたマニピュレート・グローブ(手袋型の操縦装置)の中で手を動かし、自らが搭乗する操機《エチュード》五号機を操縦する。眼前に設置されたモニターの先には、宙を舞う恐ろしい災獣の姿があった。
蜂に似た災獣《イナヅマ》は波状攻撃で自衛団を追い詰めていく。自衛団側も盾を構えて必死に攻撃を避けているが、リュートの隣で戦っていたエチュード四号機が、隙を突かれて機体の腹に針の一撃を喰らってしまった。
イナヅマの腹が金色に輝き、針を通じて電撃が四号機に流し込まれる。エチュードが各部をスパークさせる姿はイルミネーションのようだが、それはパイロットの死を意味する破壊の光だった。
しかしリュートには、同胞の死を嘆く時間は無かった。四号機が大音声を上げて爆発し、リュートの乗る五号機を吹き飛ばしたからだ。数十メートルも飛ばされ、なんとか体勢を立て直したリュートは戦線を維持するため、所定の位置に戻ろうと機体を加速させた。
しかし、三号機が離脱した上に四号機までも失った第八隊が、このまま敵の侵攻を食い止め続けるのは絶望的だ。脳裏に、最悪の予感が過ぎる。
そんなリュートを鼓舞するかのように、通信機から力強い男性の声が響いた。
『このままでは埒があかん! 私が敵の司令塔である女王蜂を叩く! 第一隊および第八隊、援護頼む!』
それは第一隊隊長ソアンの声だった。頼もしい上官の指示に希望を見出して、リュートは自分を鼓舞した。
「エチュード五号機、了解しました、援護します!」
少し震える声で応答しながら、リュートは右ペダルを踏み込んで脚部スラスターにマナを送り込んだ。